001 戦乱(前)
プロットは決まっていますが、良い感じのタイトルが思いつかない中で冒険を始めます。
001-002は物語の背景から、主人公は003から登場です。
聖高岸歴794年
四つ国のひとつ 得域(の国)は東都と称される吉野
陽光は差さない閉じられた部屋の中で、たくさんの燭光が照らす大きな机の上に地図を広げて、数人の鎧姿の者たちが議論を重ねている。
「情報局からの報告では、明石亜国は更なる侵攻を目論んでいるとの……」
明石亜国は追放者たちが築いた国であり、摩力を持たぬ者がいくら集まろうとも自分たちに反抗の拳を振り上げることはできまいと高を括っていたのだ。
兵が警備する扉が予告もなく開かれた。
王侯たちの視線が向けられる。
天将ベルンハルドだ。
東の護り手として東都に滞在はしているが、彼は彼の自由意志の基で動く。誰もそれを止められない。彼ら天将に対して、唯一それが出来るのは“神聖ヴィーダ”の聖帝だけである。。
「極都 狭門が落ちた!」
「何っ?」
視線を集めた将の発言に場に衝撃が走る。
その報せは、得域の国よりさらに北の“泡沫の島”に位置する端外の国が追放者たちの手に落ちたということである。
「硬松の泊が落ちたとの報せがあったのは、つい先日ではないか。伝えるのを怠っていたのか」
松は待つにも末の意にもつながる。泊は舟が停泊する場のことだが、止まりの意も持つ。
「摩抜けどもに国を抜かれるなど、なんたる失態か」
「その後の蛮族どもは?」
「分からぬ」
王侯たちが思い思いに発した言葉を受け取った天将ベルンハルドが首を振る。
「極都が落ちたとなると、明石亜国は勢いのままにこの国にも攻め寄せてきましょう」
「ここに達するのも時間の問題ということか……」
硬松泊は北限の地。
追放者たちが最後に人の世を離れる港の名であり、それを見下ろす砦の名である。
端外の国は入植を進められて出来た若い国であり、宗主国“神聖ヴィーダ”に海産物を送ることを礎とし、国の存続・発展を為してきた。
この島が“泡沫の島”と呼ばれているように、古くは摩力を持たぬ者たちを追放してきた土地だ。入植により、その地を開拓していた彼らをさらに北に追いやった形になる。
摩力を持たぬ者など、人ではない。
力の差は歴然としている。そう考えてきた彼らは追放者たちに備えるということはしてこなかった。
端外の国の極都 狭門までは、砦どころか防御に適した要害の地も存在しない。
対岸が見えるとは言え、海を隔てていたのだ。地の利まである。備えを不要としてきたのも、理解できない話でもあるまい。
「我が国の煩門は古から門を務めてきた地。それも信用できぬと?」
“泡沫の島”が摩抜けたちの追放の地だった頃は、海が恐ろしい音をたてて渦巻く煩門が硬松の泊の役目を果たしていた。
「しかし、何もせずという訳には……」
「民を徴集して兵役につかせればよい」
「私が行こう!」
東の王の発言に天将ベルンハルドが力強く応える。
「天将さまの力をお借りできるのならば、解決したも同然ですな」
宰相も安堵の息をつく。
「ご一緒させてください」
「隣する“薫る水の国”と我が祖国“神聖ヴィータ”にも御一報を入れられるように」
場が慌ただしく動き出した。
「天ヶ原の加護を其方らに……」
「力を示して参ります」
東の王が軍配としての剣をアルトゥルに授ける。
天将ベルンハルドと共に参陣を望んだアルトゥルは最初に落ちた硬松の砦を守っていたアルヴィン侯の子息に当たる。敗績の報を隣国に伝えるための使者の役を終えた彼は次に名誉の回復の場を求めた。
緊急に参集された兵は1500人。
その者たちが見守る中で、アルトゥルは剣を掲げ威勢を示して見せる。
◆◆◆
端外の国/得域の国 国境付近
得域の国 煩門城塞
城塞の守将らが見守る中で、徴集された民兵たちが訓練をつけられている。
具体的には、合図に従って摩法を放つことと身を隠すことだ。
しかし、そんなことさえもバラバラでとても実戦の用に立つとは思えない。
「使い物になるのか。あんな者どもが?」
ここに立つ日々を過ごす守将にとっては、彼らは護るべき存在であり、これからも護っていく存在だ。
「そんな言い方はよせ」
戦いを知らぬ者が、一度の訓練で歴戦の古武者になることはない。
徴集された民兵たちはここで経験を得て、端外の国の解放のための義勇兵としての活躍が見込まれている。
守将にはそれが甘すぎる考えにしか思えない。
「頭数だけを揃えても役には立たぬと言って居る。魔獣に襲われても助けが来るのを待つ者たちだ」
訓練と実戦は全く違うものだ。一度でも戦場を経験した者としていない者とでは雲泥の差がある。
「祖国の為と集まってくれた者たちだ!」
守将の言動からは我々の事が信じられぬのかと伝わってくる。しかし、言わずにはいられない。
「これから戦いだと言うのに、護る者を増やしてどうする?」
城塞の守将が首を振りながら、従軍の将の前から立ち去った。
「大丈夫ですか。水です。飲めますか?」
「ありがとうございます」
形式上の軍配は受けたが、実際に軍を統率する立場にはないアルトゥルが民兵を激励して回る。
隣国では候の身内かもしれないが、それを以て他国で軍の指揮をとることはあり得ない。が、援軍の旗印としては都合が良い。
思いつめた顔の若者がいる。十代のアルトゥルに対して、数歳くらい年上に思えた。
「立たなくても、大丈夫ですよ。今は休んでください」
声を掛けられた者は、偉い立場の者の前では座ってはいられないと姿勢をただそうとする。
「いいえ、そういう訳にはいかないんです。
私たちはここで死ぬ訳にはいかないんです。家に帰らなくては……」
「普段、使わない摩力を急激に使うと立ち眩みを起こすこともあるそうです」
その民兵の切羽詰まった感じが気になったのか、なおも話しかける。
「平気ですか」
「はい、残してきた幼い子供たちが心配で……」
アルトゥルの真情が届いたのか、その者もわずかに本音を覗かせる。
「みなさん、故郷も心配ですよね」
「妻も連れてこられたので……」
私たちを同郷の者と言う意味に捉えたのだが違うらしい。
「えっ、他にご家族の方がいらっしゃるのですよね」
「私たち夫婦の父も母も死にました。偉い人たちは開拓村の厳しさを知らない」
アルトゥルは混乱した。
得域の国ではどのような徴兵制度を強いているのだろうか。
自分たちの祖国“端外の国”――その国体も今は危うい状況だが――では、次男、三男など子息が複数いる場合の志願は受け付けているが、規則では夫婦に幼い子供がいる場合は片親しか徴集してはならないことになっている。戦に勝っても、民がその命脈をつなげないのなら本末転倒と言えるからだ。
「では、手違いなのですね」
アルトゥルはその足ですぐに軍務官をつかまえた。
「どこの領地だ。すぐに除隊の手続きをさせよう。まったく、面倒な手間を増やしてくれる……」