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13.0 『王の審判』前編


「おしゃー! 決戦ッスよーーッッ!!」


「おーッ!」


「お、おー……」


 城へ向かう馬車の中、タロットの掛け声に合わせて、ナーコ、そして俺と続いた。


 ニール奪還の分水嶺、王の審判当日。

 俺は起きてから、ここに来るまでの間で疲弊し切っていた。


 『耳にタコができる』という表現が正しいのだろう。

 それはもう、ことあるごとに「感情的になるんじゃねーぞ」と念を押され続けていたからだ。



「俺ってそんなに信用ない……?」


「あるわけないじゃないッスかッ! なーにを言ってんスかッ!」

 

「あはは……でもハルタのいいとこなんだよ? ホントだよ?」


 ナーコは俺を庇ってくれる、一応は庇ってくれる。

 でも否定だけは一切しない、これが俺の信用の無さを物語っている。


「いいッスかぁ? ここの王様は信用できるッス! 悪い人じゃないッス! 絶対に叫んだり! 怒鳴ったり! 殴りかかったりしちゃダメッスからね! いいッスかぁ!!」


「ハイハイ……」


「ハイは一回っ!!!」


「ハイッ!!!」


 とまぁこんな具合だ。


「ねぇハルタぁ」


「なに……?」


 優しい幼馴染の声に癒やしを求めてしまう。


「絶対ダメだよ?」


「はい……」



――俺ってそんなに信用ないの?



 俺はザルガス侯爵のスーツを借りたが、裾が合わず折り曲げてどうにかそれらしい格好をさせてもらった。


 が、そんなことはどうでも良かった。


 紫のタロットと青いナーコのドレス姿は誰もが目を奪われるであろう。

 華美になりすぎない装飾や色味だが、タイトなロングスカートにスリットが大きく入り、チラチラと覗く太ももにどうしても目がいってしまう。


「ちょっとハルタロー、どこ見てンスか? 聞いてんスかぁ?」


「ハルタぁ……幼馴染として恥ずかしいよ私は……」


 太ももを隠しながら二人がじっとり睨みつけてくる。


「ちが、違うんだって、ほら、大丈夫だ、ちゃんと落ち着いてる、暴走しないから安心してくれ……!」


 そうやって俺は必死に弁解するのだった。


「てゆーかタロットちゃん、ザルガス様が馬車の御者してるってどうなの? すっごく複雑なんだけど……」


「そ、そうなんだよ! たくさんいる奴隷とか、御者自体を雇ったりとか、そういうのがあっても良さそうだぜ!?」


 降って湧いた話を逸らすチャンスに、俺は全力で乗っかった。


「あぁー、いいんスいいんス、父様は馬走らせるの好きなんスよ~! あとウチの馬は父様以外に懐かないッス。ね、父様~!」


「あぁ、そうだねタロット」


 少しだけ振り向いて返事をする金髪美形のザルガス侯爵。



――マジで吸血鬼に見えるんだよなーこの人。



「私たちの世界でいうと、クルマが趣味のお金持ちって感じかな? ハルタぁ」


「あぁ、完全にそれだ! なんかすげぇ的確だな」


「でっしょー!」


 生まれて初めて乗る馬車は、予想以上に揺れた。

 言葉が途切れるほどの振動、決して乗り心地がいいとは言えなかった。

 これは城下町の石畳もあるが、おそらく車輪が原因だろう。

 木を円形に整えただけの車輪。

 ここにチューブでも巻いて、ゴムで覆えば簡単に改善できる。

 でもこれは俺たちが口出しする事ではない。

 

 あの男が言っていた事を、俺はようやく理解してきていた。

 この世界では、別の方法で改善するのかもしれない。

 マナを用いた方法になるのかもしれない。

 それは少し楽しみだった。


 幼馴染はあの日、一気に成長した。

 俺はあの日を境に、ゆっくり成長している。


 そう思うことにした。


 

