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11.0 『無敵体質』


「先生はかっこよすぎるッッッ!!!!」


 目を覚ましたナーコが、興奮して目をキラキラさせていた。


 以前、四人で打ち合わせをした部屋。

 ナーコが正座をさせられていた部屋。

 ニールが詰められてボロカスに泣かされていた部屋。


 そこで今はタロットとナーコと三人、夕飯のスパゲッティを食べている。

 ナーコはミートソースを口の周りにつけながら、あの白衣の男の事を話していた。


 驚きだったのはタロットの食事マナーが美しかったことだ。

 汚さず飛ばさず、丁寧にフォークでクルクルと巻きとっている。

 さすがはご令嬢といったところだろう。


「先生って……ナコちゃんに教師を雇った覚えはないんスけど〜」


「え~でもでもぉ、先生してくれるって言うシェバードさんを止める権利は、タロットちゃんに無いと思うんだ~」


「あの人はそんな事言ってなかったッスよ!! もぉ!!」


「私の先生……♡ 次はいつ来てくれるのかしら」


「人の話を聞いて欲しいッス!!」

 

 ナーコがうっとりするように、両手を胸に置いて宙を見つめる。

 タロットは不服そうに頬を膨らまして、フォークを口に運ぶ。


「いやナーコさぁ、けっこーボロクソ言われてたけどね?」


 俺もタロットも、変態を見るようにナーコに視線を送っている。


「いいんですぅ〜! あぁ、またヘタクソって罵られたい……♡」


「ヘタクソ」


「ヘタクソ」


 変態の要望には、俺たちで応えてやった。


「先生にッッ!! 言われたいのッッ!!」


「はぁー……もうどーしちゃったんスかコイツ?」


「いやわかんねーよ、俺だって初めて見るぞ、こんなナーコ」


 タロットも呆れきった表情で溜息をついている。


 でも俺にはなんとなくわかった。

 ナーコは才能というか、なんでもそつなくこなすタイプだった。

 マナが出なかった時に、ひどく落ち込んでいたのもそれだろう。

 人からのアドバイスによって成長した経験が、圧倒的に少ないのだ。


「ねぇタロットちゃん!!! それで先生は、次いつ来るのかな!?!?」


 ナーコがうるうると目を輝かせて詰め寄り、タロットが鬱陶しそうにあしらっている。


「もぉ!! こっちが聞きたいくらいッスー!!! ズルいッスよ!!! 絶対つぎはナコちゃんが依頼に行ってる時に来てもらうッス!!!」


 心無い言葉を突きつけられていたたが、気にも留めずにウットリしている。


「ねぇ~もうさぁ~……先生もここに住んでもらえばよくない? 四人で暮らさない? それが一番だと私は思うんだ〜」


 遠い目をして理想を口にするナーコ。



——それニールもザルガス侯爵忘れてるよね?



「でもあの人には大切な人がいるッスよ? だからここに住むのは無理ッス」


 瞬間、ナーコがフォークを落とし、表情が消えた。


「え……なにそれ……? ホント? タロットちゃん……それ……ホント……???」


「ホントッス、だからポッと出のペタンコが出る幕は無いッス」


「そ……そんな……ッッッ!!!」



——『ポッと出のペタンコ』は流石に可哀想すぎない?? とはいえ俺にとってそれは朗報だ。あの人ってそんな人いたの? なんでさっきタロット教えてくれないの? 



 ナーコは完全にあの男の虜になっていた。

 ガックシと肩を落として、フォークをクルクル拙い手つきで巻き始める。

 歳の差なんか関係無いというのは、こういう事を言うんだろう。


「ちょっと私……本当に立ち直れないかもしれない……」


「まぁこの変態は置いといてハルタロー、今日の夜からアタシと2人で特訓ッス! 今日の一件で戦力バランスが思った以上に傾いちゃったッス」


 おそらくナーコはコツのような物を掴んだんだろう。

 確かに俺もお荷物になるのは嫌だった。

 というか、そもそも俺が本当にここに必要か疑問だった。

 いやそんな事よりも……。



——タロットと夜に特訓って言った!? 2人で?? 2人でって言った??



