17.0 『魔物討伐』
城下町の北門から外に出ると、太陽が傾き始めていた。
暑いわけではないが、緊張もあって服が汗ばむ。
二人で並んで歩くと、改めてタロットの小ささに気付かされる。
声や態度で自分を大きく見せているのだろうか。
黙っている時は本当に、ただの美少女そのもの。
俺の口内に剣先を突き立てたあの顔は、悪い夢とでも思うほどに。
「ん? どしたんスかぁ?」
「あ、あぁいや、なんでもない……! でも害獣っていうなら、みんなで一気に掃討するのもアリだと思うけどな」
視線に気づかれた戸惑いは、隠せただろうか。
今の関係性を壊したくない、俺の曖昧な気持ちに気づかれる事だけは避けなければならないのだ。
「そんな事したらあいつらの獲物が大繁殖して、街に降りてきちゃうんスよ〜! 生態系が崩れちゃうんス!」
トコトコと小さい歩幅で歩きながら、指を立てて説明してくれた。
だんだんとこの子の仕草や癖が分かってきた。
「なるほどなー、でも毛皮とかも全部北門に渡すのも、ちょっともったいないよな」
「それこそ毛皮目当てで、狩り尽くされちゃうッスからね〜! 治安の悪い狩人だらけになっちゃうッス〜!」
「へー、こっちの世界でもそういうの考えられてんだなぁ」
かなり意外ではあった。
魔物は勝手に湧いてくるから、倒しても倒しても減らないと勝手に思っていた。
街道を逸れて、トラウマの残る森に二人で足を踏み入れた。
赤緑色した、鬱蒼とした木々が立ち並ぶ。
小動物が隠れやすそうな茂み。
チョロチョロと流れる小川、そして、
唸り声を上げる山犬。
「さてさているッスよ〜、三匹倒したらすぐ帰ってオヤツでも食べまっしょ〜♪」
あの日の記憶が蘇る。
こちらに気づいて、威嚇してくる。
そして緊張感のないタロットの声。
そこでふいに違和感に気づいた。
--あれ? そういえばタロットって無防備というか……手ぶらじゃね?
「ちょっ……ていうかタロット? なんで武器持ってないの?」
「へ? アタシは後ろで見てるだけッスもん」
--ケロッとした表情で言ってくれますねぇ!
「いやいやいや、襲われたらどーすんだよ!! あぶねーだろ!!」
「えー、ハルタローが守ってくれるから大丈夫だもん」
このどうでも良さそうに放った一言が、どれだけ俺の心を動かしたかわからない。
こんな俺でも、お前を守れると言ってくれた。
自信に繋がった。
この子を守りたいと、本気で思えた。
「わかりましたよお姫様、後ろに隠れて応援でもしててくれよ!」
「あっは〜♪ かっこい〜、ありがとねーハルタロー!」
--ああもう、ずるいんだよお前は
だがこの山犬は、なんだ?
こっちを睨んで唸り声をあげるばかりで、襲ってくる気配がまるでない。
思い返せばあの日もそうだ。
俺たちを追いかけてきてはいたが、襲われた記憶が一切ない。
一定距離より近づいてこない。
「おい、なんか全然襲ってこなくね……?」
タロットが少し考えるそぶりを見せ、何かに気づいたようにこう呟いた。
「あーそゆことスか」
直後、周囲の木々から、鳥の群れが逃げるように飛び立った。
それを合図かのように目の前の山犬が、こっちに向かって飛びかかってきた。
歯茎を剥き出しにして、赤い目を光らせ、恐ろしいほどのスピードで向かってくる。
--なになになになに!? なんで急に!? 怖い怖い怖いマジで怖い……!!!
タロットは俺の真後ろに隠れている。
もし逃げたらこの子が傷つく。
俺はこの子を守ると決めた。
「うぁあああぁああああッッッ!!!!」
声を張り上げ、国王の一撃を止めたように、左腕を思いっきり山犬の顔に突き出した。
しかし山犬は噛み付かず、すぐに飛び退く。
そしてまた、喉から唸り、歯茎を見せて背を屈める。
--クッソ……噛みついてほしかった……! 警戒されるとカウンターする隙がない……!!
「こっわ〜……怖すぎッスねぇ……」
「お前は死んでも守るからさぁ、前に出ないようにしてくれよ頼むから……」
そう言うと、俺の後ろで体を縮め、ギュッと俺の服を掴んでくる。
体が密着する感触がある。
もう二度と、傷つくこの子は見たくない。
--こういうギャップに弱いんだよ俺は……!
山犬がゆっくり……回り込むようにゆっくり……唸りながら歩いている……。
そして次の瞬間、山犬は駆け出すと左に大きく跳ね、脇に回り込んでから飛びかかってきた。
--後ろ!? ちがう……!! タロットが狙いか!!!
「くっそぉおおあああぁああッッッ!!」
振り返ってタロットに覆い被さり、山犬の爪を背中で防いだ。
そしてすぐに振り向くと、山犬が俺の左肩に大きな口で噛みついてきた。
「いま……いまッス!!」
「わかってるよぉッッッ!!!! おらぁッッッ!!!」
その隙を見逃さず、右手の剣を山犬の喉笛に突き刺した。
勝ちを確信し「よっしゃ!」とガッツポーズでもしようと思った次の瞬間。
山犬から真っ赤な噴水があがったんだ。
「え……?」
太い首の動脈が引きちぎれ、山犬の黒い毛皮から真っ赤な鮮血が噴き出した。
まるで人間が咳をするような息遣いで、ドロッとした赤黒い液体を、大きな口から糸を引かせ、吐き出している。
山犬の唸り声がか細くなり、身体を痙攣させながら、足元にずり落ちた。
「ハァッ……! ハァッ……!」
鉄の匂いと獣の匂いが入り混じり、それを拒絶するように、俺の胃液が逆流してくる。
少女を守る事も忘れて、俺はその場で両手をついて、嘔吐した。
「ぅぶッ……ォロ………ォェエエ……ッッッ!!!……ゲホッ……ォェ………ハァッ……ォロ……ッ!」
目の前で苦しむ山犬にトドメもさせず、血と吐瀉物にまみれて咳き込み、むせ返り、俺は胃液を垂らして地面に這いつくばった。
「ハルタロー? ハルタロー大丈夫? ごめんね、やっぱりまだ早かったよね、ごめんね」
少女が背中を摩りながら話しかけてくれる。
血、体液、吐瀉物、それらを全身にかけられていながら、少女は懸命に俺を気遣い、抱きしめてくれる。
「立てる? ごめんね、今日はもうお家に帰ろ? ゆっくりでいいから、ね?」
「あぁ………ごめ………ごめん………」
優しい少女の肩に支えられて、声を震わせながら、俺の初めての魔物討伐は終わった。
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