番外編 02 袈生くんの誕生日
今日は、四月三十日、日曜日。
今日は、袈生くんの誕生日だ。
葵さんが母方のお婆さんの家に向かっている。
あれから、袈生くんはお婆さんの家で過ごしているらしい。でも、さすがに葵さんも養えるほど裕福ではない。袈生くんだけでも精一杯だそうだ。
葵さんは現在、俺の家で過ごしている。
母さんも了承してくれている。
というか、多分俺が追い出そうものなら、俺を殺しにかかるだろう。それぐらい母さんは葵さんを心配してくれているし、かなりのめり込んでいる。
ピンポーン
家のチャイムの音が鳴る。
俺は、扉を開ける。すると勢いよく袈生くんが飛び出してきた。
「お兄ちゃーん!」
「袈生くん久しぶり! 誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
袈生くんは笑顔を俺に向ける。
袈生くんと話すのは、初めて会った日以来だ。
「蓮くん、ただいま」
「おかえり、葵さん」
葵さんは前まで俺の事を杉本くんと呼んでいたが、「お母さんも杉本だから」と母さんに言われてしまい、今は、蓮くんと呼ばれている。
「わ〜! 凄い綺麗に飾りつけたね! 蓮くん」
「綺麗!」
「飾りつけを作ってくれたのは、母さんだよ。俺は、貼り付けただけ。さぁ、誕生日パーティーを始めようか」
それから、俺たちは二十二時くらいまで盛り上がり続けた。
明日は学校ということもあり、袈生くんも疲れて寝てしまった。
随分と楽しんでくれたようで俺も嬉しかった。
俺は、袈生くんを俺の部屋のベッドで寝かせて、パーティーはお開きとなった。
母さんは自分の部屋に行って、俺は、ソファの上に横になる。
もうすぐゴールデンウィーク。みんなで遊びに行きたいな。そんな願いを抱えながら、目を瞑ろうとする。しかし、誰かがソファの上に乗る感覚がした。
「ねぇ起きてる? 蓮くん」
俺は、寝てるフリをしようとするが、段々と葵さんが俺に近づいてくる感覚がして、目を開ける。
「ご、ごめん。起こしちゃった?」
かなりびっくりした。
葵さんは俺の上にまたがるようにして乗っている。
「な、何してるの葵さん」
「へ? あぁー! こ、これは違うの別に何も下心とかはなくて、ただ、寝てる顔見るの初めてで珍しいから」
「そんなに見てて面白いものじゃないよ。さ、早く寝よ。明日も学校だし、明日のお弁当は葵さんにも手伝ってもらうよ」
「ねぇ、蓮くんの好きな人って。堀尾さんだよね」
「は? な、そんなわけないだろ。陽葵はただの幼馴染だから」
「毎日。毎日だよ。寝言で蓮くんが堀尾さんの名前を言ってるの。何かずっとうなされてて。私に何か出来ないの。私じゃ、堀尾さんの代わりにはなれないの?」
葵さんの目が段々と黒く沈んでいく。
その感覚も気持ちも分かるよ。
俺も葵さんと同じだったから。
でも、もう葵さんは戻れないところまで心が壊れかけてしまっている。何かで埋めないと、正気を取り戻せないほどに。
「葵さんは葵さんだよ。誰の代わりでもない。誰の代わりにもなれない。さぁ、寝よう。俺はもう寝るから」
俺は、そう言って布団をかける。
葵さんが何故いきなりそんな事を口走ったのかは俺には分からない。でも、思春期の俺たちは皆同じ感情を持っている。そして、同じぐらい悩まされて、心がすり減って、一人じゃ、この黒い衝動を止められなくて、気づけば、体中が黒いモヤに包まれる。
その感覚を俺も知っている。
いつだっただろう。小学校の頃、陽葵をストーカーしていた男がいた。結菜と陽葵はかなりモテるらしく、昔からそういう事件に巻き込まれる事が多かった。
そのストーカーはもう成人した男性だったが、俺は、その事件を目の当たりにした時、その男を持っていたハサミで殺そうとした。
今思えば何故あの行動をしようとしたのか分からない。突然、全身が黒いモヤに包まれて、気がついたら倒れている男性がいて、俺の手にはハサミが握られていた。
この黒いモヤは俺の中にまだ残っている。
きっと葵さんもあるのだろう。
それはきっと全員が持つ理性が飛んでしまっているのだろう。誰かを守りたい。あなたを独り占めしたい。どんな方法を使ってもあなたの隣にいたい。
これを俺は、黒い衝動。理性障害と呼んでいる。
俺たちの歪な関係にはぴったりの言葉だろう。
俺は、目を瞑る。