始まり。ルート その2
家につく前に、ルートは、ジャイアントウルフの素材を売り、その金で借金の返済を済ませ、道具屋で双眼鏡を入手した。ジャイアントウルフの素材は、ルートの想像していたよりも遥かに高額で売ることができた。一気に借金の返済を終わらすことができるどころか、高価な双眼鏡の入手までできたのだ。この双眼鏡はかなりの高性能で、50倍もの性能を誇るのだ。
ルートは、ある仮説を立てていたのだ。「距離なし」というスキル。距離の概念がなくなる、ということは、どんなに距離が離れていても関係ないということ。つまりは、どんなに離れたところでも斬ることができるということ。だから、双眼鏡を購入したのだ。試しに、ルートは自分の部屋の窓から、双眼鏡を使って山の方を眺めてみた。
「おお、よく見える。さすが50倍だ。」
ルートの目には、遠くの山にある木に止まっている鳥の姿がハッキリと見えていた。
「さて、やってみるか。」
ルートは、双眼鏡と一緒に購入した小剣を手に取り、双眼鏡を見ながら双眼鏡に映る鳥を斬るようにナイフを振りかざした。
「やっぱり、思ったとおりだ。」
双眼鏡には、小剣によって真っ二つに斬られた鳥の姿が映っていた。ルートの仮説通り、「距離の概念がなくなる」というのは、どんなに離れたところにある物でも斬ることができるのだ。しかし、それだと、スキルの説明の項目には「距離の概念がなくなる」という表記ではなく、「どんなに離れた物も斬ることができる」という表記になるはず。このスキルには。まだまだ可能性があるはず。ルートはそう思った。
「これは、とんでもないスキルなんじゃないのか?使い方によっては、世界最強なんじゃ。」
「距離なし」というスキルの底知れぬ可能性を知ったルートは高揚していた。
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二ヶ月後、フィスト一大きな国に来ていたルート。この国では、魔道具と言われる物が売っている。その情報を知ったルートは、自分のスキルを最大限生かすことができる魔道具を求めてやってきたのだ。
「へい、いらっしゃい。何をお求めで?」
魔道具を扱う店の店主がそう声をかけると、ルートは店主に近寄り質問した。
「透視できる魔道具はあるか?」
ルートがそう質問すると、店主はいやらしい表情になりルートに、質問を返した。
「なになに、あんちゃん。覗きでもするのかい?」
「いや、そんなんじやないよ。」
「へえ?そうかい?まあ、ワシには関係ないけどよ、あんちゃん。魔道具ってのは、高いよ?あんちゃんは、そんな金、持ってるのか?」
「持ってなければ、ここには来ないさ。で、あるのか?」
「まあ、あるにはあるけどよ。金さえ払ってくれれば売ってやるよ。」
「ああ、よろしく頼む。」
そう言ってルートは、店主の目の前に、金貨がいっぱいに詰まった袋を置いた。
「おう、これだけあれば十分だ。待ってろ、今、奥の倉庫から持ってきてやる。」
そう言って店主は、店の奥に入っていった。
『緊急事態発生!緊急事態発生!北の平野より、魔族の大群が押し寄せてきた。緊急事態発生!緊急事態発生!北の平野より、魔族の大群が押し寄せてきた!』
店主が戻ってくるのを待っていると、急にサイレンとともに、このようなアナウンスが町中から聞こえてきた。この国は、国中にスピーカーが設置してあり、緊急時には、町中に知らせることができるようになっているのだ。すぐに避難ができるようにと、国王が国中に設置させたのだ。
『兵士と冒険者は、魔族に対抗するために、北の平野に向かうのように。これは国王からの命令である。繰り返す。これは、国王からの命令である。』
国王からの命令となれば、国中の兵士と冒険者が全て北の平野に向かうだろう。それすなわち、人間と魔族との全面戦争を意味する。人間と魔族両方、相当大きな被害が出るだろう。ルートも冒険者だ。国王の命令に従い、すぐに北の平野へと向かうため、店を出ようとした。
「待ちな、あんちゃん。ご要望の品だ、持ってけ。」
店主は店の奥から出てきて、ルートに声をかけた。
「ああ、ありがとう。」
ルートはそう言いながら、すぐに店から出ていった。
「いや、あんちゃん。魔道具いらないのかよ。いくら急いでいるからといって、受けとるぐらいの時間くらい、どってことないだろ。」
店主がそう言うのも当然だった。ルートは、店主が声をかけたにもかかわらず、すぐに店を出ていってしまったからだ。代金を受け取ったからには、商品を渡さなければならない。それこそが商売だからだ。
「全く。せっかちなあんちゃんだったな。ん?あれ?」
店主は、ある異変に気付いた。持っていた魔道具が消えていたからだ。
「あれ?どういうことだ?魔道具は、あんちゃんには渡していないのに?」
店主には、魔道具が消えてしまった理由は分からなかった。ルートは、店主が出てきたことで、魔道具が視界に入った。ルートのスキル「距離なし」により、視界に入ったものは、全て触れることができるようになったのだ。スキル「距離なし」は、距離関係なく攻撃できるだけでなく、視界に入るもの全て触れることができるのだ。まさに、距離という概念がなくなる、ということだ。
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ルートは、北の平野へと向かっていった。すでに、多くの兵士や冒険者が、北の平野へと向かうため、町の出口の大門に集まっていた。
