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25.0 『ボワッと』


「ほらほらハルタロー行くッスよ〜! 置いてくッスよ〜!」


 玄関の壁をトントンと急かすように叩かれ、俺は急いで靴を履き始める。


「ごめんって! ちょっとまってくれ……!!」


「はーやーくー」


 この少女に何度同じ目つきでじっとり見られた事だろうか。

 外に出るとすっかり暗くなっていて、ところどころに立ち並んだ街頭が薄く辺りを照らしていた。


 タロットが横をトコトコと歩くのを眺め、どうやったらこんな小さい体で、あの国王やリーベンと渡りあって来たのだろうと思考を巡らせた。

 俺なんかでは到底釣り合わない、何もかもが違いすぎる。

 ナーコが心酔する気持ちも分かるほどに、俺はこの少女に依存していた。


 両手を後頭部に置いて、こちらを見やり話しかけてくる。


「ほんとに大丈夫だったッスかぁ? サーペント退治」


「あぁ、それがホントに大丈夫だったんだよ。なんでだろうな、必死だったからかもしんないけど」


 少し緊張したように答えるとニッコリ笑って


「なら良かったッス〜♪ たまにあるんスよ〜、魔物が麓まで降りて来ちゃう事」


 そして俺はタロットに話したい事があって切り出そうとしたが、


「タロット、それよりさ……」


「ナコちゃんッスよね?」


 俺が言おうとした事がわかったんだろう。

 少し笑ってこっちを向いて、俺の言葉を遮ってきた。


「あぁ……そうだ……」


「あの子は強いッス、だから自分の強さを自分の判断で使う事を怖がってるんスよ、失敗する事を恐れている。指示を出しても、そのやめ時まで他人に任せてしまってるッス」


 少し遠い目をしながらタロットが話した内容は、あまりにも的確で驚いた。

 本当にこの少女は、ナーコの事をしっかりと見ているのだ。


「気づいてたんだなぁ、すげーよ」


「そりゃそーッスよ! 奴隷商ッスよぉ!? 人を見る目は自信あるッス!」


 ドヤ顔で親指を自分に指していた。


 不安を払拭しようとしてくれたのかも知れない。

 それでも自信満々に言ってくれたタロットの言葉には救われた。


「アイツ……大丈夫そうか?」


「だーいじょぶ! めっちゃくちゃ成長するッスよナコちゃん! そもそもアタシの奴隷が唯のイエスマンで終わる筈無いんスよ〜♪」


「良かった! なら良かったよ! ナーコを頼む、マジで!」


「だから、置いてかれても文句言っちゃダメッスからね!」


 指で鼻を押し付けられた。


 この要望に応えられる自信はなかった。

 俺の中のドス黒い何かは、きっと顔を出す。


「大丈夫だよ、もう自分なんかと比べないようにするさ!」


 自信はないが、本心から言えた気がする。

 タロットが「ハイハイ」と言うと、噴水の前の壇上にナーコが上がった。


「おぉ〜♪ ナコちゃん可愛いッスね〜!」


 壇の周りにはナーコの魔術だろうか、丸い炎が中心のナーコを囲むように灯っている。

 バニースーツに燕尾のジャケットを羽織り、杖を片手に持ったナーコがお辞儀をした。


「すげーなこれ」


「ね? ね? この衣装もウチらで考えたんスよ〜♪」


 横で俺の服の裾を掴んでぴょんぴょんしながら手を振っている。

 ナーコもこっちに気づいて笑ってくれた。


 人通りの少なかった広場は、通りかかる人が気になって足を止め、見物客で人だかりが出来始めていた。


 ナーコが杖を振るとそれに合わせて、灯っていた複数の炎が、火の玉のようにたくさん空中に舞い、落ち葉がそれに向かってクルクルと回り出す。

 そして中心の炎が一気に膨れて、ボワッと落ち葉を巻き込んで消えた。


 そしてすぐに二つ目、三つ目と、落ち葉と炎がクルクルクルクル、見物客の頭上を通り過ぎて、ボワッと消える。


 そして噴水が沸いた瞬間、それに合わせて大きな火の玉が出現し、頭上高く高く浮かんでいく。

 おそらく今日のためにたくさん溜めたんだろう、茂みからトラック一台分はありそうな落ち葉の軍が空に舞い上がる。


 大きな火の玉は、たくさんの小さな火の玉になり、周りを囲む落ち葉の先端に触れる。

