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星辰導記  作者: 黒須 音史郎
目覚め 秤と蠍
1/12

目覚めの日






 

 ふと目が覚める。…覚めたはずだ。

 目を開けたはずなのに先ほどの空間とは違い真っ暗で何も見えない。


 さっきの夢?の続きかとも思う。ただ、それにしては体の感覚がはっきりしている。

 体も動かせるようだ。


 手を上に伸ばそうとしてみるが、硬い天井に手が当たりそれは叶わなかった。

 どうやら僕は狭い箱のようなものの中で横たわっているようだ。

 しかし不思議と恐怖心は無い。窮屈だがとても居心地がいい。

 少し眠いような気がしたから、もう少し寝ようか。


 そんなことを考えていると、視界の端に一筋の光が差した。



 王都 アルス霊廟前


 石造りの神殿のような建築物、その中央に向かう階段の前に武装した男二人が立っている。


「ふぁーあー」

 片方の男が大きくあくびをした。

 兵士らしく鍛えられている体格をしているが、病的に顔色が悪い。


「仕事中だぜ」

 もう一人の男が注意した。

 あくびをした男は涙を薄くにじませたまま、体の前で手を振り悪い悪いといった素振りをする。


「どうしたんだ?いつも気が抜けているとは言え、大あくびをするようなことはなかっただろ」


「ははっ、お前に言われたくはないけどな。昨日の創星祭で夜遅くまで飲まされちまってよ。全然眠れなかったんだ」


「魔人は夜に強いやつも多いからな。ご苦労さん」


「しかも英雄戦役の終結から丁度二千年目つって、上の方々もかなり盛り上がっててな。慰労って名目で飲まされたが、逆効果だぜ」


「魔人でも酒には弱いんだな。まあ、ここの警備も形だけみたいなもんだし、お互いゆっくりやろうぜ」

 兵士たちが笑いながら話している。

 そこに一人の男が近づき、それぞれを咎めるように声をかける。


「形だけでも、大切な仕事ですよ。真面目にやりなさい」

 身だしなみのしっかりした、初老の男だ。先が二又に分かれた身の丈を超える細身の大杖を持ち、天秤の絵柄が入った灰色のローブを着ている。


「っ!レスドア様!申し訳ありません!」

 初老の男に向かって兵士が急いで敬礼する。


 その時どこからか鐘の音が響いた。十二回連続で鳴る。


 その鐘の鳴り終わりを待って、初老の男が兵士に話を返す。

「まあいいでしょう。…ところでレイネは来ていますか?約束の時間なんですが」


「星辰の儀ですね。レイネ様はまだお見えになっておりません」


「せんせーーーい!ごめんなさーーーーーい!!」

 遠くから大声で謝りながら、女が走ってくる。

 快活そうな若い女で、美女と言っていいだろう。

 水色を基調とした服に、肩だけを覆うような蠍の図柄が入った白い上着を羽織っている。

 腰には短剣を携えており、正面からも柄が見えた。


 女は息を切らしながら初老の男の前に駆け寄る。


「遅刻ですが、レイネ。今回は何故遅れたんですか?」

 走ってきた女に鋭い語気で遅れた理由を聞く。側にいる兵士二人の背筋が伸びる。


「目の前で、、男の子が転んで、、ケガしちゃって、手当てをしてました」

 女は息を切らし手を膝についたまま初老の男に事情を説明した。


「そうですか。ではいきましょう」

 あっさりと許した様子を見て兵士たちの緊張が解けた。


「先生、もうちょっと休憩させて」

 女がそう言ったが、初老の男は構わず階段を上っていく。


 女も少しだけ息を整え、後を追った。



 無機質な階段を上がりながら女が口を開く。

「先生、これって何でやるの?なんか苦手なのよね」


「詳しいことは私にもわかりません。記録上は英雄戦役を仲裁した、賢者達が私た二大機関に義務付けた儀式ということになっています。…それにしても、まだ星導記を読んでいなかったのですね?」


