英雄戦役について
レスドアが僕に向かい話し始める。
「英雄戦役とは、二千年前に終結した人間と魔人の戦争です。大昔、人間と魔人は住み分けながらわだかまりなく生活していました。しかし社会性で繁栄してきた人間と、個人が大きな力を持つ魔人との間で問題が起きます。人間が増えていき、生活に必要な資源や土地が足りなくなっていたのです。そこで人間は魔人の所有する土地を分けるよう交渉を行います。魔人は了承し、またしばらく平穏な時が流れました。…ここからはこれを見ながら話しましょう」
レスドアが隣に置いた鞄の中からペンと折りたたまれた紙を出す。
広げるとかなり大きく、向かい側に座る僕とレイネが端を抑えた。
「この世界の地図です。地図の中心は王都、フェリド君のいた、アルス霊廟となっています」
地図は中心に大きな丸があり、その周りを十字に太く区分けしているようだった。
「この太線の内側が人類の居住圏です。フェリド君から見て上のほうが人間中心、下のほうが魔人中心の土地となっています」
自然にできた地形にしては整い過ぎている。何か理由があってこの形になったのだろうか。
「地図の四隅には人類が生存不可とされている環境帯があります。右上がバルパラ連峰、左上がアトラ大洋、右下がカラク暴風域、左下がキラウ溶岩帯と呼んでいます」
「それって…」
「ええ。賢者達の名前に対応しています。場所か彼らの名前のどちらが先に決まっていたのかや、名前が同一であることが何を意味するかは分かっていません。彼らはかなりの秘密主義ですからね」
「キラウさん達はどのくらい昔から居たんですか?」
「二千年前には存在したと伝えられています。その頃から少なくとも顔や姿は変わっていないそうです。…話が脱線してしまいましたね。元の話に戻しましょう」
レスドアはそう言って十字の中心に端から端まで通っている一本の横線をなぞった。
「戦役前もこの線のように明確に土地や資源の所有権を決めていて、人間のと魔人の領土配置は現在と大きく変わらなかったそうです」
レスドアは僕から見て十字の右側を指す。
「最初に交渉し人間に渡された場所がこのあたりです。かなり大きな土地を取引したようですがそれだけ当時の状況がひっ迫していたということでしょう。そして時が経ち、人間はさらに数を増やしていきます。そして今度はこちら側の領土を渡すよう言ったのです」
先ほどの十字と反対側を指す。
ここを渡してしまうと、魔人の土地は人間の三分の一になるということだ。
「魔人は了承しませんでした。彼らにとっても余裕のある状況ではなかったのでしょう。そして交渉決裂の後、人間はこの土地を急襲します。これが戦役の始まりです。不意打ちに近い戦闘でこの土地での戦いは人間側の勝利となりました。しかし魔人側は強く反攻し十年程の戦いで、力の劣る人間は領土を八割ほど減らし、居住圏の隅に追いやられました」
「今の世界は二分されたままなんですよね?そこまで追い詰められてどうやって今の状況になったんですか?」
「人間の敗北で大戦の終結を迎えようとした時、人間に希望が見えます。並みの魔人をはるかに凌駕する力を持った人間が突如三人も現れたのです。彼らは人間側に勝利をもたらすために仲間を集め、現在の王都までの領土を取り返したといいます。その際の移動に使っていたものが君が泊まった汽車なのです」
「そんなことが…。戦いの最後はどうなったんですか?」
「戦いの中で疲弊した両陣営は不毛な戦いを避け、六曜の賢者達を仲介人として決闘を行いました。人間と魔人の代表者十数名で決闘を行い、勝利した勢力が今後の主導権を握るというものでした。…決闘の結果は引き分けとなり、人間と魔人の関係は対等となったそうです。その決闘に参加した者たちを今の私たちが英雄と呼んでいるのです」
「それだけ長く続いた戦いの終わりがきれいに引き分けで終わるなんて、なんだか不思議よね」
話を静かに聞いていたレイネが、そこで自分の意見を話す。
「レイネの言う通り、終結はかなり不自然です。引き分けに持ち込むよう代表者間で調整されていたと伝わっています。そして戦役が終わり、人間、魔人、賢者の間で様々な協定が結ばれました。代表的なものだと中心に両勢力の政権を置き、共同の王都を構築すること。居住圏を改めて二分し、領土を確定させることなどです。その協定の中にアルス霊廟について定められたことがあります。英雄達とその子孫、つまり黄導機関と六導機関が棺に魔力を納める星辰の儀を行うことです」
「僕が起きた時にレスドアさんとレイネさんがいたのはそういうことだったんですか。…今更なんですけど黄導機関と六導機関はそういう組織なんですね」
「詳しくは話していませんでしたね。改めて説明しましょう。設立の流れは先ほど言ったとおりです。黄導機関は十二の家系から選ばれた導師と四つの家系から選ばれた術師が集められた人間の機関です。人間の王家の直轄という位置づけではありますが、機関長と各自の判断である程度自由に行動できます。六導機関も同じように魔人側の機関で導師が六人、術師が十人集められた機関です。導師等の人数以外は黄導機関とそう変わりません。すべての家が星座を象徴としており私は天秤、レイネは蠍、ディルスは射手、アリンは海蛇の家の出で、それぞれ自分の家紋が入ったものを身に着けています」