 ナーコが大きく両手を広げた瞬間。

 落ち葉から落ち葉へと炎が燃え移り、天高く、連鎖反応のように炎の大輪を咲かせて消えていった。


「『落ち葉ボワッと』なんてレベルじゃねーだろこれ……」


「ね! ね! すごいでしょ! すごいでしょ!!」


 余りに壮大な炎の演出に、見物客からは拍手が湧き起こった。

 杖を片手に、片足を少し引いて、ナーコがお辞儀をすると、噴水の周囲に並べられた落ち葉が弾けるような音を立てて『ボワッと』燃え尽きた。


 ベンチに座っていた客もみんなが立ち上がって、その頃には百人以上の盛大な拍手に見送られて、手を振りながら、ナーコは壇上を降りていった。


「凄すぎるんだよ、もっと小ぢんまりしたヤツかと思ってたぞ俺は」


 すると少女は自慢げに腰に手を当てながら


「タロットちゃんとナコちゃんの共同制作ッス〜♪」


 余りの壮大さに拍手も忘れて、俺は呆気に取られてしまった。

 散り散りになった落ち葉が床に落ち、所々、熱を帯びて夜道を彩るように光っていた。


 壇上から降りたナーコがこっちに駆け寄ってくる。


「ハルタぁ! 見た見たぁ? どーだったかなぁ?」


「いや、すげーよ、恐れ入ったわ! なんかもう綺麗すぎた」


 バニースーツで目のやり場に困りながらも、語彙力の少ない精一杯の褒め言葉を送った。


「ふっふーん! でもほとんどタロットちゃんのおかげなんだけどね〜!」


「ふっふーん!」


 褒められて調子に乗ったタロットもナーコと一緒になって腰に手をやっている。

 するとナーコの後ろから、作業着を着た中年の男性が駆け寄ってきた。


「あぁ……! いたいた! タロット商、そしてカナコさん!」


 少し息を切らした男性に、タロットは元気に声をかけた。


「あ、局長さーん! 『ボワッと』凄かったッスかぁ? ウチのナコちゃん凄かったッスかぁ?」


 おそらく広場の事務局長なのだろう。

 すぐに感嘆の声で二人を絶賛し始めた。


「いやいや……! 凄いどころの騒ぎではないですぞ……! 城下町の商業が変わります! 冬には毎晩ここに出店を出せるでしょう! そして路面店の閉店時間すら……この『ボワッと』に合わせる事に……!」


 『ボワッと』という呼び名が定着している事にも驚いたが、それよりも、この城下町の商業に繋がるという話には、もう開いた口が塞がらなかった。


 それを聞いたナーコも大喜びでタロットに抱きついた。


「ヤッッッッター!!! タロットちゃんのお陰だよー!!! 局長さんも、ありがとうございます!!!」


 自分の胸に小さい少女の顔をぐりぐり押し付けながら、局長に目を移した。

 しかし局長は、少し残念そうな表情を浮かべていた。


「ですが……明後日から『魔王討伐』と聞いております……せっかくここまで来たのに……!」


 『魔王討伐』にタロットが赴く事は、街に知れ渡っているのだろう。

 そしてタロットは不思議そうな顔をして口を開いた。


「へ? もし何かあったら、リーベンのトコで引き継ぐ話ッスよね?」


 サーペントの一件が無かったら、俺はここで文句の一つも言っていたんだろう。

 でも今は、リーベンを信用に値する人物だと理解していた。

 局長だってそのくらい分かっているだろう。


 しかしそれでも局長は、タロットの言葉に対し懇願するような表情を浮かべて口を開く。


「もちろんそれは伺っております……しかし当局としては……出来ればカナコさんとタロット商のお二人に任せたいと……! 局員も皆、もちろんわたくしも、そう思っております……!」


 つい最近まで、娼婦にされそうになっていたとは思えない程の大躍進だ。

 ナーコも涙を浮かべてその言葉を聞いていた。

 それを見たタロットは、安心させるように二人に伝える。


「あっは~♪ 嬉しい事言うッスね! なら落ち葉が溜まる頃までに戻るって約束するッスよ! 任せて欲しいッス!」


 ニッコニコ笑って、局長とナーコを見上げながらVサインしていた。

 それを見た局長は、少し笑みを浮かべてこう言った。


「信じましょう! こちらで準備できることがあれば、なんなりとお申し付けください」

 

