フェリドのこれから
王都会議場
広い空間に一人の男が円を描くようにゆっくりと歩いている。
空間の全域は絢爛、しかし主張しすぎない装飾を施されている。
かなりの人数が使用できる椅子と大机が置いてあったが、男は座ろうとしない。
三十歳ほどの男で鼻から下を覆うように弓矢の絵柄が入った布を着け、首に鍵の形をした白いネックレスをかけている。
赤と白を基調としたコートを着ており、背中には湾曲した金属棒と中身のない矢筒を背負っていた。
しばらくそのまま歩いていると、男が描く円の外側から唐突に声がかかる。
「ディルス様、よろしいでしょうか」
「うお!…ああ、いいよ。前から思ってたけど、普通に表れてくれないかね、狼よ」
突然現れた黒づくめの人影にマスクをした男が応じる。
黒づくめの人影は「申し訳ありませんが、これが私たちの生き方ですので」と、機械的な口調で拒否した。
体格、声色からして男のようだがはっきりとはわからない。
「いつかお前らも普通に生きていけるようにしないとな。…用件は?」
黒づくめの男を憂うかのような表情をしながら話すように促すと、黒づくめの男が小声で一方的に話した。
「…わかった。また、トラブルかよ!ロサリアとウォルがしばらく帰らないっていうのに。もしかして賢者達がわざとやってんのか?ロサリアたちへの気遣いにしてもやりすぎだろ!…とりあえずレイネと先生に行ってもらうしかないか」
マスクの男が、大げさに嘆く。
唯一、その嘆きを聞いたはずの人影は既にその空間から去っていた。
その代わりに入口の扉が開き、女の声が響いた。
「何事だ、ディルスよ。組織の長がそう騒ぐな」
男が扉のほうに顔を向けると、異質な女が呆れた顔をして立っていた。
体格は人間の女性と変わらないが、側頭部から太く短い角が不釣り合いに生えている。
それと同程度目につくのが背中に背負っている大鎌。
正面から見ても柄と刃が大きくはみ出ている。
胸に九匹の蛇が絡み合う図柄が入った鎧を着ており、その上から赤と黒を基調としたコートを羽織っている。
首には生きた白蛇が巻き付き、男のほうをじっと見つめていた。
「…アリン、やっぱりリーダーって大変だな。俺には向かねーよ」
「苦労が多いのは当たり前であろう。気を揉むのも含めて、我ら長の使命よ。しかし傍から見ていると黄導機関の長はお前を除いて居らんように見えるぞ。レスドアもそう思っていたのではないか?」
「でもよ、考えることが多すぎて死んじまいそうだよ」
「その程度で死んでしまうようでは、命がいくつあっても足りんぞ」
「…ハハ!アリンが言うと説得力が違うな」
会話をしている男と女の表情は明るくなっていた。
男のほうは先ほど嘆いていたことを一切感じさせないほど笑っている。
そこにもう一人開け放した扉から人が入ってきた。
「ディルス、アリン。早いですね」
レスドアはそういいながら、半身になりゆっくりと扉を閉めた。
「先生、お疲れさまでした。…来てもらってすぐで悪いんですが、先生が知っていることを教えてくれませんか」
「我も聞こう」
レスドアが事の顛末を話していく。話し終わると聞いていた二人が考え込んだ。
「記憶のない少年…。しかもスキルが通用しないか…」
「それに加えて賢者達が待っていたとは。これから大きく動きそうですね」
「ええ、この話し合いの内容次第ですが気構えだけでもしておいたほうがいいでしょう」
三人が今後の方針について話そうとしたが、閉めた扉の向こうから声が聞こえてきた。
「レイネさん、この服で大丈夫なんですか?」
「うん!よく似合ってるよ。失礼しまーす」
扉を開け、レイネとフェリドが入ってくる。
「よう、レイネ…と?フェリド…君でいいんだよな」
既に室内にいた三人はそろって困惑した。
僕は少女用の高貴なドレスを着ていた。
少し恥ずかしがりながら「…はい」と言うとレスドアがレイネにため息をつき疑問を投げかけた。
「レイネ。なぜ少女用の服を着せたのですか?しかも、そのドレスはエカテリーナ様のものではないですか」