「何てこった、こんなに大勢が集まったのか。こりや、出るまでに時間がかかるぞ。そうしている間にも、魔族の大群は、どんどん近付いてくる。参ったな。」
一人のベテラン風の冒険者が、そう溜め息をはきながら呟いていた。確かに、大門の大きさからすると、一度に出れる人数は限られてくる。こんな状況では、人間は、圧倒的に不利。魔族にとっては、いきなりの先制攻撃、奇襲は成功と言ったところだ。
人間側からすれば大ピンチ。迎撃の準備も整っていないこの状態では、敗北は明らか。だが、この激突で負ければ、人間が魔族により大きな侵略を許すことになってしまう。それだけはさせるわけにはいかない。兵士や冒険者達は、その事を皆分かっていたからこそ、誰も逃げ出す者はいなかった。
「ここでのんびり待っているわけにはいかないな。それなら、大門の上にある高台へ移動し、そこから迎撃するしかないな。」
ルートがそう言うと、ベテラン風の冒険者がルートに反論した。
「おい、お前。高台に行くのは良いアイデアだと思うが、あれを見てみろ。高台へ上る階段も、長い行列が出来ている。弓や魔法が得意な者は、みんな高台へ向かってるんだ。どっちにしろ同じだよ。」
「いや、そんなことはない。なぜなら、俺には、高台が見えているから。なんなら、あんたも一緒に行くか?」
「はあ?どういうことだ?」
ルートはそう言って、ベテラン風の冒険者の腕を掴んだ。
「何すんだ?」
ベテラン風の冒険者がそう言った瞬間、二人は、一瞬にして高台へと移動していた。
「こ、これは?お前、瞬間移動のスキルを持っているのか?」
「まあ、そんなところだ。」
もちろん、これも、ルートのスキル「距離なし」によるもの。「距離なし」は、視界に入るもの全て触れることができるだけでなく、視界に入るもの全ての場所に一歩で移動することができる。まさに、距離の概念がなくなる、ということだ。
「どれどれ、おっ、魔族の大群が見えてきたぞ。」
ルートは、驚くベテラン風の冒険者を相手することなく、すぐに北の平野へと視界を移した。ルートの目には、相当な数の魔族の大群が映っていた。軽く10万は越えているであろう。高台にいる他の兵士や冒険者達は、その数に圧倒されていた。
「な、何て数だ。こんなの.勝てる訳がない。」
「いや、それでもやるしかないんだ。」
この絶望的な状況に恐怖する者、自分自身を鼓舞する者等、様々な反応を見せていた者の中で、ルートだけは冷静だった。
「さあ、やりますか。」
ルートはそう言いながら、背中に携えていた大きな剣を手に取り、横向きに大きく振りかぶった。
「お、おい、お前、こんなところで剣を構えて、どうするつもりなんだ?」
ベテラン風の冒険者の質問に答えることなく、ルートは一気に大剣を振り払った。次の瞬間、10万を越える魔族ほぼ全員から、ギャアアアという、痛ましい叫び声が聞こえた。10万を越える魔族が一斉に叫ぶものだから、その音量は桁違いだった。高台や大門、建物全体が大きくグラグラと揺れていた。
「な、なんだ、何が起こった!?」
ベテラン風の冒険者が、揺れが収まるやいなや、そう言いながら北の平野を見ると、なんと、魔族の大群の動きはピタリと止まっていた。魔属は皆、ルートの攻撃により、全滅していたのだった。
「ま、まさか、おれ、お前がやったのか?」
ベテラン風の冒険者は、そう言いながら、恐る恐るルートの方を見た。ルートは、息をするのと同じように当然の事をしたまで、というような態度で、剣を元の位置に戻していた。あれだけの魔族の大群を倒したにもかかわらず、表情一つ買えないルート。ここ二ヶ月、ルートは、自分のスキル「距離なし」を活用し、様々な所で、スキルの実験をしながら魔物や魔族を討伐していた。当然、今回ほどではないが、魔族や魔物の大群を相手にしたこともある。だから、今回の事も、ルートにとっては、決して特別な事ではなかったのだ。
一度に10万を越える数の魔族を斬り殺してしまうほどの強力な斬撃も、スキル「距離なし」による物だった。説明するのが難しいが、例えば、1㎞先にある物は、とても小さく見える。人間ならば、豆粒程度の大きさにしか見えない。それを、手元の剣で斬るとしよう。1km先の物など、自分の手ですっぽり隠れてしまうもの。遠近法としての考えだと。1km先の物より、手元の剣の方が、遥かに大きく見えるはずだ。ここで、距離の概念をなくしてみよう。手物にある剣の大きさをそのままの大きさで1km先にたるとしてみたら、実際の1km先では、とてつもない大きさになっているはずだ。そんな巨大な物で斬りかかれたとしたらどうだろう。それこそ、防ぎようがなあ最強の一撃となるはずだ。
こうして、ルートは、強力な魔物、魔族を次々と討伐していったのだ。魔族側からすれば、何者かにより、多くの強力な魔族が殺され続けているという異常事態。しかも、防ぎようがない。だから、焦った魔族側は、人間に対して総攻撃を仕掛けたのだった。だが、それも、無駄に終わってしまった。ルートの一撃で全滅してしまったのだから。
ルートによる魔族の大群の討伐。その様子を見ていた者達は、ルートを大きく讃えた。
「うおおっ!凄いぞ。」
「まさしく勇者だ。」
「いや、神だ。」
「いいや、神以上の超越者だ!」
ルートを取り囲む大歓声と拍手。まるで、ルートを神以上の存在として崇めているようでもあった。そんな時であった。ルートの体がゆっくりと光だしたのだ。
「な、なんだこれは?」
困惑するルート。その光は徐々に強くなっていく。次の瞬間、その場から、ルートの姿は消えていたのだった。