 馬車を走らせて、体感10分程度。

 歩ける距離でもあったが、侯爵の操る馬車でお城の前に着いた。


 あまりにも壮大だった。

 あの日、ナーコと遠くから見て憧れた、異世界のお城が目の前にある。


 色合いはコリステン邸と似たクリーム色の外壁に、群青色の屋根。

 黒のフェンスで覆われて、真っ白の石畳。

 3メートルはありそうな大扉は、綺麗な木目がついて、真鍮の格子柄に細工されていた。


「すっげぇー……」


「私これ写真撮りたい……」


 2人でポカーンとお城を見上げていると、感情のない言葉が横から飛んでくる。


「ほら行くッスよ」



――いやタロットにとっては当たり前かもしんないけどね????



 中に入ると、目が覚めるほどの真っ青な絨毯。

 お城と言えば赤い絨毯のイメージが強かったが、青の発色がよく白い内装に映えている。

 

「私もお姫様になったら、青の絨毯にしよぉ……」


「奴隷の分際でなーにくっだらない事言ってんスか、ちゃっちゃか歩くッス!」


 現実を突きつけられた奴隷は肩を縮めて歩き始めた。



――やっぱりナーコの扱い雑になってるよね?



 審判の行われる玉座の間まで、近衛兵2人を先頭に、ザルガス侯爵、タロット、俺とナーコで連なって歩いた。

 養護施設でプレイした、有名なドット絵RPGを思い出す。


 真っ直ぐ進み、広い階段を上がると、茶色の大きな扉が両側に口を開けていた。


 白地の柱に青の差し色、そしてほんのり金の装飾が施され、豪華で繊細な玉座の間にたどり着いた。


 俺たちはそこまで、キョロキョロとお上りさんのように歩いてきたが空気が一変した。

 玉座にはすでに国王が座っていたからだ。


 ギブリス王国、ネザル・ド・ギブリス国王

 国王というと、金の王冠、赤地に白い縁取りのマントを羽織った、太ってニコニコしているお爺さんのイメージが強かった。


 だがギブリス国王は、金の王冠はそのままに、青地に白い縁取りのマント、そしてプロレスラーのような体格に、険しい目つきをしていた。

 

 年齢は50前後だろうか、真っ白の髪に口ひげを蓄えて、いかにも王な風格を漂わせている。


 俺達は、国王に向かって左側の列に並んだ。


 国王というのは、ここぞとばかりに御成りするものとばかり思っていたので、俺たちは必死に姿勢を正す。

 そんな奴隷二人を他所に、飼い主の素っ頓狂な声が響いた。


「こっくおーうさまぁ~! お久しぶりッス~!」


 ニッコニコの金髪美少女が、国王の前に立ち元気に手を上げて国王に挨拶していた。



――は? 『おひさしぶりッス』って何? 仲いいの?



 国王はこの挨拶に訝しげな目線をタロットに送り言う。


「タロット……一応聞くが悪巧みじゃないだろうな?」


「ちーがうッスよー! ちゃーんと悪いヤツとっ捕まえたじゃないッスかぁ! 褒めてほしいくらいッスー!」


 実際には、これ以上ないくらいの悪巧みだ。

 


――国王さまー、その子、人の罪を利用して自分の欲を満たそうとしてますよ~!