「うっ…。そ、そういえばガーデスさんは?先に行った?」

 女は焦りながら話を逸らす。


「ガーデスさんなら一月前、彼らと外に行ったでしょう。当然、今日の儀式は免除です」


「そうだったー。…これって、そんな簡単に免除になっていいものなの?」


「彼らの任務もかなり重要ですからね。聞いた話ではありますが、キラウ様直々の依頼とのことです。しかしまだあれを読んでいなかったとは。明日の予定はあけておいてください。私がわかる範囲で解説しましょう」


「だめ!明日から弟と旅行に行くって約束したんだもん!それにあの本絶対一日じゃ読み終わらないじゃん!」


「だから毎日少しずつでも読むように言ったでしょう。自業自得です。…さて、着きましたね。早速始めましょう」


 二人は階段を上がり終え、広間に到着した。

 四方に壁はなく、広間の隅にある四本の柱で屋根が支えられている。

 広間の中央には白い棺が安置されており、棺の手前に腰ほどの高さの石柱が三本立っている。

 棺は周りの建築物とは違い年月を感じないほど美しい状態を保っているが、蓋に一つだけ小さな傷がついていた。

 傷の下には文字のような図柄がうっすらと映っている。


 二人が左右の石柱に手を触れるとうっすら光を放った。


 しばらく無言の時間が流れ、女が石柱から手を離し声を上げた。

「終わったー!先生はあとどれくらい?」


「…もう半分程です」

 男は石柱から手を離さず答える。


「すごいねー。魔力量の差がまだそんなにあるんだ」

「年の功です。レイネも十年前に比べて随分成長しましたね」

「…先生のおかげだよ」

 これまでの調子と打って変わって、心の底から感謝するように女が言う。


「当然のことをしたまでです」

 男が先ほどと変わらない調子で返すと、またしばらく無言の時間が流れた。


 男が石柱から手を離したことを確認して、女がわざとらしく声を上げる。

「さーて、休暇休暇っと。久しぶりー。明日の準備があるから先に帰りまーす」

 女は伸びをしながら、足早に階段を降りようとする。


「っ!待ちなさいレイネ!」

 男が棺の方向を向きながら、女に声をかけ引き留めようとする。


 女が急停止しゆっくり振り返りながら、開き直ったように男にこたえる。

「先生、私ももう子供じゃないんだよ?星導記なら旅先で読むから…」

 女が男のほうを向くと異常な事態が視界に映り、息をのむ。


 中央の棺が強い光を放っている。

 二人とも戦闘の経験があるのだろう。すでに大杖と短剣を構えていた。


「今までこういうことはあったの?」


「記録上はありません。ただの一度も」

 棺への警戒を解かないまま、二人が話す。


 しばらくして、徐々に光が弱まっていき、じきに光が完全に消えた。

 女が警戒を緩め短剣を収めようとすると、棺の中から「コンッ」と小さく音がした。

 二人に大きな緊張が走り、女が短剣をより強く握りしめ構えなおす。

 緊迫した状況が続き、男が指示を出した。

「レイネ。衛兵を使ってディルスとアリンにこの状況を報告しに行きなさい。私はここで引き続き様子を見ておきます」


「わかった」

 女は階段まで後ずさり、駆け足で階段を下りて行った。



 そのころ、霊廟前では赤い装束の男が兵士たちと揉めていた。

「タイミングピッタリみたいだね。入らせてもらうよ」

 装束よりさらに赤い髪が風になびく。光が反射し、揺らめく炎をイメージさせた。


「何者だ!関係者以外を通すことはできん!」

 男の前に兵士たちが立ちふさがる。

 騒ぎを聞きつけ、巡回していた兵士も数人集まってきた。

 男は囲まれても、全く動じず階段を塞ぐ兵士に話しかける。


「俺のこと見たことない?面倒だなー。まあ名前なら流石に知ってるか。俺の名前はキ…」

 男が名乗ろうとしたその時、階段から大きな声が響いた。

