亡霊
「ここは…」
また白い世界にいる。
眠る度にといつもここに来てしまっている。
他の人たちもそうなのだろうか。
周りを見渡すと遠くに少女らしき人影が見えた。
地面?にうずくまっている。
僕はすぐに駆け寄り「大丈夫ですか?」と声をかける。
少女は泣いていた。
僕の声に全く反応せず泣き続ける。
白く長い髪。
身なりはボロボロだが元は高貴な服だったことが伺える。
僕は少女の顔の前に手を出し振ってみた。
少女が顔を上げ、顔が見せる。
しかし僕のことには気づいていない。
整った顔に冴えた金色の目。
そこから涙がこぼれていた。
…誰かに似ている。
僕が会った人はそう多くない。
思い当たるだけ印象を重ねてみるが全く一致しない。
もしかして目覚める前の記憶が関係しているのだろうか。
目覚める前にこの少女に会ったことがあるのかもしれない。
そう考えていると少女から声が聞こえてきた。
「兄様…兄様…」
兄様?僕のことだろうか。
目の色は違うが髪色も同じだ。
このままではどうしようもないので、再びうずくまってしまった少女の肩に触れようとする。
しかし、触れる寸前。
「きゃあああ!」
少女が叫んだ。
同時に少女の体から禍々しい何かがあふれ出す。
その勢いはすさまじく僕を取り込もうとしているようだった。
僕は腕を体の前に出し上半身を守ろうとする。
この程度で凌ぐことのできるほど優しいものではなさそうだ。
夢なら覚めてくれと半ば諦める。
その時、何かに襟を掴まれ大きく後ろに投げ出された。
予想していない体の動きを強要され「うわっ」と声が出る。
空中で視界がゆっくりと動いていく。
視界に映るものは二つ。
一つは少女だったものから勢いを増してあふれ出す何か。
もう一つは昨日の夢に出てきた男…だろうか。
一瞬だけ男の横顔が見える。
白い髪、金色の目…少女と同じだ。この男が少女の兄なのだろうか。
そこまで考えると何かの勢いが一層強まる。
広がっていく何か、地面に落ちる衝撃に目をつぶる。
両方の衝撃が無かった。
目を開くとなにかは球状になっており、男が少女だったものに片手をかざしている。
男が押しとどめているようだ。
男がもう片方の腕を顎に当てる。
しばらくするとそのまま少女だったものに歩き出す。
男が近づくにつれなにかは小さくなっていった。
やがて少女の体が見え、なにかが少女の体の中に押し込められた。
男が顎に当てた手を体の前で構えなおし、手のひらから白い槍の穂先のようなものを作り出す。
男がかがむとその白い刃を少女の胸に突き刺した。
「えっ…」
予想外のことに声が漏れる。
少女の体の力が抜けていく。
僕は立ち上がり男に向かって歩き出す。
「一体何が…何を…」
少女を見つめたまま男が返す。
「…四竜侵攻の残滓。…何をしているかはお前にはわかるはずだ」
確かに何をしているかはわかる。
男が魔力で何かを押さえつけながら、穂先を通して少女の魔力を吸収していた。
男の手から穂先が消えると、少女の上半身が倒れる。
男が支えようとしたが体が触れる前に少女の姿が消えていき、僕と男だけが残った。
男が立ち上がり金色の目で僕の顔を見る。
「…近々四竜侵攻に関係する出来事があるだろう。お前は必ずその場に行き、俺と同じことをしろ。細かい調整は俺がやる」
「四竜侵攻…」
「詳しいことは天秤のガキに聞け。…蠍の嬢ちゃんには聞かない方がいいだろうな」
どうやらこの男は僕の周りの事情をよく知っているようだ。しかし…。
「天秤の子供って…僕はレスドアさんにしか会ったことがなくて」
「だからそいつだ」
「ええ…」
男の見た目はレスドアよりかなり若い。
ディルスと同じくらいだろうか。
その見た目でレスドアを子ども扱いとはアリンのように歳の取りにくい魔人なのだろうか。
この男が偉ぶっているだけの可能性もある。
「何者なんですか、あなたは」
「俺の名前は…アスク。亡霊みたいなもんだ」
「アスクさん…」
聞きたいことがありすぎる。
この白い世界はなんなのか。
あなたは、さっきの少女は、そして僕は。
これから僕はどうすればいいのか。
「時間か。じゃあな」
男が振り返ると世界が狭くなっていく。
「待ってください!まだ聞きたいことが…」
目が覚める。
眠る前より日差しが強く射し込んでいた。
目を閉じる前からそこまで経っていないようだ。
体を起こして座席に座りなおす。
向かい側ではレイネがまだ寝ている。
起こすべきだろうか。
「そうだ、その前に…」
あの男はアスクと名乗った。
かなり力も持っているようだ。
あれだけの人ならレスドアから受け取った星導記に名前があるかもしれない。
文章はまだ読めないが、アスクという名前だけなら文字の羅列のはずだ。
「調べてみよう」
星導記を開く。
あの男は自分のことを亡霊と言っていた。
おそらく過去の人物だろう。
ゆっくりとページをめくり確認していく。
ページをめくるペースが速くなってもし一向にアスクという名前は見つからない。
「うーん。…有名な人じゃないのかな?」
「ん~?フェリド君勉強熱心ね~」
レイネが起き、うとうとした目でこちらを見る。
「えっと、おはようございます?うるさかったですかね?」
レイネがゆっくり窓に向き、日差しを目に取り入れる。
「大丈夫よ。ちょうどいい時間っぽいし。それで?どうしたの?何か気になることでもあった?」
「人の名前を探してて。アスクさんって言うひ…」
僕は無理やり口を停止させた。
先ほど、アスクはレイネに聞かない方がいいと言っていた。
アスクのことも聞かない方がよかったのだろうか。
レイネが目を見開いている。その後少し考えるように目を細めた。
「アスクさん?聞いたことないわね。…それにしても何か思い出せた!?」
レイネは特に気にしていない。
どちらかというと僕の記憶についての興味がありそうだ。
僕の体の力が抜ける。
「いえ…そういうわけでは無いんですけど、さっき寝たときに夢を見て。その中で助けてくれた人がそう名乗ったんです」
「へー!じゃあ多分、フェリド君と関係のある人なのね!先生だったら何か知ってるかもしれないから後で聞いてみましょう。…ん?」
レイネが向かいの机を見る。
僕も追うように見ると、寝る前に置いてあった弁当箱がなくなっていた。
「フェリド君片付けてくれたの?」
「僕は何も…」
「なら先生が来たのね。ふふ。やっぱり何も言われなかったわ」
レイネが悪戯っぽく微笑む。
「じゃあ勉強を続けましょう。さっきと同じ用意をしておいて。水を取ってくるわ」
「わかりました。よろしくお願いします」