「今日はよろしくッスー!」


「いいから並べ」


「あっは~♪」


 タロットは国王との仲睦まじい会話を終えて、俺たちの方にトコトコ走ってきた。


 向かいにはリーベン奴隷商と、そのお付きであろう背の高い男性が並んでいる。


 ナーコを娼婦にしようとしたリーベン。

 自然と睨んでしまうが、目が合うと会釈をしてしまった自分が情けなかった。


 リーベンは小太りの中年男性というイメージがピッタリだった。

 髪が薄く、チョビヒゲを生やし、茶色い上下セットアップに身を包んでいる。


 タロットの奴隷になってからは、会うのが初めてだが、俺を覚えているのだろうか。

 一度門限を破ってこっぴどく叱られた記憶がある


 国王がリーベンを見て口を開く。


「おいリーベン、奴隷が戻らんのは本当か?」


「はい、申し訳ありません。昨晩から姿が見えず……」


 ここの国王はちゃんと民の声を聞いてるんだな。

 リーベンにもしっかり声をかけている。


 そこで思いも寄らない言葉がリーベンから飛んできた。


「おい、『無し人』のお前! ハルタロウだな! お前何か知らないか? ヤッドと仲が良かっただろう」


「は? 俺? ていうかヤッドさん……ですか?」


 突然の問い詰めに慌てて聞き返してしまった。

 ヤッドさんは大部屋時代にお世話になった先輩奴隷だ。


「そうだ! 門限なんて破ったことないアイツが、昨日から大部屋に戻っていない!」


「いや……ごめん、わから……わかりません」


「ならいい!」


 プイッとそっぽを向くリーベン。



――ヤッドさんいなくなったのか? 確かにいじめられてたけど……ていうか、リーベンが俺を覚えてたのは意外だな……



 国王の真横にいる近衛騎士が、扉に向かってなにやら指示を出している。

 この人は国王直属なのだろうか?

 他の近衛騎士よりも一回り大きく、立派な鎧と剣を携えていた。

 太い眉に整えられた顎髭、そして鋭い眼光。


 その指示を受けると、扉から別の近衛兵がゆっくりと、罪人を連れてやってきた。


 俺たちの仲間、ニールだ。


 ニールは黒くがっしりとした手錠で、両手を繋がれ、手錠からは太い縄、近衛兵がそれを持っている。

 白い麻のシャツにズボン。

 牢に入っていたと思われる汚れが裾についていた。


「イ・ブラファ皇国兵、ジア・アンリーブ、連れてきました!」


 ニールは国王を真っ直ぐに向いて、両膝をついた。


 ニールの本名を俺はここで初めて知った。

 でも俺からすれば、ニールはニールだ。

 今更、呼び方を変えることなんてできない。


「ではガンド騎士長、始めろ」


 国王からガンド騎士長と呼ばれた大柄の側近の騎士が声をあげる。


「ではこれより、王の審判を始める。このイ・ブラファ皇国兵、ジア・アンリーブは、ギブリス王国への密入国、及び身分偽装の罪を問われることとなる」



――めちゃめちゃ罪人っぽい罪状だなー、大丈夫かこれ……



 ここからが本番、国王が口を開く。


「では、身元引受人リーベン・スレイバーグ、証言人タロット・コリステン、前に出ろ」


「ハッ!」


「ハッ!」


 タロットとリーベンが、国王の前に出て片膝をついた。

 タロットの勇ましい返事とその佇まいが、小さい体に似合わず、でもとても美しく見えた。


「では、このジア・アンリーブが麻酔術を使用し、拘束された当日の事実確認を行う。ジア・アンリーブも良いな?」


「ハッ!」


 国王の言葉に、ニールが両膝をついたまま頭を垂れた。


「罪人ジア・アンリーブ、お前はイ・ブラファ皇国からギブリス王国に密入国。その後、ニール・ラフェットを名乗り、リーベン・スレイバーグの貸奴隷として治癒術師となった。ここまでは良いな?」


「間違いございません」

 

「10日間、スレイバーグの貸奴隷として従事した後、タロット・コリステンに対して治癒術と称し、麻酔術も同時に行った。それを不審に思われ、拘束された。間違いないか?」


