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019 朝駆け(後)

 夜討ち朝駆けと言えば、新聞記者が取材相手に逃げられないように朝一や就寝時に出向くことだが、逆に魔獣に気取られない時間帯が今なのだ。


「止めるぞ。少し、休憩しよう」

 と言っても、同乗者は幼児だ。集中力は続かないし、無理もさせたくない。

 休んでいる時間はないが、休む必要もある。こう言うのを、二律背反(antinomy)と呼ぶのだろうな。

 うーんと背を伸ばし、血流を全身に巡らす。

 姉弟たちがわざわざラザロの両側に立って、うーんとマネをする。

 ラザロは風に気配を聴く。

 周囲に騒がしい気は感じられない。

 が、村に水を引いていた元の川を隔てたその先には、絶対に触れてはいけない存在がいると知らせてくる。

 水は地気を通さない。ラザロも村の水路に手をつけて、“空気の球”を作ろうとしても出来なかった。


 そのためか、魔獣の縄張りも河川を境にすることが多い。

 ちなみに、行き止まりの村の周囲の地名は“神領”と、また、銀喰川の向こう側は“鬼籠”と呼ばれている。(銀口(アユ)食川)


 姉弟はそれぞれに自分たちの名前が書かれた巾着袋から、おやつの入った袋を取り出す。

 その中には、醤油が香ばしい煎り大豆に、蜂蜜をつけて焙られた小魚と、出汁と生姜が効いた燻製肉が入っている。

 どれにしようかと明後日を向いて二人が取り出したのは、奇しくも同じというか、明らかに手探りで選んだ“小魚”である。甘塩っぱいそれは二人のお気に入りだ。

 特にお腹が空いていた訳でもないので、一つを口に運べば満足して、少しべたついた手を腰に下げたタオルで拭った。

 トマト染みのついた前掛けタオルは、トグルボタンが縫い付けられて使いやすくなっている。

「水分も補給しとけよー」

 自動車旅行(ドライブ)と違って、機体に乗っている間は飲み食いする余裕はない。どちらかと言うと、それはアトラクションに近い。

 ペットボトルの蓋を開けるのも、もう手慣れたものである。

「「ごくごく、ぷっはぁー」」

 中身はパイン缶の汁がほんの少し混ぜられた白湯である。わずかに甘い。

 あの収納家具(スリムチェスト)は、この世界の物品は無理だが、ラザロの世界から持ち込まれたものについては点数を消費して複製してくれるようだ。なので、姉弟の下着も予備が巾着袋に入っている。部分的にこちらの世界の円環を使ったネクタイ腰帯(リメイク)は複製不可だった。

 喉を潤したら、今度は地面に何かを探し始める。

 ひと時もじっとしていない。休憩になっているのだろうか。

「ないなー」

「じぇい、こっち」

「おおっー」

 しゃがんだ二人が小石を手に取りつつ品評している。

 腰に挟んだY字型の木の枝を取り出して、選んだ小石を革紐で挟んで引っ張ってみる。木の枝と革紐を繋ぐ素材はゴムには見えないが伸縮性があるようだ。

「いいかんじー」

 無邪気に喜ぶ弟くんと、小石を掴んでにやりとするねいちゃである。

 スリングショットはおもちゃの扱いではあるが、販売には法の規制を受けることから分かるように威力のある代物である。

 姉弟たちの場合も小石を投げるのに比べて、威力・命中力ともに数段上になっている。

 ラザロからも人に向けてはいけないと教えられてから渡された。


 ラザロは一息ついた後に、機体に緩みなどが出ていないか調べていたが大丈夫と判断したようだ。

 樹々の隙間からは暁光が漏れ始めた。

 ラザロにかくれんぼは通用しない。

「走り出したら~きっと止まらない~♪」

 鼻歌まじりに、見つけられた。(隠れていた訳ではないが)