「あぁ……俺もそれは助かるよ……実際そのへんの一般人よりも弱い自信があるぞ俺は」


「別にそんな強くなくていいんスけどね~、『魔王討伐』で上からゴチャゴチャ言われる可能性が出てきたんスよ~」


「そういえば『魔王討伐』するって言ってたな」


「それが目的ッス!! 忘れないでほしいッス!!!」


 忘れてたわけじゃないが現実味が無さすぎて、この生活がこのまま続くもんだと錯覚していた。


「そんでニールくんの審判が明後日に決まったッス」


「あー、そういえばニールくんもいたわねぇ」


「それも目的ッス!! なんで2人してそんなテキトーなんスかぁ!! もぉ!!」


 そうだった、ニール奪還も目的だった。

 今日のインパクトが強すぎて、今も城の牢屋にいるであろうニールを完全に忘れていた。



——すまんニール……!



「ハルタローはアタシとお庭で剣の稽古ッス、ナコちゃんも先生つけるから広場でマナの特訓ッス! 明日からは、依頼してお風呂入ってご飯食べたらすぐ特訓ッス!」


「先生って誰!? もしかしてシェバ……」


「父様ッス」


「……ねぇタロットちゃんどうして……? どうしてなの……? あれ……? いや待って……? タロットちゃんの父様……? ザルガス侯爵か……」


 先生を指定され、ナーコは少し肩を落としかけたが、ふと顎に手をあてなにやらブツブツと思考を始めた。


「そッスよ、アタシの父様」


「うん!! それはそれでアリッ!!」


 ナーコはビシッと親指を立てて笑顔を見せた。


「なんスかこの女?」


「いや俺に聞かれてもしらねーよ!」



——だんだんナーコの扱いが雑になってない?



「ごちそーさまでしたッ! アタシとナコちゃんはお風呂行ってくるッス! ハルタローはお庭の剣でも振って、ウォーミングアップしとくッスよ~!」



 2人が食器を持って席を立った。

 ナーコは目をキラキラさせながらタロットに話しかけている。

 おそらくシェバードさんの事かザルガスさんの事を話しているのだろう。

 それをタロットは呆れたようにあしらっていた。

 たった数日で仲良くなったもんだ。



——ていうか、今から2人で風呂いくの? あのデカくていい匂いのする風呂に? また女の子2人で浸かるの? ズルくない?



◇ ◆ ◇ 



 庭には木人が何体か、そして量産品っぽい両刃の剣が無造作に転がっていた。

 剣を持ったが予想以上の重量で、グラッと体が傾いた。

 これを片手で振り回すなんて絶対にムリだろう。

 両手でしっかりと握ってもバランスが崩れる。


 木人を斬りつけてみたが、ほとんど傷がつかない。

 『剣で斬る』というより、『剣で殴る』という表現のほうが的確だ。

 これは技術で変わるのだろうか。



 ふと石鹸の香りが漂った。

 半乾きのウェーブがかった髪をおろした、小さな美少女が真横に立っていた。

 事情聴取の日と同じ服装。

 ベアトップにショートパンツ。

 胸元に谷間が出来て目のやり場に困るあの服装。


「どッスかぁ?」


「あ……あぁ、似合ってると思うよ……」


 ポカーンと俺を見上げている。

 そしてすぐに眉を吊り上げ説教するように指をさしてきた。


「ハァッ!? 剣の話ッスよ剣の話ッ!! なーにを言ってんスか!? あんたはバカッスかぁ!?」



——しまったーーーーーッッッ!!! やばい、やばいぞこれはヤバい!!!! 木人の前に剣を持って立ってるんだぞ!?!? どう考えても剣の話をしてるだろーが俺ッッッ!!!



