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10.0 『依存』


 自室のベッドに寝転がり、俺は天井に手を翳していた。


 ナーコの成長を間近で見せつけられ、魔術の成長を間近で見せつけられ、それでも成長しない自分に嫌気がさしていた。

 あの優秀な幼馴染のオマケとして、この世界に連れて来られたような気がしていた。

 最初にたどり着いたあの森で、もし俺が幼馴染を見捨てていたらどうなっていたんだろうか。

 もしかしたらそこが分水嶺で、俺が主人公になれていたのかもしれない。

 それでもそんな事を考えてしまう自分は、やっぱり主人公にはなれないんだろう。



 ノックの音と共に、気の抜けた声が部屋に響いた。


「ハルタロー、起きてるッスかぁ〜?」


「あ、あぁ……起きてる」


 体を起こすと、ガチャっと扉が開いてニッコニコのタロット。


「おっつかれさまでーーッスゥッッ!!」


 酒場で初めて見た時のように、大きな声で片手をあげてきた。

 そしてピョンピョンと弾むように近づいて、俺の座るベッドにダイブした。


「うっわー、このベッド超硬いッスね~! これ安モンじゃないッスかぁ?」


「あぁ……いや……ここタロットの家なんだけど……」


 体を起こすとベッドをバンバン叩きながら、自虐のような文句を言っている。

 これは励ましてくれているんだろうな。

 でもその顔が直視できない。

 

 施設でも高校でも、同じような事が何度もあった。

 

 ナーコと2人でいる時は楽しい。

 でもそれが大人数になると、俺はいつもああなるんだ。


 ナーコが話題の中心になり、主役になり、その横で俺は愛想笑いを浮かべる。

 俺が口を開くと、少し周りの空気を止めてしまう。

 いじめられていたわけじゃない。

 なんとなく、その場の『異物』になってしまう事が多かった。


 『ハルタはいい奴だけど空気読めねーよな』


 周りからはそんな事を言われて、俺はまた愛想笑いをする。


「あっは~♪ それより悪かったッスね~! お荷物燃やされちゃって~!」


 タロットは起き上がって俺の真横に座り、悪びれながらそう言った。

 ほのかに漂う甘い匂いに理性が抑えきれなくなりそうだ。


「いやぁ……い……いいんだよ! あれはこの世界にはいらないモンだぜ? 別に気にするわけねーだろって!」


 精一杯わかっているフリをした。

 情けない姿を、気遣いなこの子に見せたくなかったんだ。

 ただただカッコつけていたかった。


 「ふぅーーーん」と俺に顔を近づけ、ジロジロと覗き込んでくる。


 考えや下心を見透かしてきそうな、この大きな目にたじろいでしまう。

 表情が取り繕えなくなってしまう。


「な……なんだよ……」

 

「わかんなかったら『わかんない』って言っていんスよ?」


 無理だ、俺はそんなに堂々と生きられない。


「いやー、まぁあれだよ。あの時は確かによくわかんなかったけどさ、冷静になってみたら、そりゃそーだよなっていうかさ……」


「わかりづらかったぁ?」


「俺は……まぁそうだな、でもナーコはわかってたみたいだし」


「でもナコちゃんがわかったのはさぁ、ハルタローが居たからなんスよきっと。ほら、横でワーワー言ってる人がいると冷静になれる~、みたいな?」


 ニコニコとこちらを見て、首を傾げる素振りをしてくる。

 一つのベッドに、2人で座りながら、たまに肩がぶつかりながら。


「そういうのもまぁ、あるのかもな……」


「それに『焦らなくていいからダラダラ話そ~』って、あの人も言ってたんスよ~? ハルタローは焦って感情的に話してたッスけどね~♪」


 歯を見せながら笑い、人差し指で俺の頬をぐりぐりと押し込んでくる。

 そういえば言っていた気がする、というか何度も言われた気がする。

 