「じぇいもねいちゃもつっかまえたっ。

 いいもの、見つけたかー。トイレしたら、出発するぞ」



 運転席は狭いが、内側はクッションが効いている。

 ヘチマたわしが詰められて、敷布で覆っているからだが、そのためかあまり窮屈に感じない。

 姉弟が乗り込んだのを見て、鉄板下に“空気の球”を作る。

 少し持ち上げられた後に、少し沈み込む。ちょっとした浮遊感は未だに落ち着かない。

「二人とも、合図を頼むぞ」

「「しゅっぱちゅー」」

 ラザロは殊更に明るくふるまうが、どこまでこれたのだろうか、姉弟の村は森を抜けた先にあるようだが、後どれくらいだろうか。

 朝陽に照らされて、森の空気が変わり始めたのを感じる。

 今だけは二度寝でもしていてくれないかと願う。


 気は焦るが、減速は出来ている。

 病後は我慢が出来なくなったように感じていたが、しっかりと自制は効いている。(我慢が効かなくなったのは年齢のせいじゃない)

 幼児に対する責任感の方が上回っているというだけかも知れない。

 焦って良いことは一つもない。

 淡々と一つ一つの事を確実にこなしていくのが、(業務を)早く仕上げるコツだ。


 “風の感覚”を発動し、路の状態を探る。

 石ころ程度なら弾いてしまえば良いが、倒木などがあれば停止せざるを得ない。

 “風の感覚”による障害物認知から実際に停止できる距離を見極めた速度が、現状における加速の限界になる。

 また、不意を突かれるのを避けるために斜め後ろの宙に“風の結界”を回している。

 機体を浮かすために“空気の球”も発動している。

 現状、摩法は3手までなら安定して発動できるが、これ以上は機体の操作が乱れる可能性があるので実質は不可能だ。



 そして、恐れていた時が来た。

「来る!くっ、速い」

 明らかにこちらよりも速い。確実に迫ってくる。

 せめて自由な進路を取れればと思うが、ここは森の中の細い杣道だ。

 ちらりと背後を見る。四つ足の獣だ。こちらの軌跡を辿る一匹に追いつかれそうだ。

 “風の結界”を角度を深くして後方に向ける。

 結界と言っても、それは風の輪なので、火の輪くぐりのように中心を通り抜けてこられる心配があるが、その前にそれは地面を削る。

 バ、バ、バ、バ、バッ。

 土を巻き上げる。

 迫ってくる獣を襲う。と言っても、痛手(ダメージ)はあまり期待できない。ほぼ、目眩(めくら)ましだ。それでも、獣との距離は稼げた。

「次は左から来るぞ。二人とも頼んだ!」

 姉弟はヤル気充分だ。

 川が近いためか、右側に回り込む個体がいないのが幸いだ。

「まかちぇて」

「出番!」

 訓練通りに身体を起こすことなく、スリングショットを引く。

 バシュ!

 狙いをつけて放った。

「う~ん、いまいち」

「じぇい、次っ」

「わかっちぇるのに、ねいちゃはも~」

 倒せなくとも良い。牽制ができれば、時間が稼げれば……。

 きゃん。

 あっ、当たったみたいだ。

 弟くんが鼻の穴をふくらませて、拳を握る。こっちでも、そのポーズなんだね。

 こっちを見てる。

「上手だ、センスがあるな。もっと頼むぞ」

「ふふん♪」

 このやり取りの間にねいちゃが二度三度と当てている。


 長く感じたが、恐らくは2-3分だったと思う。

 唐突に、魔獣が引いた。

 野生の肉食獣の狩りでも、数十-数百メートルの突進(ダッシュ)の1-2本がせいぜいだ。(無理して怪我をする危険(リスク)をとらない)

 訓練された猟犬でもない限り、数十kmも疾走は出来ないだろう。

 そう考えた危うい賭けだったが勝てた。


 そして、視界が広がる。森を抜けたようだ。


筆者注)姉弟が行き止まりの村に連れてこられたのは雨の日でした。

雨は魔獣の活動を低下させますが、一方、ラザロは“風の感覚”が使えなくなり事故る可能性が高くなります。

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