19.0 『金色の蛇』
目が覚めるとまだ夜だった。
隣の部屋からは話し声が聞こえる。
優秀な男と、優秀な幼馴染の声。
楽しそうな男女の会話に、耳を塞ぎながら部屋を出た。
剣、まだ振れるかな?
きっと大丈夫、木人からは血が出ないから大丈夫。
手をグーパーしながら自分に言い聞かせた。
誰にも気づかれないように、音をたてないように庭に出ると、
美しく輝く『金色の蛇』が、宙を這うように飛び回っていた。
木人の周りをクルクルと靡く金色は、紛れもなく蛇のように映った。
「あっれー! なーにしてんスかぁ?」
蛇の動きが止まり、金髪の美少女が声をかけてきた。
「あ、あぁごめん……! いやごめんってなんだ? ただ、金色の蛇に見蕩れてただけで……」
「蛇ぃ……?」
キョトンとした顔で佇む少女にハッとして、
「ちがっ……悪い意味じゃないんだホントに……! お前の髪が綺麗って事が言いたかっただけだ……! ホント!!!」
余りにも語弊のある例えで、俺は必死に弁明した。
それを聞いた少女が、サイドテールを手首に一周巻きつけて見せてくる。
「ほらほら見て? 蛇ちゃん!! シャーッ!!」
毛先を蛇の顔に見立て、それをこっちに向けてトコトコと走り寄ってきた。
「それそれ、そーゆー事だよ! ていうか、やっぱすごいなタロットは、速すぎて髪しか目に映らなかったよ」
なんでこの少女は、俺が居て欲しい時に側に居てくれるのだろうか。
「そっかぁ、髪短い方が目で追えないんスかね? 切ろっかな?」
「ダ、ダメだッ……! そんなの……いや……ごめん、その髪綺麗だし……似合うんだよ……そっちのが良いって絶対……」
この長く、綺麗な金色の髪が好きだった。
俺のこんな他愛もない一言で、切ってしまっていい物では決してない。
「あっは〜♪ 嬉しい事言うじゃないッスかぁ〜! じゃあ切ーらない!」
ニッコニコしながら毛先を振り回して言う一言に、心の底から安堵した。
「良かった……! あと……今日はホントにごめん! 色々気ぃ遣わせて、責任は全部俺だから、ホントごめん!」
ついさっきまでドス黒い感情が渦巻いていたのに、なぜこの子は簡単に治してしまうんだろう。
裏表なく、心から頭を下げて謝れた。
「いいんスよぉ〜! ちゃんとナコちゃんにも謝るんスよ〜? あーんな驚かせちゃってまぁ」
俺の肩に体重をかけ、寄りかかるように顔を覗きこんでくる。
あれだけ動いて、こんなに良い匂いを漂わせられるのが不思議で仕方ない。
「あ、あぁ……今は部屋でニールと……なんか話してたみたいだからさ。明日謝ってみるよ」
「へぇ〜、ニールくんと二人でねぇ……」
タロットが含みのある言い方で、明かりのついている窓を見上げた。
敷地の塀にもたれて、二人で腰を下ろした。
そして俺は初めて、自分の内側を人に話した。
「昔から劣等感があるんだよ俺……ナーコに対してさぁ……俺が一週間かかった一輪車も一回で乗れたり、ナーコってなんかすごいんだよな……悔しいとか妬ましいって感情が、どうしても出てくる」
誰にも言えなかった事を口にした。
言ってしまうと、あの優秀な幼馴染と並んでいられないような気がしていた。
「まぁ、ナコちゃんがすごいってのは認めるッスけどね〜! でもアタシさぁ、結構人を見る目には自信あるんスよ〜! 今日はミスっちゃったんスけど〜……あはは〜……」
「いや、これまで渡されてた依頼の意味に、気づけなかった俺が悪い! そんで最初から魔物じゃなくて、害獣駆除にしてくれたのも感謝してる」
「あっは〜♪ そこまで気づいたんならちゃんと成長してるッスよ〜! えらいえらい!」