「つ……つーかさ……タロットって剣とか使えるのか? あんまり強いとかってイメージないんだけどさ。いや口喧嘩がめっぽう強いのは知ってんだけど……」


 とにかく平然を装ってそれらしい事を、それらしい口調で、それらしい表情で言って誤魔化しす事にした。


「んー、そこまで得意じゃないッスけど〜、少なくともハルタローよりは強いッスよ?」


 木人の周りに転がってる剣を、ヒョイッと足で蹴り上げた。

 それはクルクルと回転しながら、3メートルほど宙に浮いて落下してくる。

 そして柄の部分を的確に、パシッと片手でキャッチした。



——は?????



「ちょッ……ちょちょちょちょっと待ってくれ……!! なんだよ今の……!! いや、どうやったの今の???」


「なーにを驚いてんスか」


「ちがっ……そーゆーのだよ!! なんかこう……そーゆーのを当たり前にしてることに驚いてんだよ……!! 技術もそうだけど、そもそもこれ……これめちゃくちゃ重いぞ!!」


「あぁー! だーいじょぶッスよー! 別にこんなの出来ても意味ないッスー!!」


 剣をおもちゃのように、片手でヒュンヒュンくるくると回しながら俺から遠ざかっていく。

 そして20メートルほど離れて振り返った。


「いや、そーゆーのを軽々やってることに驚いてんだっつーの!!」


「いいからーー!! あたしがこれで斬りかかるッスーー!! それを受け止めてほしいッスーー!!」

 

