018 朝駆け(前)
行程は幼児たちへの聞き取りから一羽立ての鳥車?(馬じゃなくて、でかくて飛べない鳥がいるらしい)に乗って片道で半日と想定しているが、途中で不具合が起きて立ち往生などの事象は避けたいので、村の外部を周回して機体の問題点の洗い出しに努める。
駅馬車が5-6マイル(10km/h)くらいだったらしいので、全行程で40kmと予想する。およそ東京-横浜間くらいか。現代なら電車でも車でも40分くらいだ。もっとも、その鳥が恐竜みたいなのなら、おっかないし、まったく想定と異なると思う。
幼児の歩ける距離の目安は、年齢=kmだと言う。歩く速度も遅いし(走られると転びそうなラザロでは追いつかないが)、興味が他に移って横道にそれるなんてことはありふれた事だ。むしろ、自分の興味を探し廻って一日を過ごしていると言っていい。
そんな幼児たちが食べ物を探すことだけに日々を過ごしていたと思うと、ラザロには怒りしか湧いてこない。殺戮衝動とも言う。
[さすがは、我が殺戮の人柱だ]
村の外を一回りして気付いた。
機体には関係ないが、幼児たちが住んでいた村は外畑側の先にある。
そして、今いる村は社会との繋がりがそちら側にしか見いだせない。他に貨物を運搬できそうな路の形跡がない。行き止まりの村のようなのだ。
つまり、森に相対した先端の尖った丸太製の柵に連なる二重扉が正門ではなく、外畑との境にある勝手口のような貧弱な門がこの村の正門になるようだ。見た目ではなく、あくまで実利を優先している様子から、この村の立ち位置と言うか、まちづくりにおける概念のようなものが見えてくるように思える。
高低差や地面状況は、目視よりも“風の感覚”の方が正確で、経路選択は容易だった。旋回もある程度の速度があった方が安定することが分かった。
下り坂では後部に重心を移動させて減速し、登り坂では降りて押すのが最も安全でかつ楽だった。
訓練も慣れてきた頃にはコースも覚えてしまって、登り坂では止まる直前でひょいと通りて押してまた飛び乗り、コースもぎりぎりを攻めるみたいな、競技感覚で挑んでしてしまった。
幼児たちも上り坂ではラザロが降りた後にすぐに後ろに移動して(後部に重心を置いた方が押しが安定する)、曲がる場所でも片側に寄るなどの手法をすぐに身に着けるなどノリノリで、遊びだと思っているのか吸収するのが早かった。
修正箇所は、フロントノーズに返しを天端につけたV字のバンパーを、また、乗員席前に風防をつけた。
両方とも、跳石を避けるための仕様だ。バンパーで機体にぶつかった石などを上部ではなく側方に流し、風防でさらに安全性を高めると言った具合だ。
風防は村長宅の窓ガラス?を再利用した。軽い上にほぼ透明だが、金槌で叩くと変形し、釘を打ち込むとそのままに刺さり、どちらも割れない。ガラス板でもないし、アクリル板でもなさそうだ。何かの樹脂だろうか、原材料が分からない。
◇
恒例となった朝のトイレタイムを経て、朝食を済ませた姉弟に問う。
「昨日、教えた事を覚えているか。
村の人に、この人は誰ですかと聞かれたら何と答えますかっ?」
ラザロが自分の鼻を指す。
「ラッ、ジジィ」
「じじ」
弟くんの返答がだいぶ微妙だが、一時の事だし大丈夫のはずだ。答えた後は、褒めてって顔してたし、たぶん、きっと、おそらく?
交渉するのに、他人よりはマシだろうと遠縁の“おじ”と言う設定にした。血縁有りとした方が多少なりとも話が進めやすい気がしただけが、小父(よその大人の男性の意)であることは間違いないし。
「じゃあ、出発するか。忘れ物はないなー。
昨日も説明したとおり、着くのに時間がかかりそうならここに戻ってくるかもしれないからな。そのつもりで」
実は行路も分かっていない。
姉弟を置いて一人で先に行路を調査すべきとも思ったが、二人が“また置いて行かれた”とか思うかも知れない、心が傷つくかも知れないと思うとその選択は出来なかった。
「ちゅもりでー」
「わかったー」
着替えや非常食などを詰めた巾着袋を背負った姉弟が元気いっぱいに手を挙げる。
大事な物は“黒の裂け目”にしまったし、機体の前部にも昨日のうちに荷物を詰めた。準備は万端のはずだ。
さてと、無人どもに反省を促しに行くとするか。
***
森を出て採取・狩猟文化から、平地に定住し農耕文化を営み始めることが、文明を生み出す端緒となったと言える地球人類だが、その森に神代から強大な魔獣がいたこの世界で人種はどのように文明を築き上げていったのだろうか。
そこを記し始めると別の物語になってしまいそうだが、人種が平地に農耕文化を作り、そこから職が派生し、社会階層や格差が生まれ、と言った流れは変わらない。
地球の四大文明がそうであるように、水源である河川と農地に適した平地に人種は文明を築いた。
そして、その場の環境の破壊(それが文明というものだろう)をしつくしせば、次に目を向ける先はこの世界の“力の根源”たる森となる。
人の口の端にのぼる時は、“御山”と称されることが多いが……。
***
行き止まりの村を出てから先に続くのは、ずっと下り坂である。
背後の森と言ったが、村を出てからも杣道の両側には森がある。
樹々の陰を、龕灯の光線が切り裂く。
幸いにして、路は一本道だ。路が分かれるということはそれぞれの先に目的地があるという事を示す。
坂道と言っても、鳥車が行き来できる勾配なので緩やかではあるが、放っておくと止まることなく加速してしまうので、減速から尻を離せない。
ラザロとしては、この朝の時間帯に少しでも距離を稼ぎたい。
姉弟には出発前にあの村に戻る可能性を話したが、彼の中では実は一発勝負のつもりなのだ。
二人が言うように、朝にはわずかだが魔獣の活動が沈黙する時間帯がある。それはあの村の高台に上って、森の気配を何度か探ったことからも確かだと思っている。
夜討ち朝駆けと言えば、新聞記者が取材相手に逃げられないように朝一や就寝時に出向くことだが、逆に魔獣に気取られない時間帯が今なのだ。




