アスク
車両の後ろの扉が開き、レスドアが歩いてくる。
片手には大杖、もう片方の手には本を持っていた。
車両内の日差しが増え、僕たちの机全体を照らしている。
机に広げられた紙とそれに向かう僕たちを見てレスドアが声をかけた。
「授業は進んでいますか?」
レイネがレスドアの方へ顔を向け答える。
「うん、進んでるわ。けどやっぱり教えるのは難しいわね。私たちにとっては常識みたいなものだし。先生程うまく教えられてる気はしないわね」
それを聞いて僕は俯く。
レスドアが納得した様子で頷くと弁当の置いてあった席に腰掛けレイネに話す。
「全く問題ありません。昨日の魔法の指南もそうですが、これからレイネは教えることが増えフェリド君はあらゆる物事を教えられるでしょう。今回はその練習のようなものです。それに文字だけの指導は私にも経験がありません。この内容ですぐに進んでいると言えるのなら上出来でしょう」
レスドアが自信を持った顔で言い切った。
しかしレイネの顔には疑問の表情が浮かんでいる。
「…先生。なんかいつもより優しくない?」
「…教えるということはそれだけ難しいことなのです」
レスドアはそう言うと座席の正面に向き直り、本を机の上に置く。
本はレスドアの手ほどの大きさでしおりが挿してある。
「邪魔をしてしまいましたね。授業を続けてください。私はここで本を読んでいますから」
「えぇー先生代わってくれないの?慣れないことして疲れちゃって」
「急に教師役が交代したら教え方がブレるでしょう。交代はしばらく授業をここで聞いて、流れが分かった後にします」
「うー…なんか緊張するわね。…あっ、そうだ!フェリド君、先生にさっきの夢の話聞いてみたら?」
「夢…ですか?」
レスドアの顔がこちらに向く。
「はい…。お昼に夢を見て。その夢の中で僕を助けてくれた人がいて、その人がアスクって名乗ったんです。レスドアさんはその人のこと、何か知りませんか?」
レスドアが顎に手を当て目をつぶる。
「アスク…アスク…」と小声で名前を繰り返しながら記憶を探っている。
目を開くと少し申し訳なさそうな顔で僕に向き直った。
「…知りませんね。少なくとも星導記にもそのような名前はないでしょう。…何か特徴や名前の他に言っていたことはありませんでしたか?」
夢で起きたことははっきりと覚えている。
おそらく一番重要な話は四竜侵攻のことだ。
しかしアスクからレイネには言わない方がいいと聞いている。
この場ではこれ以上詳細を話さない方がいいだろう。
「えっと…細かい部分は忘れてしまって…名前だけしか覚えていないんです」
レスドアが目を細める。
「…そうですか。一応私ができる範囲で調べておきましょう」
「ありがとうございます」
話の終わりを見計らってレイネが話す。
「じゃあ勉強を続けましょうか。そういえば先生お弁当箱片付けてくれてありがとね」
「当然のことをしただけです。それに私にも気を遣ってくれたみたいですからね」
レスドアはそう言うと座席の正面を向き、本を開いた。
「ふー。ちょっと休憩ー」
レイネが大げさに背伸びをする。
声を聴いたレスドアが本にしおりを挟み立ちあがる。
僕たちの机まで移動すると、それぞれのコップを回収した。
「注いできます。休憩明けからは私が教えましょう」
「お願いします」
「はーい」
レイネが軽い返事をして、座席の奥に移動する。
レスドアが軽く頷くと後ろの車両に移動していった。
扉が閉まったことを確認するとレイネが話しかけてくる。
「それにしても先生にもわからないなんて、一体誰なのかしらね」
「…もしかしたら、存在しなかった人なのかもしれません」
「なんでそう思うの?」
「その、とても力のある人だった気がするんです。僕にもわかるくらいに。そんな人が全く知られていないなんて少しおかしいような気がします」
「まあ…フェリド君の知り合いだったら英雄戦役より前の人なのかも?それに…。もしかしたら昔のフェリド君自身とか…伝説の中の神様とかかもしれないわね」
「そんなことは…」
「ありえないことじゃないわ。だって少なくとも二千年は眠ってたんだもん。それを考えたら何があっても不思議じゃなさそうじゃない?」
「それは…確かに」
「まあ夢の中の話だしそこまで考え込む必要もないんじゃない?先生も調べてくれるって言ってるし、それで何かわかるのをゆっくり待ちましょう」
レイネの言うことはもっともだ。
夢の中の事やレスドアすら知らない人物を気にしてもどうしようもない。
四竜侵攻に関しては後でレスドアに聞けばいい。
「はい、そうします」
僕の答えにレイネが笑顔で頷くと、こちらに身を乗り出し小声で話し始める。
「それより不思議なのは先生よ」
全く予想外の方向から来た話に首をかしげる。
「なんか…変に優しいの。別にいつも厳しいわけじゃないんだけどね」
「そうですか?昨日と変わらないような気がするんですけど」
「私も違和感があるくらいだけど…フェリド君によく見せたいとか?でもそんな感じじゃないのよねー」
僕にはその違和感が全く分からない。
しかし長く共にいるレイネがそう感じるのであれば何かはあるんだろう。
そう考えていると扉が開き、レスドアが戻ってきた。
そのまま僕たちの前に水の入ったコップを置く。
「ありがとう先生…ん?」
「ありがとうございます…これは」
コップと一緒に紙で包まれたなにかが置かれている。
開けてみると茶色の塊が中に入っていた。
「…チョコレートですか?」
「ええ。甘いものは頭を使うときにいいと言いますから。高級品ではありますが遠慮せずどうぞ」
レイネがこちらに「ね?」と目線を送ってくる。
僕は苦笑いを返しながらチョコレートを食べてみる。
「…とてもおいしいです!」
レイネとレスドアが一呼吸おいて笑顔になった。