「はい、間違いございません」


 ニールは全てをタロットに託して、この返事をしたんだろう。

 絶対に隠し通そうとした嘘を暴かれ、今この場で手錠に繋がれている。


「ではリーベン・スレイバーグ、この者が麻酔術を使える事を知っていたか?」


「一切、存じておりませんでした」


 この場でリーベンは、むしろ被害者と言っても過言ではない。

 騙されて他国の脱走兵を、奴隷として迎えさせられたのだから。


 そして国王がタロットに尋ねる。


「ではタロット・コリステン、当日の状況確認だ。怪我の治療を受け、麻酔術を確信。その後、事情聴取での麻酔術の秘匿を確認、そして通報した。間違いないな?」


「恐れながら、アタシの記憶とは一部異なっております」


「申せ」


「アタシが行ったのは通報ではありません。城へ直接の連行、そして拘束の嘆願でございます」


「……そうだな、訂正しよう」


「ありがとうございます」


 タロットが異論を呈すと、資料などを確認して、それが認められた。



――というか、これって意義を唱えるほど重要なことなのか?



「そしてその嘆願を受け、取り調べを行った所、イ・ブラファ皇国の脱走兵ということが確認された。イ・ブラファ皇国大使アイゼイヤ殿からは何かありますかな?」


 国王は、左側に立っている薄紫のマントを着た男に話しかけた。

 帽子を被り、モノクルの眼鏡をつけた30代ほどの男性。


「いえ、本国の者がギブリス王国にご迷惑おかけしてしまい、誠に申し訳ございません」


 深々と頭を下げる。

 国王に向けて、そしてリーベンとタロットに向けて。


「では続けてアイゼイヤ殿、この者の処遇はどうすべきと考えておられますか?」


「もちろん、皇国への強制送還が望ましいですね。その後の処遇はこちらで判断すべきかと」



――これだ、ニールはこれを怖がっていたんだ。



「わかった、リーベン・スレイバーグ、タロット・コリステン、二人共良いな?」


「ハッ!」


「恐れながら、アタシは納得しかねます」


 リーベンは了承たが、タロットからは待ったがかかった。

 この当たり前の処遇を通さない為に、あれやこれやと悪巧みしてきたのだ。


「おいタロット商、無礼だぞ」


「よいリーベン。タロット・コリステン、申してみよ」


 国王がため息をついたように見えた。

 呆れたようなその表情は『こいつが居て、簡単に終わるわけないよなー』と言っているようだ。



--わかるよ国王、その気持ち……!



 タロットは質問し始めた。


「恐れながら、この罪人が送還されるまでの滞在日数。また、どこの牢に拘束する事になるか。教えて頂けますでしょうか?」


「アイゼイヤ殿、おおよその滞在日数などわかりますかな?」


「ふむ、迎えの船の手配から手続きを含めて、最短でも30日間、最長90日間ほど見て頂きたく思います」


 この日数を聞くと国王が続けた。


「その期間ならば、城下町にある民間牢での拘束とする。タロット、異論があるのか?」


 国王から大使、そして国王。

 タロットの質問に対して全員即答出来ている事が、仕事の出来る印象を湧き立てる。

 俺ならワタワタして、『確認してきます』と言ってここを飛び出していくだろう。


 そしてタロットが異論を呈した。


「はい。リーベン商はご慧眼であらせられる。なのになぜ、私ごときの目で見抜けた麻酔術を、十日間も見破れず放置していたのか、という疑念があるからです」


 リーベンの悪巧みを懸念している、という意味合いだろうか。

 ただ、リーベンは本当に知らないように見えるが。


「おいタロット商! それはどういう意味……」


「リーベン」


「ハッ……!」 


 リーベンが国王に叱られる。

 『最後まで聞けよ』という意味だろう。


 タロットが続ける。


「民間牢はリーベン商預かりでございましょう。万が一を考えれば、その牢に30日以上も置いてほしくはありません。私がこの罪人を、直接城まで連行したのも、それが理由でございます。」


 タロットは淡々と答えていく。



--通報だとリーベンの牢になるから、城に直接連行したんだぞって事か……? だからさっきの訂正……! すげーなコイツ……!