 この言葉にタロットは、「待ってました」とばかりに局長にとんでもない申し付けをし始めた。


「ならエッチな衣装たくさん頼むッス!! 毎日違う衣装のナコちゃん見る為に、見物客が集まるッスよ~?」


「それはもちろんですぞタロット商……! 完璧なサイズで仕立てておきましょう……!」


 タロットと局長はニタッと悪い笑みを浮かべ、バニーナーコを見やりながらヒソヒソと悪巧みをしていたが。


「お二人さんッッ!!」


 ナーコがジト目で睨みそれを遮る。


「うーん完璧なサイズッスかぁ……」


 タロットはそう言うと、ナーコの胸をつつき、無邪気な笑顔で続けた。


「でもこれ、おっぱいのトコ緩くないッスかぁ?」



―――バチンッッ!!!!―――




◇ ◆ ◇



 三人でならんで帰路に着いた。

 ナーコは着替えてしまい、バニーが拝めなくなった事が残念だ。

 俺とナーコに挟まれるタロットは、遠くから見たら子供のように映るのではないだろうか。


「ホントに大盛況だったッスね~! 戻ったらナコちゃん大忙しッスよ~!!?」


 頬に平手の後をつけたタロットが、手を上げて嬉しそうに跳ねている。



――さっき盛大にビンタされてたけどね? 俺でもそんなのされた事ないよ?



 それを嬉しく思ったナーコが、タロットの両脇を後ろからグッと掴むと、宙に持ち上げて礼を言う。


「タロットちゃんのお陰なんだよ~! てか軽ッ……!! 軽すぎっ!! ちゃんと食べてる!? かっるっ……!!」


 ピョーンピョーンと後ろからタロットを持ち上げて、その軽さに驚いていた。

 それを聞いたタロットは、自分の胸を鷲掴みにしながらナーコに振り返る。


「ナコちゃんよりは重いと思うッスけど?」


 その瞬間、ナーコの表情に影が落ちた。


「ねぇ、タロットちゃん? 一体何が重いのかなぁ?」


 ナーコは両手でタロットを持ち上げたまま、ドブ水の溜まった側溝の上まで持って行った。


「い……いやだなぁ……冗談じゃないッスかぁ……あっは〜……」


 ナーコの悍ましい笑顔を前に、必死に弁明をしていた。

 


――そういうとこだぞ、教祖様!



 ようやくおろしてもらったタロットの背中を叩いて俺は言う。


「でもこれで、帰らなきゃいけない理由が出来たな! 俺も冬の『ボワッと』が楽しみだ」



――あと衣装も楽しみだ……!



「へ? ハルタローが楽しみなのは衣装の方ッスよね?」


 タロットはそう言って無邪気な顔でこっちを見てきた。



――あれ? 口に出てた? 言ってないよね? 



「ハルタぁ?」


「ご、誤解ですよナーコさぁん……!」


 詰められながら横を見ると、矛先の移行に成功したタロットがニヤニヤしている。


 

――ホントにこんなのが教祖様でいいのか? 俺は心配だよ?



「とりあえずぅ! 明後日はついに当日ッス! 今日はお稽古したらすぐ寝るッス! 明日は準備だけしてゆっくりするッス!」


 タロットは指を立てながら歩きそう言った。

 するとナーコが恐る恐る手をあげた。


「私……明日も『ボワッと』あるんだけど……ど……どーしたらいいかなぁ……?」


「そうなんスよねぇ……ごめんナコちゃん……前日だけど行ってもらえるッスかぁ……?」


 タロットは申し訳無さそうにナーコの両手を握り、二人で見つめ合っていた。



――この百合がいいんだよなぁ、絶対いい匂いするもん。



「あと私、今日は二人の稽古見学したいんだけどいいかな? ニールくんもケガしてるし」


 ナーコが意外な提案をしてきた。


「あぁ確かにな、俺はいいけどタロットは?」


「いいッスね~! 一緒にハルタローの粘膜いじめましょーぅ!」



――とんでもない道に誘うのやめてね!? たぶんお前に言われたらこの子やるからね!?



「粘……膜ぅ……?」


 首を傾げて聞いてくる、その純真無垢な表情に涙が出そうになったよ俺は。



読んでくれてありがとうございます。

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