第三話「WEB」
俺は佳子を抱え地下の部屋に戻った。そして、佳子をソファに下ろす。そうして俺は話を再開した。
「さて、この子が今回のクライアントだ。自己紹介どうぞ」
佳子は戸惑いながらも名乗った。
「希村佳子、高校二年生です。それでこれはなんの集まりなんですか?」
その言葉を聞くと、俺を除くメンバーがため息をついた。
「司君、説明ぐらいしておいたらどうだい?明らかに戸惑っているじゃないか」
「仕方ねえだろ。最初は1人でやるつもりだったんだから言う必要もないと思ってたし。でも本格的にやるならこの組織も使うべきだし。だから、予定を急遽変更して、ここでやることにしたの」
「リーダー、だとしてもどう言う組織くらいかは説明して置いてください」
「今からするよ。ここはWEBという組織で、いじめの復讐を請け負っている。俺がリーダーをやっていて、メンバーは俺含め5人。ここにいる面子と、今日は来てない1人。自己紹介をどうぞ」
俺が3人に振ると、テンプレ道理に自己紹介を始めた。
「神崎壮一。高校三年。主に変装を扱ってます」
「高瀬凛奈。中三。機械を使ってる」
「七瀬麗。高校二年。メンケアと演技をしてる。同い年だね! よろしく!」
「はい!よろしくお願いします!」
「タメ口でいいよ。佳子って呼ぶから私のことも麗って呼んで?」
「うん。麗!」
「んじゃ、最後にゃ俺。知ってるだろうけど、一条司。高三だ。ここのリーダーをやってる。壮一、佳子に茶入れてきて」
「へいへい。佳子ちゃん、何がいい?緑茶麦茶ほうじ茶ルイボス紅茶レモンティーコーヒー。大体なんでもあるけど」
「じゃあ紅茶で」
「了解」
そう言って、壮一は自分の部屋に入っていった。茶類の管理は壮一にしてもらっている。壮一はこの組織のウェイターのような係も担っているのだ。
「さて、今回の復讐方法は至って簡単。囮を使って証拠を集め、それを周知させ弱った心に俺が付け入るというもの、そして、佳子にしたことを全て返すものだ」
「その囮が私ということですね」
佳子はそう言ってやる気満々だったが、俺はその言葉を否定した。
「いや違う。一人でやるのならそのつもりだったが、組織でやるんなら組織メンバーを使りゃいい」
「ちょ、ちょっと待ってください。もしかしてその囮って私ですか?」麗の言葉を俺は肯定する。
「ああ。麗演劇部だろ?壮一にメイクしてもらって代わりに学校に行ってくれないか」
「い、嫌だ……私は……もうあんな目には」
麗は明らかに過呼吸になっていた。麗の頭を俺は優しく撫で、言った。
「大丈夫だ。もしも何かあっても、俺が絶対に守ってやる。もう二度と、あんなことにはさせねぇよ」
まずい。やっちまった。麗があの状態になる。発作が出るかもしれないとは思ってたがここまでになることは想定外だった。あの姿をここのメンバー以外に見せると、完全に引かれちまう。佳子と仲良くなれそうだったのに、崩れちまう。それは避けないといけないが、もう無理そうだな。フォローしよう。俺が招いたんだから。俺が麗を見ると、とろんとした目で俺を見ていた。
「お兄ちゃん。私のこと守ってくれるの?」
麗はそういいながら、俺に抱きついてきた。ああ、終わった。今日はここね。俺が佳子の方をチラッと見ると、明らかに驚いていた。説明、するか。佳子は真面目な顔で聞いてきた。
「兄妹なんですか?」
どうしてそういう答えに行き着くんだ。俺はため息をつきながら説明した。
「佳子、驚くのも無理もないが、変なことを口走らないでくれ。苗字が違うだろ? それとあんま引いてやらないでくれ。こいつは過去のいじめを思い出すと発作が出て幼児とまではいかなくても小学校中学年くらいまで退行したり、精神年齢が逆に上がったりするんだ」
「つまりはその人もいじめを受けたことがあるんですね」
「そういや説明してなかったな。ここにいる人間は全員いじめを受けたことがある。理由は伏せておくがな。だから、麗もこうなってるし、ここにいる人間はいじめを無くそうとしてるんだ。何もなかったらそんなことをしようとしないだろ?そんなことをするとすればよっぽどの善人か、警察だけだ。言うなればいじめへの復讐だな」
「そうですね。ただ、きっかけが純粋な善意でなくとも私は皆さんを尊敬します。いじめを受けた人はもう二度といじめに関わりたくないと思うはずです。なのに皆さんはいじめを無くすためにいじめと向き合い続けている。私もそうあれたらいいんですが」