「僕が会った人達はすごい人達なんですね」
レイネが横で自慢するように胸を張り「そうなのよ」と高らかに言った。
「アリンさんの魔法はすごそうでしたし、導師と術師は強さで選ばれるんですか?ならお二人もかなり…」
「単純な強さで選ばれる訳ではありません。導師と術師が亡くなった時に、同じ家系の誰かにスキルと呼ばれる能力が受け継がれ発現します。スキルが発現した者を導師や術師として強制的に機関に所属させるのです。ただ何を基準に受け継がれるかは傾向でしか分かりません」
「スキル?レスドアさんたちも使えるんですか?」
「ええ。私のスキルは人が嘘をついているかわかるというだけのものですがね。スキルは家系によって異なり、様々な点で有利になるものが多いです。二千年以上前の出来事がここまで細かく伝わっているのもある導師のスキルのおかげです」
「十分すごい力だと思いますけど…」
「私のスキルは持っているだけで疲れるものなのですよ」
「そんな能力があるなんて。嘘をつくつもりはありませんけど、なんだか緊張しますね」
「…フェリド君は気にする必要はありません。スキルの対象にはならないようですから」
「え?」
「スキルが効かない者たちがいます。賢者達です。おそらくフェリド君は彼らと同格か近しい存在なんでしょう」
僕は目覚める前の夢に賢者達がいたことを思い出す。
しかし、その意味や理由のひとかけらすらつかめなかった。
レスドアが地図をたたみ鞄の上に置く。
「さて英雄戦役についてはこのくらいですかね。どこか気になったところはありますか?」
僕はいったん考えていたことを取り払い、顎に指をあてる。
「えっと。とりあえず二つあります。皆さんの中でも導師と術師は何が違うのか。それと戦役のきっかけが土地や資源なら、時間が経てばまた同じような事がまた起きてしまいそうですよね?解決策は何かあるんですか?」
「なるほど。先に導師と術師の違いについてですが、これが関係しています」
レスドアが隣に立てかけてあった大杖を取る。
「これは協定が定められた前後で製作された星具というものです。この天秤の大杖やレイネが持っている天蠍の短剣がそれに属しています。星具は黄導機関に十二振り、六導機関に六振り継承されており、スキルが発現したものにしか使いこなすことができません。つまりスキルと星具を同時に持つものが導師で、スキルのみを持つのが術士です。スキルと星具は対応しており、術師が導師になる事はできません。その関係から術師はサポートすることなどが多いですね」
「なるほど…」
キラウが機関に所属させたが、僕にもスキルがあるのだろうか。
それがわかっていないからか、また自分が異物のように感じた。
「さて、もう一つ。戦役の防止策ですが、先ほどの地図を思い浮かべてください。居住圏と環境帯がありましたね。あれは人類が現在観測できている範囲でしかなく、世界はもっと広いとされています」
「あれより外にいけない理由があるんですね」
「その通りです。外には瘴気というものが充満していてそれに魔素が触れると異常な変質を起こします。自分の体から魔素を放出し続けることで耐えることもできますがとても生活はできません。加えて外には瘴気の影響で通常の生物ではなくなった魔物と呼ばれるものが徘徊しています」
「その瘴気は僕たちがいるところには流れ込むことはないんですか」
「いままで流れ込んだことはありません。魔物は侵入してくるものもいますがね。外との境には結界が存在しており北はアークト光結界、南はエンタート闇結界と呼ばれています。膨大な魔素が壁となり瘴気を遮断しているのです。私たち人類は外を居住可能にできれば当面の問題は解決するだろうと調査を開始しました。二大機関の実力者たちが調査隊を率いて外へ行き、主に瘴気の根源について調査しているのです。瘴気の消滅に成功したとしても根本的な解決にはなりませんが、かなり長い時間稼ぎにはなるでしょう。これが現状の防止策です」
「わかりました。人間と魔人は共存することを目指しているんですね」
「そうですね。異種族を嫌うものもいますが、二千年前の諍いに興味が無いものがほとんどでしょう。因縁より平和な関係を望むことのほうが有意義だと私も思っています。英雄戦役についてはここまでにしましょう」
僕はレスドアから聞いた話を整理するため、目を閉じる。
「…情報量が多くて疲れましたかね。次は創星伝説でも話しましょうか。伝説と言う通りお伽話なのでリラックスして聞いて構いません」
レスドアが続けて話そうとすると、レイネが座席の中央を向き座りなおす。
「先生、それは私に話させてくれない?」
「わかりました。よろしくお願いします」
レスドアが了承するとレイネが微笑み、おとぎ話らしく優しい口調で話し出した。