14.0 『王の審判』後編
「ダメだッッッ!!!!!!!」
「へ?」
「罪人ジア・アンリーブ! お前の処遇は決した。明日以降、コリステン管理の牢にて拘束の後、『魔王討伐』への同行を持って罰とする! 下がらせろ!」
「ハッ!」
「寛大な措置をありがとうございます」
ニールは立ち上がり深々と頭を下げると、縄で引かれて外に出された。
「ではコリステン一行以外は全員下がれ! おいガンド、人払いをしろ! 絶対に誰もここに入れるな!」
「ハッ!」
俺もナーコも唖然として、その光景を眺めている。
理路整然と進められてきた筈が、ここに来て理由も無しに『ダメだ』の一言で否定された。
リーベンは帰り際、舌打ちをしながらタロットを睨みつけて出ていく。
俺たちと近衛騎士のガンド、そして国王のみが、この広々とした玉座の間に取り残された。
未だにタロットも、そして俺たちも、何が起こったかわからず動けずにいる。
そして、重い扉が音を立てて閉まった瞬間、タロットがハッとして口を開く。
「ちょ、ちょーっとちょっとーッ!!! ちょっと国王!! なーんスか今のーッ!! 理由を言ってくださいよ理由をーッ!!」
今までの雄々しいタロットはそこにはなく、立ち上がり、いつものようにギャーギャーと文句を言っている。
これに国王がタロットを叱りつける。
「お前はコリステン家だぞ!!! 許可できるわけがないだろうが!!!」
言われてみればそうだ。
だがそれにしても怒りすぎだ、すぐにそう言えばいい。
真っ白な髪が、真っ赤になった顔を強調している。
その言葉を聞いた、ザルガス侯爵が口を開く。
「いえ国王、それは親子で話が終わっています」
「……チィッッッ!!!!」
ギリギリと歯ぎしりが聞こえてくるほど、歯を食いしばってコリステン親子を睨む。
親の仇のように、憎しみを込めて睨みつけているように見える。
「ほーらほらーッ!! こっちは話し合ってんスよーッ!! 国王が口を挟む問題じゃないッスーーーッ!!」
タロットがブーブーと、国王に異議を申し立てている。
そして突如、国王の箍が外れたような言葉が飛び出した。
「不敬だッ!!! おいガンド!! この娘は儂に不敬を働いた!! 直ちにひっ捕らえろ!! 地下牢に百日間ぶち込め!!」
「は……? いえ……しかし……」
――は? 何言ってんだ? なんでそうなる?
「おいちょっ……!」
我慢出来ず「おいちょっと待てよ!」と声を出しそうになったが、ナーコが口を塞いで俺を制止した。
――でも、でもこれはおかしい……! 理由が通らないにも程がある……!
するとタロットの文句が止まる。
少しだけ頬を緩ませると、優しい口調で話し始めた。
「国王、アナタは何故ガンドさんを横に置いたか、忘れたんスか? そういう不正をしないからじゃないんスか?」
「うるさいだまれッッ!! 話は終わっているッッ!!」
国王が怒号を響かせた。
ガンドからは鋭い目つきが消え、大きい体からは似合わない戸惑いの表情を浮かべている。
そして国王はさらに怒号をあげた。
「もういいッッ!! ガンド、この娘の脚を切り落とせッッ!! 命令だッ!!」
この言葉で、俺の頭に血が昇った。
「ふざけッッ……!!!」
ナーコは俺の後ろに周り、力いっぱい、ギュウギュウと口を押さえつける。
――ナーコだめだろこれは……これが1パーセントだろ……!
「……は……いえ……ですが…………ッ」
剣を持つガンド騎士長の手が震え、鎧がカタカタと音を立てている。
眉は下がり、目には涙を浮かべている。
――これを止めない理由がないだろナーコ!
