表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侍の星は光らない  作者: 山郷ろしこ
幕開け
4/106

第2話 星の欠片はキラキラ光る - 3

「あの、どうするんですか? その隕石」


 鶴屋が訊くと、コジロウはニヤリと口角を上げた。手の中の欠片を大切そうに撫でながら、ふっふっふ、と気味悪く笑う。


 夕食後、ふたりはまた白湯を飲みながら座卓を囲んでいた。部屋に満ちていた気まずさは、ほんの少しだけ薄れている。


 もやしとちくわの炒め物は、確かに少し焦げていた。そのうえ味も異様に薄く、お世辞にも美味いとは言えなかったが、鶴屋にとっては何よりのご馳走だった。食卓の会話も当然のごとく弾まなかったが、そんなことはもう気にならなかった。炊けた米もかき込むと腹はすっかりいっぱいになり、心が緩んだ。生物はやはり、腹が膨れていなくては前向きな気分になれないらしい。


「どうするも何も、さっそく明日、総長へ捧げるに決まっておろう! 朝一番に出立するゆえ、今宵は早々に床へつかねばなぁ」


 コジロウもまた、前向きな喜びに浸っているようだ。その隕石さえ献上すれば「総長」一行に加えられ、惨めな生活とおさらばできる……と思っているのなら、この浮かれようも当然だろう。


 しかし、満たされた腹をもってしても、前向きになれない現実はある。鶴屋はどうしても、侍の前途が心配だった。


 侍はきっと、弄ばれただけなのだ。からかわれ、『かぐや姫』ごっこに付き合わされているだけだ。隕石を総長に捧げたところで、あざ笑われるか、困られるだけだろう。


 コジロウにしても総長にしても、なんだか哀れだと鶴屋は思った。誰も彼も皆、あの隕石の被害者だ。そうだ、あんな隕石、全人類に恨まれて然るべきなんだ。


「しっかしやはり、見れば見るほど天晴れな石よ。何かこう、目を見張るような妖気を纏ってはおらぬか? のう?」


 けれど、コジロウの喜びは止まらない。蛍光灯に欠片を透かし、ほれほれと鶴屋の鼻先に寄せる。が、鶴屋には妖気など感じられなかったし、この欠片が総長の指定に合っているようにも見えなかった。「キラキラ光る欠片」というには、これはあまりにも地味すぎる。多少光沢はあるものの、それは「キラキラ」にも「光る」にもまるで及ばないものだった。


「いやぁ……まぁ、そう、ですね」


 しかし、ここで侍を突き放せるほど冷たくはなれない。濁した調子で同調し、引きつった笑顔で頷いておく。が、コジロウはむっと眉間にシワを寄せた。


「さてはおぬし、分かっておらぬな? ほれ、もっとよく見てみぬか! この色艶、他にはふたつとないものぞ! ほれ!」


 硬い隕石がぐいぐいと、鶴屋の指先に押しつけられる。浮き足立った侍は、不安になるほど不用心だった。俺が持ち逃げしたらどうする? 困惑しつつ、鶴屋は隕石を受け取ってみる。


 ころころとした欠片には、消しゴムに似た重みがあった。が、特別重いということも、軽いということもない。特徴がなく、ざらついた感触と濃い褐色がちょっと目立つくらいだ。こんなもので、裏路地の王者に認められるとは思えない。


 溜め息と共に目を閉じて、何気なく隕石の表面を撫でる。こんなときどう反応すれば、楽しい会話ができるんだ? わぁっと声でも上げればいいのか? それはさすがに不自然な気がする。おぉ、と目を丸くしてみるか? そんな器用なことができれば、とっくに内定が出ているはずだ。ここで自然な反応ができないから、自分は明るくないのだろう。あの数学の宿題の範囲は、結局今も知らないままだ。


 ざらざら、ざらざら、落ち込みに任せて撫で続けるうちに、隕石は熱を持ち始める。こんなに温めていては、やっぱりコジロウに迷惑だろうか? だとしたら、一体どう言って返せばいいのか?


「お、おぬし」


 悩んでいると、コジロウの声が降ってくる。その語尾は少し震えていた。しまった、やはり迷惑だったか。欠片から指を離し、「す、すみません」と縮こまる。しかしコジロウの反応はなかった。これは相当怒らせたかと背中に冷や汗をかきながら、鶴屋は恐る恐る瞼を上げる。


 侍の顎が見え、唇が見え、鼻先が見え、目が見え、そして驚き、困惑する。


 コジロウの表情には、怒りなどただの少しもなかった。


「おぬし、それは」


 侍は唇をポカンと開き、瞼を大きく開いた顔で、驚きだけを見せていた。そしてそのままゆっくりと、鶴屋の手の中を指差してみせる。細い指先が震えているのを、鶴屋は見た。


 コジロウの驚きの理由は分からず、かといって、訊ける雰囲気でもない。震える指先に促されるまま、自らの手のひらに視線を下げる。


「……え」


 そこにはまたしても、夢の中のような光景があった。眼鏡を上げて瞬きする。


 満腹に落ち着いたはずの心が、ざわついていた。胸がどくどくと脈打って、脳の芯まで激しく震わす。信じられない、なんてものじゃなかった。隕石、侍、裏路地にかぐや姫、そのどれよりも現実感のないものが、手の上にあった。


 隕石の欠片はキラキラと、眩い銀色に発光している。


「これだ」


 コジロウの声は低く静かに、不気味な落ち着きを帯びて響いた。


「これがまさしく、星の欠片だ」


 鶴屋は目を上げる。侍の黒く乾いた瞳に、銀色の光が反射していた。

読んでくださってありがとうございます!誰にでも特技はあるものです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