 これを受けて、国王からタロットに、処遇の希望が聞かれた。


「ふむ、ならばタロット・コリステンの考える処遇は?」


「私はこの卑しい罪人に、身体を触られた事が、悍ましくてなりません。強制送還なぞという甘い措置ではなく、このまま本国での処刑。そして執行までは引き続き、この城の牢での拘束を願っております」


 タロットは悔しがるように二の腕をギュッと握る素振りで、演劇の一幕のように話している。


 流石に言い過ぎじゃない? とも思ったが、タロットが布石をばら撒いているのがわかる。

 国王が眉間に皺を寄せてタロットに苦言を言う。


「城に30日以上の拘束はムリだ、お前もわかっているだろう」


「そうですか……では、コリステン敷地内の地下牢は如何でしょう」


「タロット商……貴ッ様……ッ!」



--城の牢が使えない事をわかった上で、タロットの敷地に拘束する提案……!!



 国王がめんどくさそうに溜息をついた。


「はぁ……このまま本国での処刑執行について、アイゼイヤ殿はいかがお考えですかな? 本国としては貴国側の措置を尊重している」


「すみませんが難しい。ですが強制送還だとしても、タロット令嬢の証言であっては、復兵とはいきますまい。どちらにしろ送還の後、処刑となると思いますが」


 アイゼイヤ大使はあくまで強制送還を希望している。

 というか、この人が希望しているのではなく、国としてそうすべきなのだろう。


 そしてタロットが本命の手札を切る。


「であれば……いかがでしょう? 皇国と王国、ひいては世界の悲願である、『魔王討伐』に同行させるというのは?」



--来た、本命の要望……!!



「魔王への生贄をもって処刑とすると?」


 国王の問いかけに、すぐタロットは用意していたであろう言葉を紡ぐ。


「それではイ・ブラファ皇国に、納得いただける筈もございません。生贄ではなく『不可逆の扉』をくぐり、勇者一行として、『魔王討伐』に向かわせるのです。もしも討伐できれば二国連名での……」


 この言葉を遮り、アイゼイヤが感嘆の声を漏らした。


「なるほど……二国連名での声明が出せるという訳ですね。それなら皇国としては、異論なぞある筈もございませんよ。もし成れば罪人への恩赦もありましょう」


 罪人を手放すだけで、『魔王討伐』に一枚噛める、つまりはそういう事だろう。



--大使への要望は通った!! すげーよタロットお前……!!



 だがここで、リーベンから意義が出る。


「お、お待ち下さい! 『魔王討伐』の勇者派兵は毎年、このリーベン・スレイバーグにお任せ頂いている筈でして……」


 これに対してタロットは答えを用意していたのだろう。

 即座にリーベンの不得を突く。


「リーベン商、アナタが派兵を任されてから、勇者が『生贄』と称されるようになった事はご存知ですか? ましてやここ数年、扉を開けた形跡がございません。まさかとは思いますが……『無し人』を、『勇者』と称して、『マナの壺』に投げ入れたりなぞ……」


「なに? リーベン・スレイバーグ、今の話は本当か?」


「いえ……しかしそれは……」


 片膝をついたまま、横のリーベンをジロリと見やり、悪そうな笑みで苦言を呈すタロット。



--なんかごちゃごちゃ言ってたな……『マナの壺』……なんだそれ??



