第2話 星の欠片はキラキラ光る - 3
「あの、どうするんですか? その隕石」
鶴屋が訊くと、コジロウはニヤリと口角を上げた。手の中の欠片を大切そうに撫でながら、ふっふっふ、と気味悪く笑う。
夕食後、ふたりはまた白湯を飲みながら座卓を囲んでいた。部屋に満ちていた気まずさは、ほんの少しだけ薄れている。
もやしとちくわの炒め物は、確かに少し焦げていた。そのうえ味も異様に薄く、お世辞にも美味いとは言えなかったが、鶴屋にとっては何よりのご馳走だった。食卓の会話も当然のごとく弾まなかったが、そんなことはもう気にならなかった。炊けた米もかき込むと腹はすっかりいっぱいになり、心が緩んだ。生物はやはり、腹が膨れていなくては前向きな気分になれないらしい。
「どうするも何も、さっそく明日、総長へ捧げるに決まっておろう! 朝一番に出立するゆえ、今宵は早々に床へつかねばなぁ」
コジロウもまた、前向きな喜びに浸っているようだ。その隕石さえ献上すれば「総長」一行に加えられ、惨めな生活とおさらばできる……と思っているのなら、この浮かれようも当然だろう。
しかし、満たされた腹をもってしても、前向きになれない現実はある。鶴屋はどうしても、侍の前途が心配だった。
侍はきっと、弄ばれただけなのだ。からかわれ、『かぐや姫』ごっこに付き合わされているだけだ。隕石を総長に捧げたところで、あざ笑われるか、困られるだけだろう。
コジロウにしても総長にしても、なんだか哀れだと鶴屋は思った。誰も彼も皆、あの隕石の被害者だ。そうだ、あんな隕石、全人類に恨まれて然るべきなんだ。
「しっかしやはり、見れば見るほど天晴れな石よ。何かこう、目を見張るような妖気を纏ってはおらぬか? のう?」
けれど、コジロウの喜びは止まらない。蛍光灯に欠片を透かし、ほれほれと鶴屋の鼻先に寄せる。が、鶴屋には妖気など感じられなかったし、この欠片が総長の指定に合っているようにも見えなかった。「キラキラ光る欠片」というには、これはあまりにも地味すぎる。多少光沢はあるものの、それは「キラキラ」にも「光る」にもまるで及ばないものだった。
「いやぁ……まぁ、そう、ですね」
しかし、ここで侍を突き放せるほど冷たくはなれない。濁した調子で同調し、引きつった笑顔で頷いておく。が、コジロウはむっと眉間にシワを寄せた。
「さてはおぬし、分かっておらぬな? ほれ、もっとよく見てみぬか! この色艶、他にはふたつとないものぞ! ほれ!」
硬い隕石がぐいぐいと、鶴屋の指先に押しつけられる。浮き足立った侍は、不安になるほど不用心だった。俺が持ち逃げしたらどうする? 困惑しつつ、鶴屋は隕石を受け取ってみる。
ころころとした欠片には、消しゴムに似た重みがあった。が、特別重いということも、軽いということもない。特徴がなく、ざらついた感触と濃い褐色がちょっと目立つくらいだ。こんなもので、裏路地の王者に認められるとは思えない。
溜め息と共に目を閉じて、何気なく隕石の表面を撫でる。こんなときどう反応すれば、楽しい会話ができるんだ? わぁっと声でも上げればいいのか? それはさすがに不自然な気がする。おぉ、と目を丸くしてみるか? そんな器用なことができれば、とっくに内定が出ているはずだ。ここで自然な反応ができないから、自分は明るくないのだろう。あの数学の宿題の範囲は、結局今も知らないままだ。
ざらざら、ざらざら、落ち込みに任せて撫で続けるうちに、隕石は熱を持ち始める。こんなに温めていては、やっぱりコジロウに迷惑だろうか? だとしたら、一体どう言って返せばいいのか?
「お、おぬし」
悩んでいると、コジロウの声が降ってくる。その語尾は少し震えていた。しまった、やはり迷惑だったか。欠片から指を離し、「す、すみません」と縮こまる。しかしコジロウの反応はなかった。これは相当怒らせたかと背中に冷や汗をかきながら、鶴屋は恐る恐る瞼を上げる。
侍の顎が見え、唇が見え、鼻先が見え、目が見え、そして驚き、困惑する。
コジロウの表情には、怒りなどただの少しもなかった。
「おぬし、それは」
侍は唇をポカンと開き、瞼を大きく開いた顔で、驚きだけを見せていた。そしてそのままゆっくりと、鶴屋の手の中を指差してみせる。細い指先が震えているのを、鶴屋は見た。
コジロウの驚きの理由は分からず、かといって、訊ける雰囲気でもない。震える指先に促されるまま、自らの手のひらに視線を下げる。
「……え」
そこにはまたしても、夢の中のような光景があった。眼鏡を上げて瞬きする。
満腹に落ち着いたはずの心が、ざわついていた。胸がどくどくと脈打って、脳の芯まで激しく震わす。信じられない、なんてものじゃなかった。隕石、侍、裏路地にかぐや姫、そのどれよりも現実感のないものが、手の上にあった。
隕石の欠片はキラキラと、眩い銀色に発光している。
「これだ」
コジロウの声は低く静かに、不気味な落ち着きを帯びて響いた。
「これがまさしく、星の欠片だ」
鶴屋は目を上げる。侍の黒く乾いた瞳に、銀色の光が反射していた。
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