 距離が離れて自然と声が大きくなる。

 俯瞰してこの子を見れたが、やっぱり小さい。

 剣の方が大きく見えるほどだった。


「いくッスーーー!!」


 気の抜けた声と共に、タロットが少し身をかがめる所までは見えた。

 直後、その足元が爆発したような土埃が舞う。

 そして次の瞬間には、剣を振りかぶったタロットが俺の目の前まで来ていた。


「ちょっ……まっ……!!」


「わぁーーーッッッ……とととッッッ!!」


 剣を振り抜かず、小さい体が急ブレーキをかけて正面からぶつかった。

 ゴロゴロと2人で庭に転がり、タロットが俺に覆い被さるように倒れた。


「痛っタタタぁ……!! ちょーっとぉ!! なーんでガードしないんスかぁ!!」


 両手で上体を起こしたタロットが、見下ろしながら文句を言っている。

 ベアトップに隠れた胸が俺の視界を覆っている。

 だが今はそんな下心まで気が回らなかった。


「いや無理だろあんなの!! 目でも追いきれねーよ!!!」


「えーーッ……!! あーんなに離れたのになぁ〜……」


 ブツブツと小言を言いながら、タロットが立ち上がった。



「いやいやいやいや絶対無理だろ……!! 一歩?? あそこから一歩でここまで来たの??」


 20メートルほど離れた場所は、芝が抉れて土が飛散している。


「まぁまぁまぁ、ハルタローの実力はなんとなーーくわかったッス」


 タロットは悪びれず、ニコニコと剣を突きつけてくる。


「え、俺やばい? 戦力外通告受けるヤツ???」


 正直めちゃくちゃ焦っていたと思う。

 この実力が当たり前の世界なら、絶対についていくことが出来ないからだ。


「いやいやぁ、ハルタローにアタッカーなんか求めてないからだいじょぶッスよ〜」


「え?? まさかホントに肉壁にするつもりじゃないよね???」


 以前、俺の役目は肉壁だと言われた言葉が、現実味を帯びてくる。


「似たような感じッスけど〜、ハルタローは壁役になってカウンター決めてくれればいいッス」


「それを肉壁って言うんだけどね? ていうかカウンター??」


「そッスそッス〜、どんな相手も、攻撃直後は隙ができるッス。そこを剣でグサっとやれば勝てるんじゃないッスかぁ?」


 とんでもないことを言われていた。

 そもそも避けれなかった、ガードもできなかった、カウンター以前の問題だろう。


 片手で剣をクルクルクルクル回しながら、当たり前のように伝えてくる。


「カウンターって……!! ガードとか避ける練習するってことか??」


「いやいやー、だってハルタローの防御力、めちゃくちゃ高いじゃないッスかぁ。『肉を斬らせて骨を断つ』的な?」


 首を傾げて自分の頬をぷにっと押さえている。

 ここまでの実力差を見せつけられると、可愛いという言葉も浮かんでこなかった。


「は?? たぶん防御力も人並み以下だと思うんですけど。タロットさんは……その辺どう思いますか……??」


「へ?? むっちゃ硬いッスよ?? 気づいてないんスかぁ??」


 確かに父親の暴力によって、痛みには強くなったかもしれない。

 どこが痛くてどこが痛くないかは、なんとなく体が覚えている

 でもあの速度に対応できるわけが無い。


「なぁ……やっぱやめよう……俺はたぶん無理だよタロット……いくら痛みに強くても、あの速度は一撃で致命傷だ……たぶんお荷物にしかならないよ俺は……」


 諦めたように、剣を地面に刺した。

 期待が大きすぎたんだ。

 申し訳ないと思った。

 たぶんこの子は本気で信じてくれていたんだろう。

 こんな揶揄い方をするような子じゃ無い。


「ちょーっとちょっとぉ、なーにを言ってんスかぁ!! だってハルタロー怪我したこと無いじゃないッスかぁ! ナコちゃんの時も、傷一つついてなかったじゃないッスかぁ、服はボロッボロになってたのにぃ!!」



 真横で飛び跳ねながら、俺の服をグイグイと引っ張ってくる。

 少し理解が追いつかなかった。

 『怪我したことない』の意味を必死に頭で咀嚼した。

 今日のあの男のように、暗に何かを伝えようとしているのか考えた。



——怪我くらいしたことある……いやこっちの世界に来てから? それなら確かに一度も怪我をしていない……タロットがあんな大怪我をしてる中……俺に外傷はなかった……森で倒れた時もそうだ……ナーコがボロボロになってるのに……俺には傷一つなくて背負って走って……え……マジ……?



「それ……本当……??」


「あの人が太鼓判押してたから間違いないッスよ〜」


 あの人というのはシェバードの事だろう。

 そうであるならば信憑性がかなり高い。

 無意識に俺は『あの男の言う事なら正しい』と思うようになっていた。


「それ……なんか確かめる方法あるか?? 確認方法っつーか……」


「んーーー、じゃあ目つぶっててくださいよ〜?」


「それ怖いな……でもわかった……たぶん俺はこれに賭けるしか使い道が無さそうだ」


 思いっきり目を瞑った。

 これからどういうことをされるかは、なんとなくわかった。


 心の底から怖かった。

 でも思い当たる節もあるにはあった。

 そして、とにかく自分の使い道が欲しかった。

 『無し人』で、剣もろくに使えず、運動神経も無い自分の使い道。

 あの優秀な幼馴染と並んで歩ける、自分の使い道が欲しかった。


「行くッスーーー!!」


 さっきのように離れたんだろう。

 タロットの声が遠くなった。


「お、おぉ…!」


 真っ暗な視界の中、遠くから地面の爆発する音が聞こえた直後、眉間に薄い何かが触れる感触を感じた。



——紙?



