22.0 『精神安定剤』
「出世払いでいいか? 金貨一枚だろ?」
「あっは〜♪ 気前いいッスねぇ! 利子高いッスよ〜?」
夜中、寝付けず庭に出ると、少女が出迎えてくれた。
「しょーがないだろ、この庭の精神安定剤は高級品らしい」
「そッスそッス〜! アタシも不労所得が増えて助かるッス〜!」
「不労って思ってくれてるなら、こっちも嬉しい限りですよ〜!」
そんな会話をして庭に並んで座ると、少女が一つだけ明かりのついた窓を見上げながら言う。
「またッスかぁ?」
「あぁ、寝ようとしたら二人の話し声が聞こえてきてさ、ただの俺のワガママだよ」
そこまで言うと、少女は目線をこちらに移し、ニヤニヤと笑みを浮かべてくる。
「あっは〜♪ ナコちゃんの部屋の明かりも消えたら嫌ッスもんね〜」
「ちょっ……怖いこと言うなよお前……」
変な想像をして苦笑いしていると、肩をポンッと叩かれた。
「だーいじょぶッスよぉ! やばそーだなーって思ったら、アタシがなんとかするッス〜!」
「いや、タロットがそこまでする必要ないだろ……」
「そもそも! ここはアタシの家ッス!」
少女はもっともな事を言うと、人差し指を立てて、それを俺の鼻先に押しやってきた。
「はは、そりゃそーだ!」
俺はおもむろに立ち上がって、剣を取り、少女に向けた。
「明日の害獣駆除、だいじょぶそッスかぁ?」
少女も剣をクルクルと回し、トントンと地面を蹴る。
「あぁ、少なくとも眼球ピンポイントで狙ってこないだろ! ふんッ!」
そうやって嫌味を言いながら、思い切り少女を剣で斬りつけた。
相手に向けて真剣を振り抜けるのは、少女が段違いに強いという、絶対的な信頼があるからだろう。
「そーゆー意味じゃない事くらい、流石にわかってる筈ッスけどね〜」
なんでもないようにヒラリと身を躱し、俺の喉元に刃を当てがってくる。
「はは……また無様に吐いたら、金貨1枚払うよ、出世払いだけどな……」
俺は剣を落として両手を上げ、降参のポーズをした。
「あ、そーだ! ちょっと待ってて欲しいッス〜!」
そう言って剣を地面に刺すとぴょんぴょん跳ねながら屋敷に戻って行った。
その小さい後ろ姿を見ていると、自分が情けなくなる時がある。
俺はこの少女に頼りすぎている。
カネをせびってくる事も気遣いだとわかっている。
さっさと強くなって、全てを帳消しにする恩返しがしたい。
対価を払いたいと強く思えた。
そんな思考を巡らせていると、少女が一振の剣を持って戻ってきた。
「明日からハルタローはこの刀使ったらいいッスよ、ほれ」
「え、刀??」
そう言って渡された刀は、鞘の形状からして片刃だろう。
反りは無く真っ直ぐだが、切先にはアールがある。
鍔はなく、柄も簡素で滑り止めなどはついていない。
柄から鞘まで亜麻色の金属で統一されており、パッと見は白鞘の日本刀に見える。
「焼灼刀って言うッス、言葉通りなんスけど、まぁ抜いてみたらわかるッスよ」
「あぁ、なんとなくわかる……」
鞘から抜くと、高熱を帯びて薄く橙色に光っている。
日本刀の焼き入れが思い浮かんだ。
ナーコの魔術も似たような光り方をしていた、つまり傷口を焼いて血を出さない刀なのだろう。
心から俺を思ってくれているように感じて、その淡く暖かい光を眺めていると涙が溢れた。
「本来は壊死した四肢の切断とかに使われるッス! 決して戦闘で使う武器じゃないから、切れ味は良いけどとても脆いッス!」
「あぁ……あぁ……わかる…………ほんとに……!」
偉そうな素振りで説明してくれる少女の前で、俺は声が震えてしまう。
「刀身は別に高価じゃないッス! その代わり鞘が高いッス! 周囲のマナを吸って、熱を刀身に移して、その熱を外に逃がさないように出来てるッス! 鞘だけは無くさないようにするッスよ!」
「あぁ……どっちも絶対大事にするよ……! ありがとう……ほんと……ッ!」
すると少女は深く溜息をついて、
「あげてないッス! 出世払いッスからね!」
そうやってまた俺を気遣って、足を蹴飛ばしてくるのだ。
「わかった! 絶対、絶対にこの恩は返すから!」
何を支払えばこの少女への対価に相当するのだろうか。
「さっさと出世してほしいもんッスね〜! あ、ほらニールくんの部屋も明かりついたッスよ、ほら帰った帰った〜!」
少女は嫌味を言いつつ、窓を剣で指して笑顔を浮かべる。
明かりは二つになっていた。
「あぁ、今日はほんとにありがとう、感謝してるよ! お前は毎日夜中に稽古してんのか?」
「そッスそッス〜! 剣で勝ちたいヤツがいるんスよ〜!」
帰り際に気になっていた事を聞いた。
少女は強い、剣を持てば誰にも負けないと、勝手に思っていたからこの答えは意外だった。
「お前が勝てないってやばいなそいつ……」
「あっは〜♪ アタシもまだまだって事ッスよ〜!」
「明日は頼むぜ、飼い主様〜!」
そう言って、焼灼刀を大事に抱えて部屋に戻った。
この時には既に、俺は精神安定剤に依存してしまっていたんだと思う。




