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星辰導記  作者: 黒須 音史郎
目覚め 秤と蠍
6/12

始まりの町へ


  遠くから鐘の音が聞こえる。

  僕は少し寝苦しく思いながら、一回目の朝を迎えた。

 寝苦しさの原因を確認するために頭を起こし、体の上を見る。

 薄手の掛け布団がかかっていた。それが原因ではない。


 少し布団を上げ自分の体を見ると、ディルスから渡ってきた白蛇がとぐろを巻いて腹部に負担を与えていた。

 蛇は体全体の力を抜き、自分の体に顔をうずめている。


 僕はどいてくれと、白蛇の体を優しく叩く。

 しかし、動き出す気配はない。この白蛇は自分と同じように眠るのかなと思いながら上体を起こす。

 すると白蛇がゆるりと体の上を這い、首周りで体勢を整えた。


 ベッドから出て立ち上がる。よく眠れた。

 よく整えられたベッドのおかげだろうか。昨日より体が軽い。

 目覚めてばかりの頭で気になったことを思い返す。


「あの夢は…」

 考え続けるが、寝起きの頭では夢の中で言われたことすら忘れてしまいそうだった。

 ベッドの横に設置された小物入れから鍵をとり首にかける。

 白蛇かこの鍵に関係のある人物のように思う。


 首に下げた鍵を見ながらそう思っていると、空いていた扉から声がかかった。

「おはようございます、フェリド。顔を洗ったら食堂車まで来てください。そろそろ朝食が用意できます」


「わかりました!ありがとうございます!」

 突然声を掛けられ必要以上に大きく返事ををしてしまった。

 エリーは気に留めない様子で礼をして食堂車の方向へ歩いて行く。


 今日はエリーの案内でレスドアやレイネとの集合場所へ向かうようにと昨晩ディルスに言われていた。

 まだ時間に余裕があるのだろう。ゆったりとした速度で移動を開始した。


 エリーが今日の支度をベッドに用意してあると言っていたので戻ってきた。

 支度を終えたら先頭車両に向かえばいいらしい。

 軽く整理されたベッドの上には着替えと厚手の布で作られた肩掛けの鞄が置いてあった。

 

