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18.0 『犬っころ』


 北門に着く頃には夜になっていた。

 衛兵さんが、みかねた俺たちに水をぶっかけたあと、少女と会話をしていた。


「ぷっは〜♪ スッキリしたッス〜! やっぱ頼れる者は、ビックスさんッスねぇ!」


「いいんだよタロットちゃん! その子は初めてかい?」


「そッスそッス〜! ほんとは屠殺から慣れさせたかったんスけどね〜……反省してるッス……」


「わざわざ屠殺依頼する人は少ないからねぇ……こんどツレの屠殺場、覗きにくるかい?」


「マジッスかぁ!? いいんスかぁ!? めーーっちゃありがたいッス〜♪」


「ははは、じゃあキミも、気を落とすんじゃないよ。タロットちゃんは出来る子だ、任せておけばいい」


 背中をポンと叩かれた。

 ただただ呆然と、焦点も合わせずに二人の会話を聞いていた。


 タロットちゃんは出来る子だ。

 そして俺は出来ない子だ。


 魔物討伐がしたいとワガママを言った結果がこれだ。

 タロットが反省する必要なんか一つもない。


 ナーコは出来るんだろうか。

 きっと出来るんだろうな。


 最初は少し叫んで、怖がりもするんだろう。

 でも次からは当たり前のようにこなせるんだ。



 街に入り、酒場の前を通る時、一人の男がいた。

 赤い髪を逆立てた筋肉質な男が、こっちに向かって紙を振っている。


「イイとこ居るじゃねーか『無し人タロット』! 依頼終わらせたぞ、サインしてくれや」


「うっさーいッ! でも早いッスね〜、誰も怪我ないッスかぁ?」


 少し嫌味な対応をしながらも、ちゃんと怪我の心配などしている。


「サーペントなんか余裕に決まってんだろ! つーかソイツ、こないだ酒場に居たにーちゃんか?」



--サーペントってデカい蛇か? そうか、それが余裕なのか。



「そッスよ〜、ウチの奴隷になったッス!」


「うわ〜、お互い災難だなぁ……まぁ仲良くしてくれや!」


 ポンと、また背中を叩かれた。

 俺もお前らと仲良くしたいって、ずっと思ってたんだよ。

 でもごめん、俺なんかじゃ役に立てないよ。


「ちょーっとアレク! それどーゆー意味ッスかぁ?」


「ウ、ウソに決まってんだろぉ……? いいからほら、サインだけしてくれよ!」


「あっそーーだ!! アレクいま暇ッスよね? 後でお酒奢るからさぁ」


 サインしながら仲良さげな会話を広げている。


「お、なんだよ? やけに気前いいな」



「北の森で山犬倒してきてくんない?」


 

