020 裏荘騒動(1/4)
“風の感覚”で抜けたばかりの森を探る。こちらに向かってくるような気配は感じない。どうやら諦めたようだ。
視線を戻せば、どこまでも見通せそうな平地が広がっている。
あちらこちらに生えた樹々が林を為している。植林か間伐が理由か、似たような姿の樹々が間隔を保って行儀よく並んでいる。鬱蒼と茂り、人の手を拒んでいるように感じた森とは、同じ樹々の集まりと言っても全然違うものだ。
森を下っている時に、右手の視界に時折に見えていた川が見られない。湖は無いようだし、地下に流れ込んだのでもなければ、流れを急激に曲げて東に向けたのか。
いずれにせよ、一番に目につくのは、先端の尖った木の柵を並べた、どこかで見たような人工物だろう。
「あれがねいちゃやじぇいが住んでいた村か」
「う~ん」
ねいちゃは首を傾げている。
まあ、魔獣が徘徊する森近くで幼児が村を外から眺める機会なんて、そうそう無いのかもしれない。
「分かんないか」
「わかりませんな」
思い出そうとしていた弟くんが腕組みして大人ぶった表情で答えてくれたが、その返答に不思議と力が抜けた。
本当に、いいところで笑顔にさせてくれるよ。
「あっちの木陰で少し休憩してから、あそこに向かうとしようか」
樹々から樹々への移動だが、解放感が違う。
その村から距離を置きつつも、森からは離れていく。位置としては、村の側面を眺められる場所だな。ちょうどそこに林がある。
小さな火を起こし、湯を沸かす。
そして、姉弟たちに手を洗わした。
ラザロは交渉に備えて頭の回転が良くなると思っているカルダモン水を、姉弟はクッキーをつまみながらココアをふぅふぅしている。
濃厚なバター風味は気に入ったようだが、ビターなチョコチップは1枚食べて固まっている。
「らじゃろにあげる」
少しでも苦いのは苦手のようだ。
身体を動かしても小腹が空く感覚がなかったのは、やはり緊張していたということだろう。ビターな甘さが身体に沁みる。
[躯体の調整に不具合が?
いや、地気が薄くなった分を、身体が食で生気を補給しているのだろう]
脱出行の休憩で飲み切った皆のペットボトルを濯ぐ。桝型の容器に収まった水4L×4(湯冷まし、3人の3日分の計算)は、ほとんど残っている。(手の洗浄での頻度が高かった。3日はもたないようだ)
「同じのでいいか」
「うん」
「もも」
「じぇいもももにするー」
収納家具から、ラップをかけた桃缶を出す(実を食べた残りだ。せこいとか言わないでくれ)。みかん缶は人気がない。
黒の裂け目での保存だが、泥猪のもも肉に腐敗などの状況がまったく見られないことから、もしかしたら中では微生物が存在できないのかも知れない。身体も入らないし。
ペットボトルに蛇腹の漏斗を差し込んでから、桃缶のシロップと水を入れる。
「シャカシャカは自分たちでしろー」
二人はわざわざ立ち上がって、ペットボトルを攪拌してから自分たちの巾着袋に収納した。
そこでようやくに落ち着く。
「時刻は6時半か」
携帯で時刻を確認する。二人の目が期待で輝いているな。音量を絞って、音楽を鳴らす。
行き止まりの村を出たのが4時半だったので、下りるのに2時間かかったことになる。神経は削られたが、行程のほとんどが下り坂だったのは移動時間の短縮に大いに寄与したはずだ。
森の空気が変わってからの約1時間で魔獣との遭遇は1度きりだ。しかも、戦わずに逃げ切れた。幸運だったと言わざるを得ないと思っていた。
まだ、早朝じゃないかって?