 とりあえず白蛇をおろし、着替えてみる。

 薄手だが丈夫な素材だ。思ったより軽く日よけ用と思われるフードもついている。

 今日も外は暑そうだが、これなら快適に過ごせるだろう。


 鞄の中には同じ服がもう一着と巾着袋が入っている。

 僕は白蛇を首に迎え鞄を持って先頭車両へ向かった。


 先頭車両への扉を開ける。

 正面には大きな絵画が飾られていた。

 何かの式典の絵だろうか。

 20人ほどの人物が硬い表情で描かれている。

 最前列に座っている男女二人が中心人物なのだろう。

 その女性の肩に、今の僕と同じく白い蛇が乗っている。

 絵画の手前には大きいテーブルが置かれ、それに向かい合うように机と椅子が並んでいた。


 僕は中央の通路を歩き、絵画のほこりを払っているエリ―に話しかける。

「エリーさん、準備できました。ここは…」


 エリーは振り返り、掃除用具を大きいテーブルの上に置く。

「ここは黄道機関の皆様の集会場です。月に一度全員が集まり、活動の報告をします。…フェリドの椅子も用意しておかなければなりませんね」

 エリーは和やかな表情でメモを取る。


 メモをしまうと「それでは向かいましょうか」といい、汽車を出る。

 僕も続いて出ようとする。

 横目で見た絵画の白い蛇が僕を見つめているようだった。


 エリ―が「つきましたよ」と言う。

 目の前には多くの人が出入りしている巨大な建築物があった。


 巨大な建築物の中に入ると先ほど後にした汽車に似通ったものが数台停まっていた。

 屋内も人が行きかっており進むのに少し手間取る。

 人通りを避けた場所に出るとレスドアがおり、制服を着た男と何かを話していた。

 エリーは話が終わるまで、話しかけないつもりのようだ。


 レスドアが話を終え振り返る。

「おや、エリー、フェリド君。おはようございます」


 レスドアがこちらに気づき挨拶をすると、僕の首周りをわずかに注視した。

 エリーが少し間をとり挨拶を返し、僕も後に続く。

 僕が挨拶をしたことを確認するとエリーが「私はこれで失礼します」と礼をしてゆっくりと去っていった。


残された僕はレスドアに向かって話す。

「これに乗るんですか?」

 近くにあの汽車より一回り大きなものが停まっている。


「いいえ、あれではありません。ついてきてください」

 レスドアが方向を変え、さらに人気のないところへ歩いていく。

 少し歩くと先ほどの車両より二回りほど小型の車両のそばで立ち止まった。


 レスドアが振り返り昨日と同じ調子で説明をする。

「先ほどの車両は主に一般人が移動するための列車です。私たちが乗るのはこの特務列車となります。重要物資の運搬や要人の移動用に運行が許可される特別仕様のもので、積載量は劣りますが普通列車よりかなり早く移動できます。目的地には今日の夕方ごろに到着できるでしょう」


 ディルスから聞いていた通りだ。


「現地に到着してからは詳しい情報を集める予定です。本腰を入れるのは明日からになるでしょう。さて先に入っておきましょうか」

 レスドアが慣れた様子で荷物を持ちながら列車に乗り込んでいく。

 僕も入口にいた制服の男に軽く会釈しながら入っていった。


 中に入ってみると特別仕様というには少し質素に感じる狭い空間だった。

 座席が様々な形に分かれており、一人用の座席もあれば五人ほど座れそうなソファーもある。


 先に入ったレスドアが二人分の座席に荷物を置き、大杖を壁に立てかける。

 そのまま座ると僕に向かいに座るように促した。

 僕はレスドアの向かいに座り、鞄を腿の上に抱える。


「昨日は眠れましたか?」


「はい。エリーさんのおかげで」


「そうですか。もしまだ疲れが残っているなら後ろの車両にベッドがあります。到着まで寝ていてもかまいません。…ところでその鍵と蛇はディルスから受け取ったのですね?」


「そうです。持っておくようにと渡されました。話では代々受け継がれているものだと。…僕が持っていていいんでしょうか」


「私もそれについて詳しく知りません。しかし君、予言のものに渡すことは随分前から決まっていたようですから気にする必要はないでしょう」


「予言の者…」

 確かにディルスとアリンがそう話していた。

 そして昨夜見た夢を思い出す。

 あの人も僕を待っていた…はずだ。


「さて、そろそろ時間ですね」


 レスドアが背を伸ばし腕を組む。


 すると勢いよくレイネが車両の中に走りこんできた。

「ギリギリセーフ!おはよう。先生、フェリド君」


 レスドアと僕が挨拶を返す。

 レイネは昨日と装いが大きく変わっていた。

 蠍の図柄が入った肩掛け以外は全身が赤い布に覆われている。

 顔の良さも相まってとても目立ちそうだ。


 レスドアが僕と話していた時より厳しい声で質問する。

「今日は何をしていたんですか」


「ちょっとよく寝てただけ。間に合ってるからいいでしょ先生」


「かまいませんが…身の回りのことが大変なら汽車に戻ってもいいんですよ?エリーも暇そうでしたし」


「駄目よ。あそこは居心地が良すぎるの。なにもできなくなっちゃうわ」


「それはレイネ次第でしょう。…まあ本人がそのつもりなら文句を言うべきではありませんね」


「そう。大丈夫よ先生。…あれ?フェリド君、それ…」

 立ったままレイネが僕の首に注目した。


 蛇と鍵だろう。

「昨日ディルスさんに渡されたんです。僕が持っているべきだといわれて」


「なるほどねー。髪の色と一緒で素敵だと思うわ。フェリド君の肩にいるとその蛇も少しかわいく見えるわね」

 僕を正面から見ようとレイネが近づくと外で大きい音が鳴る。


「あ。フェリド君、席詰めてくれる?」


 僕は「はい」と返事をして窓側にずれる。

 

 「ありがと」とレイネが僕の隣に座った。


 扉が閉まり、密室がゆっくりと動き出す。

 段々と速度を上げ、窓からの景色がどんどん早く流れていった。

 速度の割には揺れが無く、外の音もほとんど聞こえない。

 これも特別仕様だからだろうか。


 窓枠が揺れるだけの音が響く中、レスドアが口を開く。

「目的地に着くまで時間があります。いい機会ですからフェリド君にこの世界について話しましょう。ひとまず歴史を振り返って、英雄戦役からでしょうかね」


 あの汽車も英雄戦役の時のものだとディルスが言っていた。

 今の世界に大きな影響を与えているのだろう。


「よろしくお願いします」

 僕は頷き背筋を伸ばした。






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