15.0 『隕石』
帰りの馬車。
ザルガス侯爵の操る馬車の中。
タロットは天井を見上げて、煩わしそうな声をあげていた。
「なーんスかこの女は~」
「ぇぐッ……だっでぇ……ダロッドぢゃん゛……ぅえ゛ッ……」
ナーコがタロットの腰に縋り付き、声をあげて泣きじゃくっていた。
ナーコの気持ちもわかるので肩を持ってやる事にした。
「ナーコはたぶん感動したんだ、頭でも撫でてやってくれよ」
「隕゛石゛ッ……落ぢだね゛ぇ~……ぇぐッ……ぅ゛……」
「うっわぁ〜……めーんどくせッス〜……」
雑にナーコの頭をズリズリと撫で付けている。
「な゛ん゛でぇ……ダロッドぢゃん゛ぅ……ひぐッ……」
「なーんでアタシの周りって、こーんなバカばっかなんスかねぇ~~」
ナーコの気持ちはわかった。
あの場でもナーコは、グジュグジュになりながら泣いていた。
俺も興奮していなければ、泣いてしまっていたかもしれない。
「鼻水こすりつけるバカと……」
タロットは腰に縋るナーコを撫でる、そして。
「すぐ叫ぶバカ」
そう言ってこっちを睨みつけてきた。
--いつか言われると思ったーーッ!
「あ……いやあれは……」
そして指をさして叱りつけてくるんだ、この子は。
「アンタねぇッ!! あんっだけ言ったってのに!! ナコちゃんがいなかったら全部台無しッスよ、台無しッッ!! どーーーやったらそこまで脊髄反射で生きられるんスかぁッ!!!」
脊髄反射という言葉が心につき刺さった。
この流れを知っている。
的確な表現が飛び出すと、それがあだ名になる事があるんだ。
「そーだよ!! ハルタぁよくないよホントに!!!」
ナーコはスッと起き上がると、タロットの服から鼻水を引いて、同じように指をつきつけてきた。
「あーもう~ドレスがぐちゃぐちゃッス~……」
服についた鼻水を必死に拭き取るタロット。
「いや脚を斬り落とせは……しょうがないだろーって……!!!」
「その前からッスよぉ! もぉ!!」
「そーーだよ!! タロットちゃんを牢に入れるって命令は、誰でも察しが付くやりとりだったよ!!」
「え、いや……ハハッ……」
――ほんと? みんなそんなに察しがいいの?
それはそれはもう責められた。
鼻水を服につけられた美少女に。
鼻水を垂らした幼馴染に。
「この脊髄反射男」
「脊髄反射男」
――あ、ほらね?
「とにかく! ハルタローはその脊髄反射を直さないと、他の依頼が渡せないッス! 依頼者に迷惑がかかるッス!」
「あ、あぁ……なるほどそういうことだったのか……」
「そうッス! 一人で黙々とできる依頼しか渡せないッス! ねぇナコちゃんなんとかしてほしいんスけど~……」
ナーコの鼻水をぐりぐり拭き取りながら助けを求めている。
「あはは……アタシが出会った頃には、もうこんな感じだったからなぁ~……」
「だ、大丈夫……!! 次はもう大丈夫だ!!」
ナーコの目線が痛い。
そうか、それで子供の頃から、俺は少し浮いてたのか……。
『ハルタはいい奴だけど空気読めねーよなー』
昔言われたこの言葉の真意に、今日ようやく気づけた。
屋敷につく頃には日が沈みかかっていた。
「とりあえずお風呂入ったら、アタシはもう寝るッス! 今日はほんっとーに疲れたッス!」
「あぁ、そうだろうな。今日はホントにすごかったよタロットは……」
「いや、基本的には予定通りだったからいいんスけど~……」
ジトっと俺を睨んできた。
後ろのナーコまで。
――本当にすんません……。
そしてタロットは人差し指を立てて「とにかく!」と言い、明日の予定を説明してくる。
「明日はよーやくニールくんと合流できるッス! 魔王云々で聞きたいこともあると思うから、そこで色々説明するッス!」
「そうそう私も聞きたかったの、討伐はしない、とかなんとか」
「色々あるんスよ~。そんでナコちゃんは夜から、落ち葉ボワッとのお試しデモンストレーションも入ってるッス~♪」
――それ楽しそうなんだよね
「そんじゃナコちゃん! おっ風呂いっきましょー!」
湯おけを持ったナーコの肩を押していくタロット。
それを見て俺は、決死の覚悟でこう提言するのだ。
「なぁ、そろそろ俺も……屋敷の風呂使いたいっていうかぁ……」
『冬はヤバイ』と自分の危機管理能力が、昨日からビリビリと働いていたのだ。
駄目で元々、どうにか大浴場を脱したい。
すると予想だにしない答えが帰ってきた。
「あ、そーッスねぇ! 明日からはだいじょぶッスよ?」
「え? マジで? ホントにいいのか?」
こんなに簡単に希望が通るとは思っていなかった。
この時は心から嬉しかった。
この時までは。
「はいッス~! ニールくんはこの敷地から出せないし、他者との接見も禁止なんスよ〜。だからニールくんはウチのお風呂しか入れないッス、つまりどうせお湯入れ直すから、ハルタローも入れるッス〜」
ニコニコと答えてくれた。
――ニールありがとう……! お前のおかげだ……!
「マジで、マジで嬉しい!! よかった……よかった……!!!」
「あはは、ハルタよかったね~!」
嬉しくて泣きそうになった。
そして、この次の言葉も泣きそうになった。
「お湯代はニールくんと折半にしとくッス~!」
「あっ……はは……ハルタぁ……よかったね~……」
幼馴染が手を振って飼い主に連れられていく。
最後の『大浴場』の水は、いつもより少し暖かく感じた。