「あっは〜♪ やーっぱそーじゃないッスかぁ〜♪」


 嬉しそうな声を聞いて、少し目を開けた。

 するとタロットが俺の顔を真っ二つにするように振り抜いていた。


「こっ……こっわぁ〜……」


 刃が近すぎて焦点が合わない、寄り目になりそうだ。

 眼下ではタロットがニッコニコしながら見上げている。


「すーごいすごい! 初めての感覚ッスよ〜!」


「これって……タロットが寸止めしてるんじゃなくて……?」


 俺からしたらそうとしか思えなかった。

 あまりにもギリギリの、肌に触れた瞬間の寸止め。


「違うッスよ〜、思いっきり振り抜こうとしてるッス〜! そりゃもうハルタローの顔面を、真っ二つにするつもりでやってるッスよ〜」



——マジ?? なにそれこわい……!! でもそれがホントなら……!!



「つぎ……目開けるからもっかいやってくんない……?? 顔は目つぶっちゃうからほら……腕とか……」


 そう言って腕を横に広げてみた。


「いいッスよ〜」


 剣を少し横に振りかぶったタロットは、思いっきり俺の脇腹めがけて振り抜いてきた。

 少しだけ小突かれる感触があった。

 そこを見やると、服が裂けて、剣が肌に接したところで止まっていた。


「お……俺……腕って言いませんでしたぁ……?」


「いやー、こっちのほうがわかりやすいかと思って〜♪」



——それ先に言ってからやってね??



「な……なんとなくわかった……だから一旦その剣おろして……」


「ホイッ! おりゃッ! やッ! とりゃッ! あっは〜♪ すーごいすごーい!」


 調子に乗って俺の身体めがけて、あちらこちらから斬りつけてくる。

 痛くない……痛くは無いがめっちゃくちゃ怖い……動けない……。


 そしてタロットの身のこなしが凄すぎる。

 剣を振り上げると、その遠心力に合わせて飛び上がり、くるっと回転して振り下ろし、後ろに回って背後からも切りつけている。


「タ……タロットさん……? タロットさん怖い……怖いです……タロットさーん……??」


 次は、剣先を俺の頬にゆっくり近づけてきた。


「へー、ゆーっくりやるとへこむッス〜♪ でもこれ以上動かないッスね〜! さっきも普通にアタシ達ぶつかったッスよね? 細胞が壊れるギリギリが条件って感じッスかね〜? いやーこれ面白いッスね〜♪」


「わかった……わかったから! もうやめよう!! 俺たぶん先端恐怖症だこれ……! すげー怖い!!」


「いやいや楽しくなっちゃって〜! まぁこーゆー事ッスよ、元の世界ではこんなことなかったんスかぁ?」


「無い……!! 無いから剣おろして……!! あったら気づくに決まってるじゃないですかぁ……!!」



——怖いんだってほんとに……!!!