「衛兵さーん!二大機関長に急ぎで伝えてほしいことがあるのー!って、キラウ様?」

 階段を昇って行った女が下りてきたようだ。


「キラウ様って、六曜の賢者の…」

 兵士たちの顔が青ざめる。


「レイネちゃん。久しぶり。」


 兵士たちが一斉に跪く。

「無礼の数々、大変申し訳ありません!」


「いやいやマジメにやっているようで結構。それで?レイネちゃん、伝えてほしいことって何?」

 聞かれた女は口をつぐむ。

 指示されたことは機関長への報告だ。

 賢者とはいえ先ほどのことを話していいのか迷っていた。


 すると飄々とした様子で男が尋ねる。

「棺が光ったりしたんじゃないの?」

 言い当てられてしまった。


 おそらくこの男は、先ほどの現象の意味を知っている。

 ならば隠す必要もないと思い広間での出来事を話した。


「なるほどね、でも光っただけか。じゃあ兵士君たちはそれぞれの機関長に伝えてきて。あと俺の希望でこれからの動きについて話し合いがしたいってことも一緒にね。会議場に集まってくれればいいかな。…ああ、そこの二人とレイネちゃんは俺についてきて」


「レイネ様、それでよろしいでしょうか?」


「…うん。お願い」


「ハッ!」

 兵士たちは少し話し合い、散り散りに走っていった。


「じゃあ行こうか。寝坊助を起こしにね」

 男と女、そして兵士二人はゆっくりと階段を上って行った。



 広間では初老の男が引き続き警戒を続けていた。耳が階段からの物音を捉える。

(足音…四人…一人はレイネか。機関長達ともう一人?それにしてはやけに早い。それにこの事態を知っているはずなのに全く急がないとは。少なくとも一人は…)


 初老の男は構えたまま、棺と階段を同時に視認できる位置に移動する。

 階段を上ってきた者たちが見えると、その先頭にいたのは赤い髪の男だった。

「やはりですか。キラウ様」


「レスドア君、久しぶり。なんでそんなところで構えてるの?」


「レイネから話を聞いているんでしょう。警戒中です」


「マジメだねー、でも警戒するのも当然か。大丈夫だよ、危険が無いことは俺が保証する」


 一呼吸置き、初老の男が構えを解く。

「事の詳細を知っているようですね。願わくば事前に説明してもらいたいものです」


「ごめん、ごめん。四竜侵攻のおかげで予定がずれちゃってね」

 会話を聞いていた女がうつむき体をこわばらせ、初老の男がフードの男を鋭くにらみつける。


「あー、ごめん。でも君たちも知る時が来るよ。今日という日の大きな意味をね。とりあえず君たち、棺の蓋を開けちゃってよ」


 後ろにいた兵士たちが驚いた様子で、初老の男に目を配らせ確認をとる。

「言う通りにしましょう。開けてください」


「ハ、ハッ!」

 兵士たちが恐る恐る棺に近づき、蓋を持ち上げようとする。しかし蓋は微動だにしない。


 赤髪の男が若干あきれながら指示を出す。

「横にずらしていけばいいよ」


 蓋がゆっくり動きだし、棺の中に少しずつ光が満ちていく。

 蓋が斜めにずり落ちると内部の全貌が明らかになる。

 それを見て赤髪の男以外は唖然とした。


 その中、初老の男が声を上げる。

「これは…少年?しかも白髪とは…」


 棺の中には白髪の子供が横たわっていた。目を見開き黒い瞳を持った子供自身も驚いた顔をしている。

 見慣れない装束を着ているが、全く体格にあっていない。大人用であろう装束を持て余し、全体的に装束がほつれている。

 装束の腹部には大きな穴が開いていた。


 少年は上体を起こし疑問に思ったことを自らに問いかける。

「僕は、なんだ?」


 これが星に導かれ自らと向き合い人類の未来を決めることになる、僕の物語の始まりだった。





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