レイネは反抗するように、しかし得意げに疑問に答える。
「子供用の服なんてここにそうそうあるわけないでしょ。しかも私じゃ女子更衣室にしか入れないし。それに、もとはといえば先生がどっか行っちゃったからでしょ」
それを聞いたレスドアは眉間に指を当て、また小さいため息をついた。
「まあいいではないか、レスドア。その服も主がいなくなり、ずっと眠っていたのだしな」
大鎌を背負った女がレイネの肩を持つと「さすがアリンさん。話が分かるね」とレイネが明るくほめたたえた。
その流れのまま大鎌の女とマスクの男がフェリドに自己紹介をする。
「初めまして、フェリド・アルス。私はアリン・ハイドラ。六導機関の長だ」
「俺はディルス・サジタリウス。レイネと先生が所属している黄導機関のリーダーをやってる。よろしくな」
「…フェリド・アルスです。よろしくお願いします」
僕がつい先ほど得た名前を名乗ると、すでに自らの名前に違和感がなくなっていることに気づいた。
眠る前もこの名前だったのかもと思う。そんなことを考えているとディルスから提案が入った。
「急ですまないが、フェリド。君の実力が見たい。約束の時間までもう少しある。魔力を掌に出してみてくれ」
ディルスは当たり前のように言うが、僕にはどうすればいいか全くわからなかった。
「それは…どうやって出すものなんですか?」
ディルスが少し頭を抱えながら答える。
「どうやってか…。…こう…体の中心が少し暖かかったり、なんとなく軽く感じたりしないか?そのイメージを掌に出す感じというか…。まあとりあえずそんな感じでやってみてくれ」
「…あまり暖かさや軽さは感じなくて。…やってみます」
フェリドが目を瞑り、心臓から掌に向かう血流に心を乗せる様イメージする。
確かに何かが体から出ていくのを感じる。
しばらくして、目を開くと砲丸のような大きさの真紅の球ができていた。
アリン以外は驚いた表情をしている。
「これは…!」
「うむ、何もかも予想外の少年だ。射手か海蛇の関係者か?とにかくディルスよ、これが予言の子と見ていいだろう」
「…予言?」
僕だけでなくレイネも首をかしげる。
レスドアも眉をひそめ怪訝そうな顔をしている。
ディルスが口を開こうとすると、またも扉から飄々とした声が室内全体に響いた。
「みんな集まっているようだね。ん?…フェリド君、随分かわいい恰好をしているね」
キラウに言われ、照れる。
僕が姿勢を崩すと真紅の砲丸は緩やかに消滅した。
「これは賢者達よ、全員集合とは珍しい。四竜侵攻の時ですら四人しか来なかったが、今回の事象はそれを上回るということなのだな」
「…まあそうだねアリンちゃん。でもアークトとエンタートはそう簡単に出てこれないんだ許してあげてよ」
アリンが少し皮肉を込めて言うと、キラウが擁護するように答えた。
キラウと共に入室した他の五人が僕に歩み寄る。
「久しぶり!フェリド!あっ覚えてないんだっけ!光の賢者って呼ばれてるアークトだよ!」
一番身長の低い黄色い髪の少女が名乗ると他の四人も続けて短く名乗った。
「私は土のバルパラよ」
「風のカラクと申します」
「水のアトラ。よろしくね」
「…闇のエンタートだ」
賢者達は若く見える順番にどんどん名乗っていった。
僕はまた自分の名前を名乗る。
僕はこの人たちを知っている。
全員あの夢?の中に出てきた人影だ。
「ごめんねー大所帯で。一応俺がメインで人類と話してて火の賢者って言われてるんだ。ちょっと話が長くなりそうだから賢者のみんなは座ってて」
「はーい!」とアークトが元気に返事をする。
賢者たちは用意されていた椅子にばらばらに座っていった。
座り終わったのを確認してキラウが話し出す。
「それじゃ話そうか、これからについて。端的に言って俺たちからの要望はフェリド君を二大機関の見習いとして育ててほしいんだ」
「なに?これ以上面倒ごとが増えるのかよ」
ディルスがまた一人で嘆く。
「貴殿らの要望であれば構わぬがな、せめて理由を教えてもらいたいものだ」