その言葉を聞いた時、俺は過去を思い出した。そして目を閉じその佳子の言葉を心の中で反芻していた時、それまで黙っていた凛奈が口を開いた。
「そんないいものでもないぞ。現にリーダーはやつ__」
俺がその言葉を遮るよりも速く、何者かが凛奈の口を塞いだ。それは紅茶を持ってきた壮一だった。
「リーダーがああ言った以上、それは言ったらいけないよ。凛奈が空気を読んだり、人の意図を考えたりするのが苦手なのは知ってるし読もうと無理をする必要はない。僕が止めるから」
「そっか、ありがと。ごめんなさい。リーダー」
「気にするな。それで、どうしようか、この娘」
俺は甘えてくる凛奈を示しながらいった。
「気が済むまで抱きついていさせてやりなよ。今日はそういう気分なんじゃないかい」
俺は壮一の言う方法を取ろうかと思ったが、そうすると会議が進まないことに気がついた。
「凛奈、文字起こし頼めるか?」
「わかりました。リーダー」
俺は会議の内容は凛奈にPCで文字起こししてもらうことにし、会議を進めることにした。
「麗には後でもう一回頼んでみるとして、もし無理だったらどうしようか」
「私がやりますけど……」
「いや、ダメだ。クライアントは護るものであって、傷つけるもんじゃねえよ。やってもらうとすれば、演技をするときの台本作るために一緒に過ごしてもらうくらいだ」
「しかし、そうすると方法がなくなるよ?司くん」
「そんときゃ盗聴器仕掛けるだけだ。丁度、今日は金曜。盗聴のみの作戦であろうと、囮作戦だろうと、土日に進められることがある。この二つの作戦。どちらを選んでもうまく行かせる。必ずだ」
「君らしいと言えば君らしいね。そのバックアップは必ず僕らがする」
「ああ。この組織は、四人、いや、お前ら三人がいるから成り立ってるんだよ。俺はいなくても問題ないだろうけどな」
「いや、君は必要だよ。君は四人の中で一番いじめを恨んでいる。その執念は人一倍、いや、百倍だ」
「まぁそこまでならまだいいか。佳子の前でそれ以上言ったらぶん殴るからな」
自分で言うなと言ったくせに口にする壮一に俺は一応釘を刺しておく。佳子に俺がここにいる理由を悟られてはいけない。まぁ、知られても大丈夫だとは思うが、念のためだ。
「わかってらい」俺の言葉に壮一は快く返事をした。
「んじゃ、あとはこの娘が戻るの待つだけだな」
俺は麗を示しながら言った。どの状態でも懐かれているとはいえ、この状態に入る度にあいつのことを思い出してしまう。だからもうできるだけこの状態にはなってほしくない。ただ、一応面影があってしまうから、俺の目も、あいつをみる目になってしまう。それはまずいだろ。今俺にできることは、あいつと再び会えることを願うことだけで、人に面影があるからといって重ねることはあってはいけないだろう。それは冒涜だ。麗が戻るまでの十数分の間、各々リラックスをして待っていた。しっかし、そろそろ戻ってくんねぇと流石に困るぞ。そう思い、俺が麗の方を見ると、麗の顔が紅潮してることがわかった。
「あのぉ、リーダー。戻りました」
麗はそういうと、俺から離れていった。
「おかえり」
「今日はどこでしたか?なんとなく想像はつきますけど」
人格が変わってる間、記憶は受け継がれないため、こうして毎回教えている。
「小学生低学年くらい」
麗は手で顔を覆いながら言った。
「そうですよねえ。抱きついてたからなんとなく思ってましたよぉ」
「まぁ気にすんな。それで、やってくれるか」
その俺の言葉に、麗は硬直した。驚いているのかと思い、すこし待ったが戻ってこないので、もう一度話しかけようとしたその時、麗から声がかかった。
「どうしたの?司君」
ああ、これは。俺は失望した。何者でも無い自分にだ。結局は、麗のトラウマに触れてしまった。それも何回もだ。しっかし、この調子だと無理そうかなぁ。ていうか、今回の年齢、もしや大学生くらいか。大人びた印象はあるが、まだ多少の頼りなさと幼さを持っている。ていうか、今まで気づかなかったが、これ将来の麗の姿だよな。まじか、どんな大人になるかわかるってことじゃねえか。
「いや、なんでもないさ」
「そう。でも、無理はしないでね」
麗はそう言いながら、俺の頭を撫でてきた。うう。結構恥ずかしいな。俺は赤面しながらも、メンバーに指示を出す。
「明日までに凛奈は盗聴器と盗撮機の準備を、壮一はメイク道具と、一応ウィッグを揃えといてくれ。麗ができそうにないから俺が変装して行く」
「そんなことしなくても、私やるよ司君」