「それはちょっと反省してる。なんかさ、急に頭回らなくなるんだよな俺」


「あはは、でもさぁ、多分アタシの為に怒ってくれたんだろーなぁって、アタシも反省したんだよ~? だからおあいこだね~♪」


 独特の語尾がなくなる時のタロットに惹かれてしまう。

 どうしようもなく可愛いと思ってしまう。

 この言葉をもらえる自分が、タロットの特別だと勘違いしてしまう。 


 俺のおでこをペシペシ叩きながら、ニコニコするタロット。

 みんなに聞かせる大きい声ではなく、俺に聞かせる小さい声で話すタロット。


 そうやって話すタロットを見ていると、どうしても気になる事が出来てしまった。

 俺の曖昧な下心に気づかれるかもしれない。

 でも、どうしても聞きたくなってしまった。


「あの……そのシェバードさんってさ……タロットにとって……その、どういう人なんだ……?」


 その言葉にキョトンと俺を眺めて、少しの間ができた。

 このほんの少しの間が、ものすごく長く感じた。

 これをきっかけに距離を置かれるかもしれない、という恐怖心を煽ってくる。


 するとタロットは、少しだけ俺に微笑むとこう言った。


「アタシも最初はあの人にブチ切れた事あるんスよ?」


「え?? マジで???」


「えへへ~、びっくりしたぁ?」


「いやびっくりなんてもんじゃねーよ……! 想像もつかないってのが正直な感想だ……」


 今日1番驚いた。

 宗教的と言ってもいいレベルで、盲信しているように見えていたからだ。


「昔のアタシ、ひどかったッスからね~! まーそこからアタシは変われたんスよ! 相手に答えを選ばせるようになったってゆーか? 気づかせようって思えるようになったってゆーか?」


 首を傾げながら自分の頬を、ぷにっと押している。

 これはたぶんタロットの癖なんだろう。


「前のタロット……どんななんだよ?」


「いやいやいや、もうやーばいッスよ! なんか聞かれたらすぐに『理由はこう! 答えはこう! だからお前はこうしろー!』 って決めつけてたッスもん!」


 目の前の椅子に指示を出す素振りで、ビシッビシッと指をつきつけている。


「そっちのがいいって人もいるけどな、自分で考えるのが苦手な人もいるんだよ」


 俺の事だ。


「よーするに、相手に答えを選ばせることも大事って気付いたんスよ~♪」


 そのまま俺の太ももをペシッと叩いて立ち上がった。


「アタシはそろそろ行くッス〜、今日は楽しかったよーありがと~♪」


「あぁ、俺も元気出たよ、気使わせた」


「なら良かったッス~! まぁ依頼は選ばせないッスけどね~♪」


 そのまま便槽汲み取りの依頼書を、机に置いてニヤついている。


「いや、それこそ選ばせてほしいんだけどね!!?」


「うっわー、所有物が調子にのんないで欲しいッスね〜」


 こちらをじっとりと睨んでから、扉を開けて出ていった。


 俺は自然と口元が笑っていた。


 さっきまで自分に渦巻いていたドス黒い感情は完全に消えていた。



 そして少し息を吐いた。


 ベッドに座ったまま、両膝に体重をかけ、頭を抱えて考える。



 さて、今一つの問題が発生している。


 俺は小さい頃からナーコが好きだ。

 これは間違いない。


 でも、ここで問題が発生しているのだ。


 ここまでされて、あの金髪美少女を意識しないなんて事が果たして可能なのか? という問題だ。

 『もしかして好かれているんじゃないか?』などという傲慢さは欠片もない。

 あの子から恋愛対象として見られていない事なんて、もちろんわかっている。

 でもちょいちょい語尾が普通になるの、なにあれ? ズルくない?

 あといちいち距離が近いのはなに? この世界だと普通のことなの?


 とりあえずもう少し、この曖昧な生活を続けたい。


 こんな主人公は絶対にダメだ、脇役を通り越して噛ませ役だ。

 でも俺はさっきも言った通り、主人公にはなれないんだ。

 健全な男子高校生ってこういうものじゃない?


 俺は頭を抱えながら、男臭い大浴場に向かった。



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