--待ってくれ……それは俺の依頼だ……。



「はぁ? 犬っころでいいのか? 裏があるんじゃねーだろーな?」


「どんだけアタシの信用無いんスか」


「あるわけねーだろ! 何匹だよ? 百とか言わねーだろーな?」


「二匹でいいッスよ、あと二匹〜!」


「おまッ……言質とったぞ! 忘れんなよ! 二匹でいいっつったからなぁ!!」


「はいはーい、いーってらっしゃーい! 北門に引き渡しといてほしッス〜♪」


「まかせろ! 二秒で終わらせて、俺はタダ酒を飲む!」


 タロットは北門に駆け出す男を、背伸びしながら手を振って見送っていた。



--そうか、あの山犬は『犬っころ』なのか



 噴水広場までくると、少女がベンチに座らせてくれた。

 「ちょっと待っててね」と言い残し、出店で水を買ってきた。


「ハルタロー、ごめんッス……アタシはなんとなく分かってたッス……たぶんこういうの苦手だろうなって……」


 少女は俺の前でしゃがんで顔を覗きこむ。

 手を握ってくれる、背中を撫でてくれる、優しい言葉をかけてくれる。


 簡単な依頼ばかりだったのも気遣いだ。

 そんな事にも俺は気づけなかった。


 その気遣いひとつひとつが、幼馴染への劣等感に繋がってしまう。


「いや……俺がワガママ言ったんだ……なんか勝手に出来る気になってた。謝るのはこっちだよ……」


 失敗した時。

 怒られた時。

 慰められた時。

 そして成功した時も。

 いつもいつも、あの優秀な幼馴染の顔が浮かぶ。 



 そして、誰かが小走りで近づいてくる音が聞こえた。


 俯いた視界に、見慣れた足先が映って立ち止まった。


「ちょっと大丈夫!? どーしたのハルタぁ!!」



ーー嫌だ、今この声を聞きたくない。



「あーナコちゃん! 今終わりッスかぁ? いやーアタシが依頼の選定ミスっちゃったんスよぉ」



--違う、お前のミスじゃない。



「うん、こっちは終わり〜! 依頼ってあの犬の魔物だよね?? 怪我はない?」


 俺が怪我しない事くらい知ってんだろ。


「いやぁ……実はあれ魔物じゃないんスよぉ……害獣っていうか……哺乳類っていうか……」


 魔物じゃない……?

 それなら魔物なら……?


 俺は縋るような思いで顔をあげた。

 目の前には少女と幼馴染が心配そうにこちらを見ていた。

 目を逸らしたくなる光景だったが、逸る気持ちを抑える事ができなかった。


「あれは、魔物じゃないのか……? 魔物なら……! 魔物なら死ぬ時……!! 煙に包まれて消えてくれるのか!? それなら大丈夫だ!!! 俺はそれなら大丈夫なんだ……!!」


 言いたい事が伝わったかは分からない。

 でも、目の前の少女は申し訳なさそうな顔をして、


「えと、傷口から煙が出るのもいるッスけど……血圧が比べ物にならない程高いッス……だから血がいっぱい飛び散って……匂いももっと……えげつないっていうか……あと消えたりもしないッス……なかなか死なないし……」


 絶望の言葉だった。

 それを聞いた俺はまた俯いて頭を抱えた。

 あれ以上の血、あれ以上の匂い、そしてあれ以上に生き続ける。


「ごめん私わかんないけど、殺す時の血とか匂いに耐えられなかったって事であってる?」



--やめてくれ、今お前の声を聞きたくない。



「そッス……アタシのせいッス……」



--だからお前のせいじゃないんだって。



「次は一緒に行く、私も一緒なら大丈夫。私も絶対それ苦手! でもハルタと一緒にゆっくり慣れていきたい!」



--お前なら大丈夫だろうな、一緒にってなんだよ、お前に苦手な物なんかないだろ。



 そう思った直後、俺はいらない事を呟いてしまった。


「はは……いやいや……お前はゆっくりなんてしないだろ……」



--こんな事言わなくていい、ドス黒い気持ちをいつものように隠せよ俺。



「え……?」


「いやだからさぁ……お前はどうせすぐ追い越すんだろ……? 俺の努力なんか踏み躙って……すぐに勝手に先に進むんだろうがッッッ!!!!」


 身勝手な言葉を選んだように、立ち上がって罵声を浴びせた。

 努力を踏み躙る事は、俺がこの世界でやろうとした事だ。


「ハルタぁ……?」


 幼馴染の顔が見れない。


「ごめん……一人で帰るよ……ていうか一人にしてくれ……」


 二人の顔が見れない。

 俺は最低だ。

 努力なんか一つもしてない癖に。


「おいタロット、犬っころ二匹終わったぞ! 酒奢れぇ!」


 後ろからアレクの声が聞こえた。


「おぉ〜♪ 助かったッス〜! ほらナコちゃんも連行ッス〜!」


「いいねぇ〜! 酒代は気にしなくていいぜ!」


「なんでアンタが威張ってんスかぁ!! もぉ!!」


「いやえっと……私は……」


「いいから行くッス〜!」


 アレクはもうあれが終わったのか。

 なにが荒くれ風冒険者だ、勝手なイメージでモブ扱いして。

 きっと俺の話題で楽しく飲むんだろう。

 楽しそうだ、羨ましい。

 俺も、俺みたいな奴の話題で盛り上がりたい。


 コリステン邸に帰ると、ニールになにか声をかけられた気がするが覚えてない。

 とにかくすぐに、大浴場で身体を洗って、部屋に戻って横になった。


 あの匂いはダメだ、父親の匂いがする。

 

 朝になったら二人に謝ろう。

 きっとまた気を遣わせてしまう。



読んでくれてありがとうございます。

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