俺は麗のその言葉に目を見開いた。
「いいのか?」
俺はそう聞く。別人格時の記憶は麗にはないが、別人格時には通常人格時の記憶、認識は残っている。つまり、やるって言うのは麗の本音になるわけだが。
「うん。私は過去に大変な目にあったけど、それでも今、こうして楽しく過ごしてる。だから、他の人にもそうあってほしんだ。ただのエゴだけどね」
麗は舌ぺろっと出して、お茶目にそういった。顔がいいから似合うもんだなぁ。俺の周りは全員顔がいい。壮一も、凛奈も、佳子も顔がいい。俺も親二人が俳優をやっていたからそこそこ顔はいいはずだが、性格が悪い。素で顔も性格もいいやつとは雲泥の差がある。
「そうか。なら、頼むわ」
「うん。それに、司君はいつも頑張りすぎなんだよ。もうちょっと私たちを頼って」
「俺にはこれくらいしかできないから。みんなは得意なことがあるし、それでWEBに貢献してるけど、俺はなんにもできない。ただリーダーという肩書きがあるだけだ。何も、俺にはねぇんだよ」
「そんなことありません!」
刹那、声が響いた。佳子が、叫んだのだ。いつもおとなしいのにな。
「そんなことあるんだよ。本当に俺はなんもない。あの時もそうだ。俺がもっと、強かったら、あんなことには」
「過去がどうたらとかどうでもいいんです。先輩の言うあの時じゃなく、今を見ましょうよ。先輩が強ければいい? 自惚れないでください! 先輩一人が強くてもできることなんて、他の人より、ちょっと多いくらいです。だから今みたいに、これからも他の人を頼ってください。私は人間の本質は‘協力’だと思うんです。それに先輩にできることは何もないなら私は今ここにいません。先輩は人を簡単に助けちゃう勇気を持ってるんです」
「まさか、人生に絶望して自殺までしようとした人間が1日で人に説教垂れれるまで変わるなんてな」
「変わったんじゃありません。元から私はこんなので、いじめで心を閉じていただけです。元は何にでも積極的です」まんま最近のあいつだな。性格やらなんやら似てると思ってたが、ここまでか。
「ならま、その性格をこれからもっと戻せるように、俺達が頑張らないとな」
最初から、一人でやろうなんて考えなくてよかったんだ。俺には仲間がいる。
「そうですねリーダー。頑張りましょう」
「ああ。麗にも頑張ってもらわないと」
「なんの話ですか?」
俺の言葉に麗は不思議そうな顔をした。あ、なるほど。戻ってきたのか。
「麗が囮やるっていってくれたからさ。それに、俺も学校いくし、なんかあったらすぐ助ける」
「ありがとうございます。私頑張りますね」
認識として持ってるからこれを言うのはセーフなんだな。
「おっしゃ。これでおおまかな作戦は決まった。それじゃ、今日はこれで終いだ。俺は家で盗聴場所の設定考えるから帰るわ。ここには大した設備ないし。そうだ佳子。今日からうち泊まれ」
俺のその言葉に、佳子は紅潮した。
「え、なんでですか?」
その言葉が明らかに動揺していた。
「だって、もしクズどもが家に来たら流石に俺達も守れないし。身寄りないんだろ?俺も両親いねえし、俺の家だったら守ってやれる」
「リーダー、佳子ちゃんは女の子ですよ?異性と二人きりだなんて、そんな、、私の家だったら大丈夫だと思いますので」
そう言ってきたのは麗で慌てふためいていた。
「でも、麗家族にWEBの事言ってないんだろ?どう説明すんの」
「友達って説明します」
「これは何ヶ月続くかもわかんないんだ。学校全体が敵みたいなもんなんだから。半年も泊まる友達がいるか?」
「いないです。で、でも、、それなら凛奈ちゃんちでも」
そういう麗の顔は林檎みたいに赤くなっていた。
「確かに凛奈の家族はここのこと知ってるが、凛奈は少なくとも頭脳担当だ。肉体労働やらの実際に動くのは俺と麗の仕事。だから、俺の家に泊まりゃあいいの。それとも何?そんなに泊まってほしくない理由でもあるの?俺は絶対手を出さないって誓うけど」
俺の言葉に麗はさらに顔を赤くし、ソファに凭れ込んで「そんなんじゃない、そんなんじゃないよぉ……」と言いながらバタバタと揺れていた。
「君は気づいてないんだな。司君」
「あぁ?何言ってんだ?ともかく、だ。佳子は今日からウチに泊まる。いいな」
「はい。判りました」
「それじゃ、また明日くるし今日は帰るわ。佳子、今度はどっち?」
「後ろでお願いします」
「了解」
言われた俺は佳子を背負って受付まで登っていくのだった。