起床は4時。日の出が4時半で日の入が18時半。
この星の自転はほぼ24時間だ。と言うか、外宇宙に進出できそうな知的生命体が発生する条件の一つがそれである。
[我の分身を創るために人種は存在する]
携帯や懐中時計の時刻は調整されていた。
[我には造作もない]
太陽の動きと共に生活するのが普通で、ラザロたちの活動が少し遅いくらいだ。
視線を北に向ければ街道が見えるが、すでに往来があるのが分かるだろう。
その村を観察する。
森に相対して、高い木の柵が林立し、その側面の直近で奥まった位置に門扉が配置されている。造りは行き止まりの村に似ているかも知れない。逆か、行き止まりの村が同じように造られているのか。
その門扉だが騒がしい感じがする。どこかに行く訳でもないだが、長柄を持った人が出たり入ったりしている。
森から見慣れない物が出てきたので警戒しているのかと思えば、そうでもない。こちらを指さしたりする素振りは伺えない。
行き止まりの村と同様に森を監視するための高台が見えたので、こちらの動きは知れているはずだ。
数百メートルは離れているので、分かるのはそれくらいだ。
街中では見通すことなど、あり得ない距離だから、目測は適当だが、競馬場の端から端までと同じくらいの感じに見える。
◆
そんな視線を向けられているとは知らない裏荘の村では、ひと騒動が起きていた……
「お前は何故ここに居る?園地はどうした?」
女性は見た目にそぐわない低い声で問う。
「村の周囲で奇怪な現象が多発しましてな。村長として、皆をこちらに避難させました」
行き止まりの村の村長を名乗る者が、それが何かと言わんばかりの表情で答える。
「村ではない。御薬園だ。そして、お前は村長でも何でもない。勝手に何をしている」
彼女の名前はハンナマリ。行き止まりの村、もとい、薬種試験場である“得域御薬園”の園長として、薬師組合から派遣された一級薬師である。
自認村長の言うところの“奇怪な現象”とは、大いなる存在がラザロの器を創る際に発した光や音などである。緻密な作業だったので、気温の変化など外的要因の少ない夜間に推し進めていた。口実として利用されたが、そこは嘘ではなかった。
「そのようなことを言われましても、私は村長として、やるべきことを……」
「黙れ!何度も言ったはずだ、お前にそのような権限はない!私の部下をどこにやった?」
怒り心頭のハンナマリが声を張り上げる。
“得域御薬園”はその頭文字に示されるように、国の主導による事業だ。
地気の濃い森の中での薬種の生育記録や品種改良などを目的として設立された。
配属されたのは、薬師は当然として、そのほとんどが専門家たちである。彼らが研究に専念できるように、食事の世話や物資の運搬など生活の下働きを買って出たのが自認村長たちであった。
そして、ハンナマリが進捗などの報告のために向かった“得域の国”の東都“吉野”からの帰途に寄った領都“高原”であってはならない物を見た。研究途中の薬種が露店販売に並んでいた。
「ああ、彼らなら自ら進んで戦場に赴きましたよ。
戦場では、そりゃもう怪我人も出るでしょうから彼らのような人材は有難いでしょうな。彼らの責任感には感服するものがあります」
文面は立派だが、発せられる言葉には抑揚がなく心がこもってないのが明らかだ。
「私たちの研究は、目の前の十人を救うためではない、未来の千人、万人を救うためのものなのだ
お前のような軽い口で称されるものではない!」
「騒がしいですね。開拓が進んでいるとは言え、森が近くにあります。魔獣を呼び寄せるような行為は控えて欲しいものです」
この裏荘の村長が出てきた。ここが開拓村として拓かれた時から、森はだいぶ後退した。それを誇らしく思う気持ちが態度に現れている。
「ああ、兄貴。この薬師殿に言い掛かりをつけられて困っていたのです」
裏荘の村長は、自認村長の従兄にあたる。
「薬師殿、森からの退避も、かの村の徴兵についても、すべて高原の領主さまの承認を得たものです。書類などで確認されますか?」
「そうか、糸を引いているのはお前か」
思えば、自認村長ら下働きをねじ込んできたのも、この男の差し金だった。
「考えなしに思い付きを口にすると、痛い目を見ることになりますよ」
「“御薬園”は国策だ。いち領主がどうこう出来ると思っているのか?痛い目とやらは誰が見ることになるだろうな」
不安を浮かべた自認村長が振り返れば、裏荘の村長の表情が揺れた。
“得域御薬園”の運営は国費で賄われている。領主はその運営が円滑にすすむように補助することを“義務”づけられているだけだ。
「ふん、利口な犬は吠えないものですが……」
「兄貴、それが分からないのが、バカ犬という奴なんですよ、ハハハ」
根回しによほどの自信があるのか、両村長の笑みが哄笑に代わる。
ひと睨みして、きびすを返すハンナマリに裏荘の村長が一言付け加える。
「ちなみに、この村の薬師も徴兵で戦場に行ってますよ。自らの意志でね」
「お前らっ!」
“御薬園”の喉元とも言える裏荘の薬師は、連絡や手配などで度々世話を掛けているので、当然、ハンナマリとも顔見知りである。と言うよりも、彼女の娘と同期なので、何かと気にかけていた。
ハンナマリも何某かの情報を彼女から得ようとしたところに、その言葉は投げつけられた。
一瞬の空白。
勝者と敗者。
が、焦った様子で駆け込んできた門衛の報告が状況を変える。
「大変です。“青の脚”さまが村に来られました!」