 アイゼイヤから、『魔王討伐』の編成について質問が飛ぶ。


「ですがタロット令嬢、この者一人で行かせるわけにもいかないでしょう。それこそ唯の生贄です。一行はすぐに編成が可能なのですか?」


 その編成こそが……。


 タロットがここぞとばかりに声を張った。


「そこはお任せを! 勇者様と上位術師の二名がこちらにおります!」


「上位魔術師、ヘンミ・カナコです!」


「勇者、タナカ・ハルタロウです!」


 俺たちは姿勢を正し、ビシッと返事をした。

 周りからは緊張した田舎者のように映っただろう。

 国王が頬杖をついて目をこちらに向けた。


「ふむ、実力は?」


「カナコは風と火の上位のマナを同時に扱えます、これは父ザルガスも実力を認めております」


 タロットが自信満々にナーコを紹介した。



--カナコは虚勢張らなくても本当に優秀なんだよなーー……そして俺は……



「なるほど、勇者の方は」


「勇者様は、特別なチカラがございます」



--特別なチカラ……! あとは俺が虚偽とハッタリで誤魔化すだけ……!!



 ここで俺は、おそらく実力を試される。

 緊張して掌が汗で濡れる。


「嘘は良くないぞタロット商! 国王! そこのハルタロウは完全な『無し人』でございます! 私めが確認しております! 間違いございません!」


 リーベンから異議が出る。

 もちろんあの時までは俺自身も自分をただの『無し人』だと思っていた。


「タロット、どうなんだ?」


「いいえ、嘘ではございません。もしかしてリーベン商、勇者様の価値を見抜けなかったのですか?」


「ふざけるなよタロット商! 国王、この場での確認をお願い致します! 日を改めず、どうかこの場で!」


 そして国王が近衛騎士に指示を飛ばす。


「もちろんだ、木剣を2本持って来い。儂が試す」


 リーベンの進言を国王が受け入れた。

 やはり俺はここで試される。



--とはいえ、木剣ならそこまで気負わずにいけそうだ……!



 が、タロットがそんな事を許す筈もなかった。


「国王、木剣などで実力はわからないでしょう。国王は真剣、勇者様は木剣。これぐらいのハンデを背負えなければ、勇者とはいえません」



--タロットさんーーーーー!?!?



「タロット、儂の実力は知っている筈だが?」


「もちろん存じております」


「真剣だ! 2本持って来い!」


「ハッ!」


 

--ここまでタロットを恨んだのは初めてだよ?



 国王の命令で、お付きの近衛騎士がギラギラと刃の光る直剣を2本持ってきて渡してきた。

 コリステン邸の剣より軽かった事が唯一の救いだ。


 青い絨毯に立って、国王と俺が向かい合う。

 国王はデカかった。

 プロレスラーのような体格もそうだが、190センチ以上の身長。

 上空から見下ろされているような感覚に陥る。

 対する俺は170センチ程度……!


「さて勇者とやら。今死んでも文句なぞ言えぬ事を忘れるなよ。よいなタロット!」


「もちろんでございます、国王」


「俺も大丈夫ですよ~。国王様、いつでもどうぞ?」


 俺は精一杯の虚勢を張った。

 俺から攻めたらメッキが剥がれる。

 俺が出来るのは、カウンターのみ。


「先手を譲るか、では……!」


 国王が掛け声と共に一歩を踏み出した。

 表情は変わらないが、殺しにくるような気迫と威圧感にたじろぐ。


 そして国王は剣を両手で握ると、ワンステップで俺の真正面に飛び込み、首元めがけて切り下ろす。



--腕腕腕腕腕………!!! 腕でガード……腕でガード……!! 腕腕腕腕……!!



「……ッッッ!!!!」



 あまりの恐怖に目を瞑ったが、俺は必死に左腕を振り上げ、国王の剣を受けた。

 これがタロットが俺に任せている役目。

 

 目を開けると国王の剣は、俺の左腕に接触し、ピタリと動きを止めていた。


--止めた!!! 止めれた!!! 国王の剣を左腕で……!!! いける!! カウンター……!!



「ほう……」


 国王のこの感嘆とした声が自信に繋がった。

 俺を認めたような、この威厳に満ちた声。


 そして、隙のできた横腹に、俺は右手で剣を振りかぶって。


「ここだッ……!!! え……?」


 全力で剣を振り抜く瞬間、横で見ていた少女が飛んだ。

 ピョンッと少しだけ宙に浮き、片足を俺の顔面めがけて振り抜いてきた。

 そしてそれが顔に当たる直前、少女の足が勢いを殺した。



--え? 寸止め?