「……もし口ん中にぶっ刺したらどーなるんスかね〜? ちょっとやってみていいかなぁ」


 俯きながらニタッと笑ったのが見えた。


「いいわけねーだ……ッッッ!!ぁ…………がッッッ!!!」


「あっは〜♪ 粘膜に接触して止まってるッスね〜! いやこれめーっちゃすごいッスよ!」


 ニッコニコしながら、口内に剣を突き刺し、大きな目を近づけて覗き込んできた。



——怖い……怖い……さっきまでとは雰囲気が違う……本気で俺をおもちゃみたいに……いつ壊れるか試してるみたいに……。



「ゃめ……ぁ………ゃ……ォェ……ッ!」


 顔が見れない。

 涙が出て涎が垂れる。

 全身が震える。

 奥歯と刃が擦れてガチガチと音を立てている。

 声が出せない。


「あ、ごっめッ……!! ちょーっと興奮しちゃったッス〜……! あっは〜……」


 スッと口から剣を抜いて、悪びれながら俺の頬を指でぷにっと押してきた。

 『お前はこれで許すだろ』と言われている気がした。


「ハァッ……ぁ……ハァッ……ゲホッ!」


「だーいじょぶッスかぁ?」


「だ……大丈夫……!! 大丈夫だ……!!」


 『大丈夫なわけねーだろ!!』と返す余裕も無かった。

 こんな事して楽しむタロットが恐ろしかった。


「つまり、ハルタローが敵の攻撃を、こうバシーッっと受け止めてカウンター! アタシやナコちゃんがそこにドカドカーッと攻撃をするー! みたいな?」


 首を傾げて頬を指で押さえた。


 肉壁という表現が的確すぎて笑えてくる。


「わかった、確かにこれなら使い道がありそうな気がする……俺はあれか、恐怖心の克服とカウンターの練習って感じか」


「あー確かに! 恐怖心の克服ッ!! それッスよ!! それがハルタローが考えた答え!! アタシ出てこなかったッスもん!! さっきハルタローのお部屋で話したやつ!!」



——なるほどね、わかりやすいよ……死ぬほど怖いけどね??



「ちょっとこれ……なんか弱めの敵とかで試してもいいかな……? 森にいた山犬とか……あれの討伐依頼とかあればさ……一石二鳥じゃねーか……?」


 それでもとてつもなく怖い。

 あのでかい牙を素手で受け止めるって事だ。

 ちびるかもしれない。


「おぉー♪ いいッスねー! 今度エルザさんに聞いとくッスー!!」


「あぁ……ていうかさぁ……!! お前めっちゃくちゃ強いじゃねーかよーーーッッッ!!」


 大声を上げながら、ドサっとその場に尻餅をついた。

 全身の服をボロボロにしながら汗だくで、自分の知られざる能力に胸を震わせる余裕もなかった。


「あはは、そしたらさぁ、ハルタローがいればもっと強くなれるね〜♪」


 俺の頬をぶにっと指で押し込みながら、俺の好きな話し方でそう言った。


 これだ。

 これだけで全部許せてしまう。


 この子は剣があれば、ネロズなんかには負けなかっただろう。

 あの体格差でも圧倒できるんじゃないか、と思わせる程の身のこなしだった。

 特に剣を口の中に突っ込む瞬間は、本当に全く、これっぽっちも動きが見えなかった。


「まぁせっかくの俺の使い道だからな、せいぜい役に立ててくれ!」


 ふっと、タロットの視線が俺の後ろに移った。


「あ、ナコちゃーん! 父様~! そっちは終わったんスかぁ?」


「うん! 終わったよー!」


 振り返ると、広場に行っていた2人が並んで帰ってきていた。

 透き通るような肌のザルガスさんは、声を出さずに一礼だけしていった。



——この人ほんとに吸血鬼かなんかじゃないよね?



「あれー? ハルタぁその服どーしたの?」


 ナーコが走ってくるやいなや、俺のボロッボロの服に興味を示し、ジロジロと観察してきた。


「タロットにやられたんだよ、むっちゃくちゃ強いぞコイツ」


「あ、そーだナコちゃん! この辺の落ち葉って、まとめて空に巻き上げれるッスかぁ? スカート捲れないくらいの強さで出来たら嬉しいッス!」


「へ? たぶんできると思うけど……」


 左手を握って下に向けると、ナーコの髪が靡き出す。

 淡い光に包まれると、庭全体をつむじ風がつつみはじめた。


「おおー♪ いいッスねいいッスね~!」


 庭に散乱していた落ち葉がくるくると、ナーコを中心に集まって空にブワッと浮き上がった。


「そこで全部ボワっと燃やせるッスかぁ?」


「んっ!」


 ナーコの声に合わせて宙に浮いていた落ち葉が、まとめて炎に包まれ、散っていった。


「すげぇ……!」


「ナコちゃん天才ッス~!!!」


 夜だった事もあり、花火が咲いたようで芸術的と言ってもいいほどだった。

 タロットがナーコにぴょんぴょん抱きついて胸を押し付けている。



——いい百合なんだよなぁ~……。



「結構できるようになったでしょ!」


 自信をつけたようなナーコが腕まくりをしてガッツポーズしていた。



 この日、『無し人』の俺にもようやく使い道が出来たのだ。



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