002 戦乱(後)
明石亜国の木馬が空を舞う。
四つ国の製品とは比べるべくもないが、馬に似た頭部に前脚2本、分かり易く言えば竹馬のような、タツノオトシゴのような姿の“く”の字の摩法具に跨り、空騎兵が空を駆けて城塞に火球を飛ばす。
「何故、摩抜けどもが摩法具を使えているのだ」
それは城塞の摩法障壁にすべて防がれてはいるものの、摩力を持たぬはずの者が摩法具を使えていると言うことが問題だった。
「極都が落ちた理由はこれか?」
「いや、これだけでは考えられない。他の原因があったはずだ」
「ならば将は、裏切りか、もしくは内乱でもあったというのか?」
「そのようなことがあるものかっ!」
城塞の守将が従軍の将に問いかける。二人が高所から戦場を広く見渡す。
反乱軍の数は多いが、大半は軽鎧姿の徒歩だった。それは予想ができた内容そのものだ。
出城の狭間からは弓矢が放たれ、打って出た騎兵がそれを蹴散らしている。
空騎兵の存在は驚いたが、それだけでは城塞の防備は崩せない。
その中には一際艶やかな鎧姿の武者がいる。
「父の名誉を回復せねばっ。
お前らの大将はどこにいる?我アルトゥルが身の程というものを知らしめてくれる!」
「馬鹿な、軍配を持つ者が前線に出てどうする?」
従軍の将はすぐに気づいた。それほどに目立っていた。
「覇気があって良いではないか」
「そういう訳には参りませぬ。他国の預かり者なのですぞ。
失礼、連れ戻してまいります」
「将も苦労性だな」
守将の態度には余裕が見受けられる。
だが、従軍の将が守将とともに居た物見台から城塞内を通って戦場に降りていけば、その短い刻の間に情勢は一変していた。
「いったい、何が起こったか……」
正しく目を離した隙に、自軍の兵士が押されている。と言うよりも敵に背を向けて敗走する姿も見受けられる。
従軍の将が腹に力をこめる。
「……押し返せ。敵に背中を見せるな。魔を吐け、ここが踏ん張り時ぞ!」
退くにしても引き方と言うものがある。背中に目がついていないからには、慌て者はただの的と化すだけだ。そのために遅滞戦闘だとか、殿の部隊を置くなどの戦略が必要とされるが、民兵が参戦したことで指示が行き届かずに完全に裏目に出ている。
居た。
「アルウィル、城塞に戻れ」
御曹司は敵兵に囲まれていた。
アルウィルが敵将を狙うように、敵方も目立つ将校を打ち取るべく動くのは道理であろう。
だが、彼が刃を向ける相手を見て驚愕した。
「あれは……幻獣なのか?」
何故、摩抜けどもに幻獣が従っているのだ。あり得ないことだった。
物見台から指揮をとっている守将の目にもそれは映っている。しかも、似たような個体が戦場に複数、現れていた。
「すべてが、お前らのものだと思うなっ!
フィーラ=アネモネ、こいつらに思い知らせてやれっ!」
召喚者であろう敵兵が叫ぶ。
頭部の区別もなく、直上に口蓋を開けた幻獣が、数本の触腕を周囲に叩きつける。
砂塵とともに味方の兵が宙空に舞った。
アルウィルは大太刀を前面に立てて身を守った。
大太刀は騎乗での戦いを想定した武具だ。大身槍と同じく、絶大な破壊力を持つ武器ではあるが、豪快な取廻しのできない徒歩では扱いが難しい。
つまりは数騎を供に騎兵として出撃して、乱戦に乗鳥を失ったのだろう。
彼の身の回りを固める従者や騎士は何をしているのだ。
一筋の矢が若武者の胸に突き刺さる。
ここは戦場だ。一つ相手に集中していれば完結する修練の場ではないのだ。
「まだ助かる。いや助ける!
死にたくない者は、道を開けよ!」
従軍の将の持つ槍が赤熱する。
そして、投擲。
魔槍がうなりをあげて飛ぶ。
射線上の者は貫き、わずかに触れれば火熱がその者を包む。
手首を返して引けば、魔槍もケラ首をとって返して、その身を投擲者の下に参じる。
「炎喰の赤将だぁー。炎に喰われるぞぉ」
従軍の将は矢傷を負ったアルウィルを脇に抱えて、戦場をさまよう空鳥を捕まえ城塞への道を急ぐ。
頭を下げて姿勢を低くして、夢中に駆く。
不意に攻撃の手が弱まった。
ゆるりと歩く天将とすれ違う。
蒼く輝く鎧姿がはっする気配に、人はおそれ敬い、膝を屈したくなった。
緑青の柄の槍を旋回させて円弧の軌跡を描いた後に、天将は天を衝く。
「我は天が定めし前五の席を頂く風の将ベルンハルド。
我が声に応え、顕現せよ!蒼き天空の覇者テュポーン!」
天将ベルンハルドの基に爆発的な下降気流が襲う。
その周囲の敵も味方も関係なく吹き飛ばされた。
瞬間的な風が止んで、皆が顔を上げた先には、天指す槍に長い尾を絡め、極彩色の羽根を持つ天之獣が居た。
「薙ぎ払え!」
極彩色の羽根を広げた青い鱗を輝かせた“青龍”テュポーンは、尻尾の先端の剣先を相変わらず槍に絡めたままに咆哮を放った。
横薙ぎにされた光線は、一瞬の間をおいて、その軌跡に青色の火壁を一気に立ち上がらせる。
東王に参陣の言質は与えたが、天帝の将たる者が徴兵された民兵とともに戦場までの道を同行するはずもない。
***
まつろわぬ民とも追放者とも呼ばれた摩力を持たぬ者たちが築き上げた国……明石亜国。
彼らは生来の土地に帰るという旗印を掲げて南進を始めた。
かって彼らが流され奪われた“泡沫の島”を取り戻したのは手始めに過ぎない。
戦乱の業火の舞台は四つ国に移り、燃え広がってゆく。
煩門城塞の陥落は想定外であり、戦力の大半を失った得域の国は宗主国である神聖ヴィータに援軍を求める。
見下していた摩力を持たぬ者に対して、わずかな戦力で遅延戦闘を試みるという屈辱を強いられることになった。
一方、明石亜国も恨みの炎を燃やし続けるには燃料が足りない。
戦線が伸びれば、兵站に問題が生じる。勢いそのままに突っ込んでも、訪れるのは敗北のみである。
“泡沫の島”を整備し、戦力を組みなおす時間を必要とした。
両国は互いに和平案を提示。
誰もが欺瞞とわかりつつも相手の手を掴んだ。
つかの間の停戦である。