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014 光る釦

 生命線だった“薬箱”が現れない。

 泣く弟くんに話を聞いたら、天板にあった(ぼたん)を押したら、“黒の裂け目”が閉じてしまったらしい。

 確かに暗闇の中に光る釦があったら押したくもなるか。


 自分の失敗だった。

 “黒の裂け目”には手足は肘膝までしか入らず、頭を突っ込んで覗き込もうとしても手では触れない何かに額をぶつける。冗談混じりに尻なら隠れるかとやってみたが入らなかった。(だって、資源回収(リサイクル)の位置が気になるよね)

 それで安全だと思ってしまった。

 幼児たちに注意喚起を怠ってしまった。


「大丈夫だから。チェストもお休みしたくなったんだよ。一眠りしたら、また“おはよう”ってしてくれるから」

「ほんとぅ」

 切に、そうだと思いたい。

 姉弟たちにとっても、“黒の裂け目”に慣れてからは、あの収納家具(スリムチェスト)はいろいろな物やおいしい食べ物が出てくる不思議で大事な箱だと認識している。

 それを消してしまったかもしれない。

 もう使えないかもしれない。

 たいへんな事をしてしまった。

 幼くても、自分が悪いことをしたと思っている。

「チェストが起きたら、ごめんなさいしようね」

「う…ん」

 ちょっと自分でも何を言っているのか分からない。

 分からないことをしてはいけないと怒るのが正解なのか、大丈夫だと慰めるのが正解なのか、誰か教えて。独り身のおじさんにはそんなん分からんて……。


 自宅にあった時と比べて、天板の上が祭壇になったり、天板の正面に刻まれた数字と点灯したボタンらしきものがあったのは知っていたさ。

 横から見れば、正面から見た感じのままに(もや)っとした数cmの厚みがあるだけで、中は奥行きがあるのは不思議(ファンタジー)としか言いようがないし。それを言い始めたら、“黒の裂け目”自体も、今の現実も幻想(ファンタジー)なんだと思えるけど。

 落ち着いたら、検証しようとも思っていたよ。

 でも、ちょっと出来事(イベント)逼迫(タイト)すぎんだよ。

 心身ともにぼろぼろな幼子に服を着せて、飯を食わせたら、魔獣に襲われて、退治して……ほら、検証する余裕なんて無いじゃないか。

 誰も悪くない……と玉虫色のいい訳してみる。



 ラザロが肉を薄切りにしていく。

 ねいちゃが(敷布を切断した)布ではさんで水気をとる。

 弟くんが調味料の入った収納パックに落としていく。

 暗い。

 会話がない。

 ラザロも姉弟もハンカチーフのマスクをしているし、手には使い捨てのポリエチレンの手袋をしている。衛生を考えれば、それも良しとすべきだが。

「こんな空気で作る飯がおいしい訳がない。ちょっと、待ってろ」

 気分転換が必要だ。


 もう充電も終わってるはずだ。

 携帯用(ポータブル)太陽光発電機(ソーラーパネル)、15×15cmが6枚の折り畳み式のおもちゃのような製品だが、携帯(ケータイ)の充電には充分に使える。

 他の利用はICレコーダーとカードラジオの充電電池のみだ。自宅避難の場合はもっと用途があったはずなのだが、シェイバーも洗面所だし使いどころがない。もっとも、その携帯でさえ通話もネットも通じない状態なので使える機能は少ない。


 戻ってきたラザロが手の平をくるりと回転させて、金属板(ケータイ)を卓に置いた。

 途端に音を奏で始める。

 姉弟の身体がびくっとする。目が大きく見開かれた。

「料理は楽しんで作らないと、おいしい物ができないんだ。大事なことだから、覚えておくんだぞ」

 姉弟に萌え萌えキュンキュンとか始められても困るが、愛情のスパイスは大事だろ。

 掛けた音楽は、ケルト音楽だ。ちょっと冒険に出かけたくなるやつである。

 肉がたまに宙を舞ったりしてるが、さっきの状況よりはいいだろう。

 姉弟にはすでに一度は携帯で子守唄を聞かせているはずなのだが、携帯(これ)だとは気づいていなかったようだ。


 えっ、音で魔獣が寄ってくるんじゃないかって。

 木を加工し、皮をなめし、金属を整形し、様々な生活音に村は満たされていたはずだ。

 この程度で寄ってくるようなら、村は魔獣に飲み込まれていたと思う。


 尚、夕食は芋とレバーの煮込みになった。

 顆粒だしの代わりに醤油を使い、乾燥パセリのかわりに裏庭葉っぱを砕いて使ってみた。

 ラザロは胡椒を追加で足し、姉弟は食材についた葉っぱを煮汁で洗ってから食べた。


 ◇◇◇


 まだ少し薄暗い中、室内が騒がしい。

 どうやら、(ジェイド)くんがトイレに行きたいらしい。2回目にして、すでに恒例になりつつある。

 ねえちゃ(アンジュ)龕灯(がんどう)を使って、“行ってこい”しているが、弟くんは暗いのは怖いらしい。村の共同便所に換気の開口はあるが、明かり(とり)ではないんだよなぁ。

 まあ、怖いもんは怖い。理屈じゃないんだよ。

「よし、全員でトイレに行くぞぉー」

 姉弟を抱えて、薄暗い中を駆ける。

 ねいちゃは抱えられながらも、龕灯(がんどう)で先を照らしている。

「おおっー」

 こっちは楽しんでいるな。暗い中、光線が闇を裂くのは面白いよね。

 三人でさっぱりして水場で手を洗っていると、夜が明けてきた。

 皆で朝日に向かって、背伸びする。

「うん?」

 昨日は本当に大変な一日で、翌朝は筋肉痛で起きられないんじゃないかと思っていたが、確かに少しは疲れがあるものの意外と平気だ。

 これも幼児たちに対する責任感が為す現象と言えるかも知れない。(いえ、左半身が躯体に置き換わった影響です)


 やっぱり肌寒いので、夜干ししておいたシャツと脚衣を身に着ける。乾いてはいるが、少しクサイ。

「よーし、顔と歯を洗ってさっぱりするか」

 “薬箱”から歯ブラシを取り出し歯磨き粉をつけて姉弟に渡すが、姉弟の視線の向かう先が違う。

 ねいちゃが指さす先には“薬箱”がある。

「あっ」

 考えずに出していた。慣れというのは怖いな。

「おはよ。ごめんなちゃい」

 噛んだ。が、謝っている。

「ちゃんと、できたな。えらいぞー」

「えへへ」

 弟くんの頭を撫でれば、身体全体をぐにゃぐにゃさせてる。

 ねえちゃもジェイの頭なでに参加する。

「いいこ、いいこ」

「ねえちゃもいいこ、いいこだ」

 アンジェの頭も撫でる。

 三人の顔に笑顔が輝いていた。


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