「ごめんね」


 そんな少女の呟きが聞こえた次の瞬間、優しく、少女の足甲が俺の顔面に触れる。



--あ、パンツ見え……。



「わブッッ……!!!」


 するとそのまま、一気に少女の足が加速して、俺は後ろに蹴り飛ばされた。

 体感だが10メートル以上は吹っ飛ばされただろう。


 ガタンッと音を立てて大扉に叩きつけられた。



--なに?? 俺なんで蹴り飛ばされた?? 怪我しないんじゃなかったっけ?? いや怪我はしてないし……痛いわけでもないけども……!!!



 このタロットの横槍に国王が、剣をタロットに向けて苦言を言う。


「おい、なんのマネだ? タロット」


「これ以上、意味が無い事は国王ならおわかりな筈。勇者様も不敬ですよ!! 国王に剣を振るなぞ!!」


 タロットが俺を睨みつけて声を張り上げた。

 これには俺も精一杯の虚勢を張るのだ。


「いやーごめんごめん、あんまり隙だらけだったからさぁ……」



--これはあれだ……剣を振れば勇者のメッキが剥がれると判断されたやつだ……!



 見ていられないリーベンもタロットに突っかかるが。


「おいタロット商!! こんな茶番で有耶無耶に……」


「やめろリーベン、こやつは儂の剣を生身で受けよった」


 すぐに国王から止められる、そしてアイゼイヤ大使までもが感嘆の声を漏らすのだ。


「私も見ました……ギブリス国王の剣を片手で……少し鳥肌が立ったほどです……」


 国王は剣を近衛騎士に渡すと、ゆっくりと振り返って歩き、また玉座に座った。


 リーベンが言葉を探るように声を張る。


「は? うそだ……お前は『無し人』だっただろうが……ッ!!!」


「誰に飼われるか選んでたんだよ、節穴の目を持つリーベンさん! 『無し人』に見せかけることでさ!」


 リーベンの目は決して節穴ではない、俺は間違いなく『無し人』だ。

 だが、俺もここで虚勢の刃を納めるわけにはいかなかった。


「チッ……!! クソがッッッ……!!! 国王……! 危険ですッ!! この罪人も含め、そこの奴隷2名!! 魔王討伐と称し、国外逃亡の恐れが……」


「リーベン・スレイバーグ、もうお前は下がれ」


「し、しかし……!!」


 負け惜しみとも取れるリーベンの言葉。

 それを阻む国王の声。


 タロットはこの機を待ってた。


 次がおそらく最後の一手。

 すべてを圧倒し、この一手でチェックメイト。

 俺、ナーコ、ニールの『魔王討伐』行きはほぼ確定、あとはタロットの同行許可。

 そしてタロットは王に向かって、再度片膝をつき、完全勝利を確信し、頬を緩ませ進言する。


「ですが国王、リーベン商の言う事も至極真っ当。であれば監視も兼ねて、このタロット・コリステンも勇者一行に同行し……」


「ダメだッッッ!!!!!!!」


 タロットの最後の一手を遮る怒号が、玉座から鳴り響いた。

 腹に響くほどの大きな大きな声だった。

 

 これまで眉一つ動かさず、俺との戦いでも表情を変えなかった国王。

 それが玉座から立ち上がり、顔を真っ赤にし、眉間に皺を寄せ、目を見開きながらタロットを睨みつけている。


 毅然とした態度で、雄々しい口調を崩さず、礼儀礼節を弁えてきたタロットだったが、ここに来て初めて固まった。


 理由のない否定の言葉に、タロットが顔をあげて呟いた。



「へ?」



 ポッカーンと口を開けながら王を眺めていた。 

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