「早くやれと言っている!! ここに人はおらん!! すべての罪は不問とする!!!」
「わ……わかり……ま……ッ……!」
タロットは、そんな追い詰められたガンド騎士長にゆっくり歩みを進めながら口を開く。
「国王、アナタは優しすぎッス。でも周りが見えてないッス」
「不敬だッ!! お前に何がわかる!!!!」
「ガンドさんには家族がいるッス。娘さんのアイリスちゃんは、アタシぐらいの年齢ッスね。そんなお父さんに、アタシのこの脚を斬らせるんスか?」
そしてタロットはガンド騎士長の前で立ち止まった。
ガンドは悲痛な表情を浮かべて、タロットを見下ろしガタガタと震えている。
そしてタロットはニッコリと笑って言う。
「ガンドさん、自分でやるからだいじょぶッスよ、剣を貸してほしいッス」
震えながら剣を渡したガンドは、その場に尻餅をついた、息を乱して涙を流している。
タロットは、剣を受け取ると、片足を伸ばして柱で支え、太ももに剣を当てがった。
「でもアタシは行くッスよ……例えッ……!!!」
「ゃめ…………ッッ!!!」
ナーコが泣きながら両手で俺の口を押さえつける。
俺に見せないように目を隠し、壁にぐいぐい押し付けてくる。
タロットは自分の脚に向けて、剣を突き立てるように振りかぶって……。
――だめだナーコ!!! コイツはやる!!! コイツはそういう事を……!!!
「この脚がッッ……………!!!」
「もういいッッ!!!!」
国王が大声で叫んでタロットを止めた。
それと同時に王冠がカランッと落ちる。
剣は脚に突き刺さる直前で、ピタリとその動きを止めた。
「もういい……やめろタロット……」
「もーどっちなんスか国王ー!」
あまりにも場の空気とは似つかわしくない、タロットの飄々とした口調。
「もういいのだ……いいから儂の近くに来い」
「はー、次はなんなんスかぁ?」
タロットがブツブツと文句を言いながら国王の前に立ったその時。
ゴンッッッ!!!!
と大きな鈍い音が響いた。
「痛ッッッッッッたァーーーーッッッ………!!!!」
見ると国王がタロットの頭に、ゲンコツを叩きつけた後だった。
頭を両手で押さえながら天井に向けて叫ぶ。
そして国王を睨みつけ。
「ちょーっとぉ! 痛ったいじゃないッスかぁ!! なーにすんスかぁ!!!」
「タロット、儂を連れて行ってはくれんのか?」
「はぁーッ!? 連れてけるわけないでしょー!? アナタ国王ッスよ国王ッ!! 立場わかってんスかぁ!?」
「なぁタロット……やはり儂は……一緒には行けぬのか……?」
国王の声が震えている。
少女の小さな頬を、大きな両手で触れて、腰をかがめて目線を合わせている。
それを見た少女は少し溜息をつくと、優しい声で語りかけた。
「はぁ……もう、国王が死んだらダメッスよ〜、この国はどうなっちゃうんスかぁ?」
「でも……それでも……ゲンコツは……痛かったのだろう……?」
震える国王の声を聞き、少女はさらに深く溜息をつくと、国王をゆっくり抱きしめる。
それに合わせて、国王は両膝を落とした。
「あーあーもう、アナタは本当に変わらないッスねぇ~」
「大丈夫なのか……タロット……帰ってこれるのか……?」
「だーいじょぶッスよ~、だから国王はここで待ってて欲しいッス~」
「必ずだ……必ず帰ってこい………必ず……」
「はいはいわかってますよ~」
「……タロット……タロットぉ…………ッ」
少女に縋りついて涙を流す国王。
タロットは王冠の無いその頭を、ゆっくり撫でながら、落ち着かせるように、優しく優しく声をかけていた。
ガンドはそれを見て、歯を食いしばり涙を零している。
この国の王は、ただのワガママなお爺ちゃんだったのだろう。
小さい頃のタロットにも、きっとたくさんゲンコツを叩きつけていたに違いない。
◇ ◆ ◇
帰り際、タロットと国王がこんな会話をしていた。
「おいタロット、『魔王討伐』とは言うが、本当に討伐などは」
「わーかってるッスよ~! お願いしに行くだけ! 倒しちゃったらこの国やーばいッスもんね~!」
「わかっていればよい」
「じゃあ、パパーッと行って、パパーッと帰って来るッス~!」
手を振って別れようとした時、また国王から声がかかる。
「タロット」
「なーんスかもー!」
「儂のゲンコツは本当に痛かったのか?」
キョトンとした顔で国王を眺めたあと、ニッコリ笑って。
「隕石が落ちてきたかと思ったッスよ~!」
「ハッハッハ! そうか! 帰ったらすぐ報告にこい!」
そう言って王冠を被った国王は、すぐに後ろを向いた。
たぶんまた泣いていたんだと思う。
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