24.0 『サーペントの呪い』
俺たちは屋敷に着くとすぐに、ニールの部屋に入った。
部屋の作りは俺と同じだが、机に医療書物が多数積まれている。
ベッドで半身だけ起き上がらせて窓を見ていたニールがこちらを振り向いた。
「ご心配おかけしました、ザルガス侯爵から治療していただき、もうなんともありません。やはりあの方はすごい……」
俺はその言葉を聞いて安堵した。
「なら良かったよ〜……あんなの聞いてないもんなぁ」
ニールが俺をまっすぐ見つめると頭を下げた。
「皆さんのお陰です、特にハルタくんがボクを蹴り飛ばしてくれた事が大きい。あれでカナコさんが自由に動けたのでしょう。本当にありがとうございます」
俺はほとんど何もしてない。
でも、あのナーコの活躍に触れるのも違う気がして、助けを求めるようにタロットを見た。
「まぁまぁ、今日はゆっくりしとくといいッスよ〜! ちなみにあれが魔物なんスけど〜、ナコちゃんとハルタローは大丈夫そうでしたぁ?」
思い返せば前回ほどの不快感は無かった。
必死だったからかもしれないが、胃の中の山犬の死骸や、脳髄から垂れる汁、悍ましいほどの煙から漂う匂い、それで精神に異常をきたすことはなかった。
ナーコが胃のあたりをさすりながら答えた。
「私は大丈夫みたい、タロットちゃんの指示があったからかも! ハルタがすぐ動けたの見て驚いちゃった!」
「あぁ、俺は血が吹き出さなかったのが良かったのかも。タロットの指示とナーコの魔術、そんでこの刀のおかげだ」
二人を見渡し、腰に携えた刀に手を添えてそう言った。
タロットが悔しそうに親指の爪を齧って言う。
「オスはアレクが倒してるから、あっちは番のメスなんスよね〜、サーペントはメスが呪いでマーキング、それをオスが追い詰めて毒で殺すって感じッス、勘付けなかったの悔しッスね〜」
タロットの説明には引っかかる点があった。
俺は言葉を遮るように、タロットに振り向いて詰め寄る。
「呪いでマーキング……? ってことはまだヤバかったりするのか?」
少し動揺した俺を諌めるように、ニールが口を開く。
「ザルガス侯爵が問題ないと言ってくれました。あんなに万能な魔術師は初めて出会います。噂より何倍もすごいお方だ」
「へぇ〜、そーなんスかぁ。アタシにはわっかんないッスけどね〜」
父親がベタ褒めされても、タロットはあまり興味を示していなかった。
「そりゃ俺とお前じゃわかんねーだろーよ!」
『無し人タロット』を小突いてやった。
そこにイケメン至上主義のナーコが割って入ってきた。
「いやいやいやぁ! ザルガス様はすごいんだよ! 出来ない事なんて無いのあの方は! 顔もカッコいいし……♡」
両手を胸で握りウットリしている。
それを俺たちは横目でスルーしつつ、みんなも不安に思っているだろう事を口にした。
「『不可逆の扉』の中ってさ……あんなのがウジャウジャいたりしないだろーな……?」
皆、一様にタロットに目線を移した。
そもそもタロットが知る筈ないと分かっていても、俺たちはこの少女に頼る事しかできなくなっていた。
「いないと思うッスけどね〜……ふつー自分の家に蛇ちゃん放し飼いとかしなくないッスかぁ? シャーッ」
手首に髪を巻き付けて、毛先を持って、蛇の真似をしてきた。
それを聞いたニールも納得した表情を浮かべて、顎に手をやり言葉にする。
「そう言われればそうですね……魔物という言葉から、魔王の使い魔のように連想していました」
「魔物はずっと昔からいるんスよ、それこそ魔王が住み着くずーっと前から。つーか魔王ってホントに魔王なんスかね?」
タロットも同様に顎に手をやり疑問を呟き、それにニールが笑みをこぼす。
「はは、それは哲学的な考えですね! タロットさんも魔王と言われればそう見えてきます」
「ちょっと、それどーゆー意味ッスかぁ!!」
ニールに揶揄われたタロットが、両手を腰に当てて突っかかっている。
--わかるぞニール、俺もそう見える時がある
タロットは身体は小さい癖に、とても大きく見える存在になっていた。
そしてタロットはニッコニコの笑顔でビシッと人差し指を突き出した。
「とりあえずー、明後日はついに『魔王討伐』ッス! 今日と明日はゆっくりしましょー! どーせ魔王が本気で殺す気なら、勝てるわけないッス! アタシらの勝ち筋は和解一本!」
タロットは続けて「でも〜」と、ナーコに目を移す。
「でも〜、ナコちゃんは今日の夜は『落ち葉ボワッと』本番ッスよ〜!」
タロットがナーコの脇腹をくすぐりながらじゃれあっていた。
「それ俺も見に行っていいか? 結構気になってるんだけど」
実際、気になっていた。
ナーコの晴れ舞台ならぜひ見たい。
「いいッスよいいッスよ〜! じゃーアタシと見に行っきましょー!」
「えー、ちょっと恥ずかしいな……」
小さい体をぴょんぴょんと跳ねるタロットに、ナーコは少しモジモジしていた。
ニールは少し寂しそうな顔をしてこちらに笑顔を向ける。
「僕はさすがに外出許可が出ないと思うので、窓から眺めさせてもらいます。楽しんできてください」
「私に任せて! でっきるだけ高い所で燃やしてみる!」
ナーコが得意げに両手を腰にやり胸を張った。
「悪いなニール! 『魔王討伐』終わったら一緒に見にいこーぜ!」
「そッスそッス〜♪ アイゼイヤさんが恩赦もあるって言ってたッス〜!」
「僕はそれが楽しみで仕方ないんですよ、その時はぜひご一緒させてください」
ニールはそう言ってニッコリと微笑んでいた。
あのサーペント戦で改めて、四人の絆は強まった気がしたんだ。