「俺からは言いたいところなんだけど、それを教えるなっていう上からの圧力があってね」
アリンが冷静な口調で理由を聞こうとすると、キラウは飄々と話を続け理由を教えようとしない。
しかし、引っかかるところがあったアリンはどうにか聞き出そうとした。
「上?貴殿らの上の存在とはなんだ?」
「ああ、これ以上は言えないよ」
キラウが強引に話を切る。
自分の主張をただ通そうとしていることがうかがえる。
アリンは納得しない様子だったがそれ以上聞くことはなかった。
「とりあえず、第一発見者のレイネちゃんとレスドア君の任務に連れていく形でいいかな。ちょうどいいからレスドア君が錬気とか錬鎖とか教えてあげてよ。そのあとはそれぞれ相談して誰の任務に連れていくか決めていいからさ」
急に話の中心に上がったレイネが取り乱す。
「私明日から休暇なんですけど!?任務もしばらくないはずよね?」
レイネがディルスのほうを向くとばつの悪そうな顔をしていた。
そこに成り行きを見守り静かに座っていたアトラから声がかかった。
すべてわかっているような口調で話す。
「ディルス。任務ならあるのよね?」
ディルスはやれやれといった感じで返事をした。
「…アトラ様。わかっているならどうにかならないのですかね。レイネ、申し訳ないが任務があるんだ。さっき報告を受けたばかりで詳細は不明だが、シワン地方のビガートの町で魔物が発生している。危険度一の魔物が数体、ここ数日毎日現れているらしい」
「…なるほど。あの場所でその規模とは。原因を究明せねばなるまいな」
取り乱しているレイネに代わってアリンが話を肯定した。
レイネはまだ反抗するつもりだったようだがレスドアから強い口調で制止された。
「レイネ。黄道機関としての命令です。従いなさい。ディルス、任務のことはわかりました。フェリド君を連れて明日の朝に出発します。レイネにはそれが終わったら休暇を出してください」
「わかりました。取り計らいましょう」
レイネはしょぼくれていたが、それを聞いて少し機嫌が戻ったようだ。
「当分のことは決まったみたいだね。じゃあ俺たちは帰るよ」
キラウがそういうと賢者達が退室していく。
最後にアークトが「じゃあね!」と言って手を振ってきたので僕は小さく手を振り返した。
静かになった空間でレスドアが次の行動について話し始める。
「では、フェリド君に魔法の基礎を教えます。練兵場に移動しましょう。アリンとレイネが案内してください。…あと、動きやすい服に着替えさせておくように」
「わかったけど、先生が教えるんでしょ?一緒に行かないの?」
「私はディルスと話すことがあります。先に行ってください」
「我も追い払うとはよほどの事らしいな。まあいい、二人とも行こうではないか」
僕とレイネとアリンの三人は退室する。
廊下を少し歩くと先ほどの部屋の扉が閉まった。
「どうしたんです?先生、もしかしてまたトラブルですか?」
「ええ。狼よ」
二人だけのはずの空間で第三者に命令すると黒づくめの女が現れた。
女は五枚ほどの紙の束をディルスに渡す。
ディルスが少しためらい、心を決めたように受け取り紙をめくっていく。
めくるたびに表情がこわばっていく。全て読み終えるとレスドアを疑うように話しかけた。
「先生…!?これは…」
「…確認しないことにはどうなるかわかりませんが、こちらも至急手を打つべきでしょう。先ほどの任務が終わったら、そこに向かいます。」
「レイネも連れていくつもりですか?これが本当なら、あいつにはかなり…」
「酷なのは承知ですが、彼女自身のためだとも思っています。四竜侵攻と蠍の血、両方の宿命のようなものなのかもしれません」
「…そうですか。私とバルダもそこに向かいます。…おそらく五日後になるかと。それと王に報告しに行きます。先生は先に練兵場へ向かってください」
「人は多いに越したことがありません。よろしくお願いします。こちらも狼に引き続き調べさせておきます」
黒づくめの女が「御心のままに」と言って消えていく。
残された二人も会議場を後にして、別々の方向に歩いていった。