相部屋の患者は恋の味方
「鈴世さん。孫に伝えといたからね」
相向かいのベッドから、親指をたてた右手を、大きくつき伸ばした。
「楽しみだねぇ。」
「退院しても、経過を教えておくれよ」
「うまくいくといいねぇ」
6人部屋の仲間たち。
鈴世は恥ずかしくて、少し照れ気味だった。
色々見えてしまうのは同室だからなのであって、これが恋となれば、同年代として気にならない訳がない。
あと残り何年か、死までのカウントダウンに入ってきた鈴世たちにとって、ときめきというのはまことに感慨深いものだ。
本人でなくとも、若返る薬になる。
「ありがとう、嘉代子さん。」
鈴世は心から感謝した。
向かいのベッドにいるかよこは、鈴世が入院してきた時から既に、この病室にいた。度々見舞いにくる家族との対話が、カーテン越しに聞こえないわけがなく、聞かないように気にしていても、内容が内容だけに、鈴世の興奮ぶりも含めて聞こえてきてしまう。
なので半ば諦めて、悪いと思いながらも聞くことにした。
そうしたらなんとまぁ恋。
なんて、むず痒く懐かしいこの思い。
嘉代子はその恋に協力したくなった。
嘉代子には、新聞社に勤める娘婿がいる。
鈴世に新聞に尋ね人で載せることを提案した。
提案は即決一発おっけーなわけで、ワクワクしながら娘に電話をかけた。
後日、娘と婿が来て鈴世に軽い取材を受けてもらい、鈴世の家族は誰も知らないままに尋ね人欄にて、お尋ねすることになった。
「うちの息子たちはなんの役にも立たない!」
とぷんこらしている鈴世の心を、嘉代子は一気にギュッと掴んでしまったのだ。
そして、嘉代子だけではなく、いつの間にか同室の患者達も応援してくれるようになっていた。 ここに家族も知らない、仲間が出来上がっていた。
そこへ、しなやかに鯉がやってきた
「鈴ちゃん、具合はどう?」
着付けられた着物がしなやかに体の線をゆるがせ、どこのマダムかと思うほどに神々しく皆を魅了しながら病室に入ってきた。
「美しい」
鯉の佇むそのオーラだけで、同室の男性の目が輝いているのがわかる。
ここにくるまでにも、何人その犠牲になっていたのだろう、と思うほど。
にこっと、目の合う同室の患者達に程よく挨拶し、ベッド脇の椅子に腰掛けた。
悩殺の鯉。
「鈴ちゃん、明日退院って聞いたから、顔見にきたの。元気そうで良かった」
「元気は元気さ、体はね。。。ねぇ、鯉ちゃん。この歳になって人を好きになったらおかしいと思うかい?」
なんでも話してきた鯉でもあるのに、なぜかこういう話だからなのか、臆病にもじもじと鈴世はなっていた。親しいからこそ恥ずかしさもある。
散々息巻いていた鈴世が、鯉の前ではより恋する少女になっていた。
話を珠希から聞いていた鯉は
「いいんじゃないの。この歳だからこその、女らしさってあるじゃない」と落ち着いた雰囲気でそっと返した。
鈴世は嬉しかったのか、布団を顔半分まで隠して、少女のような笑みを浮かべた。
「鈴ちゃんいい恋愛してね」
鯉は帰って行った。
「鈴世さん!今の方は?お知り合いですか?!」
入り口付近に寝ている男性がすごい勢いで聞いてきた。
いきなり目の前に前のめりにきたから、自然に腰が下がり、圧倒された。
鯉の美しさは今に始まった事ではないが、この歳になってまでも目を引くというのは、今の鈴世には羨ましい限りだった。
(あたしにもあんな美貌があったら…)
「えっ?」
感情が表にこぼれてしまっていたようだった。
「あっなんでもない。あの人は鯉ちゃんって言ってね、うちの銭湯の並びの魚屋さんの店主よ。魚売ってるわ」
「えっ!?えっ?!本当に魚屋さんなんですか?」
魚屋と美人が噛み合わないのか男性は鈴世が嘘をついているんじゃないかと、疑心暗鬼になったが、「あたしのことが信用ならないなら聞かないでおくれ!!」と一喝すると、男性は鈴世に頭を下げ、ベッドに戻っていった。
(はぁ〜こんな変な男じゃなくて、早く漢気溢れるあの方に会いたい)
鈴世は男らしさ100%の王子様とあの火事の日に出会った。
愛と夢は、会えない時間が嵩むほど、心の中で大きく膨らむのだった。