ヨシヨシと頭を撫でながら、「でもさぁ」と続ける。
「でもさぁ、ナコちゃんにも討伐依頼させてないの気づいてるッスか? 奴隷商が上位術師に、討伐させてないんスよ?」
「あぁ、でもそれってあれだろ? 落ち葉のボワッとだろ?」
「いやいやあんなの下位でもヨユーッスよ! 落ち葉浮かせて燃やすだけッスよ?? 上位をなーんだと思ってんスかアンタは!」
人差し指を刺して、いつもの叱りつけるような素振りをする少女。
「確かにそれもそうか、仲良いとかそーゆー理由かと思ってたよ」
「仲良くても、公私混同はしない主義ッス! それでも、討伐依頼はハルタローに先にやらせた! なーぜだ?」
自慢げに喋った後、身を乗り出し、俺の頬を指で押し込んでくる。
「依頼料じゃないのか……? あの山犬だと安すぎるって……」
「まぁそれもあるんスけど〜、あの子はマジで優秀ッス! 実際、高額な討伐依頼も来てる。でも全部、アタシが止めてるんスよ。ヒントはハルタローと同じ理由ッス〜」
「血が苦手ってことか……?」
「正解〜♪ あの子には相当なトラウマがあると思ってるッス、アタシこーゆー予想って外した事ないんスよ〜」
自慢げに自分の頬をつつく。
「八歳の頃から一緒だけど……そんなの俺は……聞いた事ない……」
「風に火、ちょっと相性が悪いんスよ〜。せっかく風で切った傷を、火傷させる意味がない。攻撃と同時に応急処置してるようなもんッス」
「血が見たくないからって事か……!? でもそこまで考えてないって可能性も……」
「あの子がそーんなバカな筈ないっしょー? それはハルタローがよーく知ってるんじゃないッスかぁ!?」
そうだ、確かにそうだ。
あの優秀な幼馴染がそんな事に気づかない訳ない。
でもトラウマ……?
小さい頃の思い出を、ぐるぐると頭を回転させて捻り出すが出てこない。
施設に入った理由は母親の薬物乱用で……。
「わからない……でももしそうだとしたら……俺、今日マジで最低な事……」
「『私も一緒なら大丈夫』って、『私も一緒なら、血が出ないように殺せるから大丈夫』って意味ッスよ! あれ絶対!」
「あああああ………」
言葉にならない声が出た。
少女の横で、頭を抱えて蹲った。
絶対にそうだ、一直線に繋がる。
こんな簡単なあの子の気持ちに気づけずに、俺はなぜあんな酷い事を言えたのだろう。
「明日! 朝イチ! だーれとも顔合わせなくていい時間から、二人で便槽の汲み取り依頼を受けてるッス!」
「あぁ……タロット……お前ほんとに……ごめん……ありがとう……!!」
この子はどこまで気が回るのだろう。
そう思いながら、俺は少女の手を握ると涙が出た。
「汲み取りの依頼で、ここまで感謝されるのも初めてッスね〜♪」
「俺は自分の中にさ、もう一人誰かいるんだよ……ドス黒い感情がたまに顔を出してくる……だから、これからも迷惑かけるかもしんない……」
「そしたら次からは〜、アタシがハルタローの精神安定剤になったげる。出世払いの金貨1枚でどーッスかぁ?」
チラッと部屋の窓に目を移し、少女はそう言った。
「ああもう、いくらでも請求してくれ!」
「じゃあ利息たくさん付けるね〜♪ ほらほらぁ、ニールくんの部屋の明かりもついたからもう大丈夫! さっさと戻って寝る! 遅刻厳禁ッス!」
「あ、あぁ……ありがとう……おやすみ!」
「シャーッ!!」
少女はまた手首に巻きつけた毛先をこっちに向けて、蛇の真似をして笑っていた。
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