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攻略対象・ザックス辺境伯令息カーティス

 顔も見せない父親の代わりに見舞いに来たのは、隣のザックス辺境伯の嫡男カーティスだった。

 隣り合う領地だから子供の頃から面識がある。彼も隣国王弟と同じでエスティアの幼馴染みの一人だ。


「こんな格好で失礼するわ、カーティス」

「頭を打ったんだって? 大事なくて良かったよ。テレンス様も何をやってるんだか」


 コブのできた後頭部に髪の隙間から湿布を貼ってネットで固定しているため、濃いめのミルクティ色の髪は乱れているし、服装は寝巻きの上にガウンを羽織っただけだ。

 さすがに未婚の女子の私室に招くことはできなかったので、屋敷内の来客室でお茶を飲みながら状況報告した。


 カーティスは赤毛とグレーの瞳の明るい好青年だ。

 彼も学園の同級生で同学年、エスティアと同じ年に卒業して辺境伯領に戻った。

 まだ父親が健在だが数年後には辺境伯を継ぐと聞いている。


(カーティスも特典ストーリーの攻略対象ね。父親が本編での攻略対象で、そのときの婚約者との間に生まれた息子)


「アルフォートは相変わらずみたいだな。たまに顔を合わせたときは注意してるんだが、あいつも人の話を聞かない男だからな」

「どうせ私以外の恋人自慢でもしてたんでしょう?」

「ご名答」


 わかっていたかと苦笑いされた。


「ここに来る前も会って話をしたんだが……」

「街の大通りのカフェ? それともレストラン?」

「カフェのほうで。やっぱり女連れだったぞ。あいつ、でお前と結婚した後、領民にどう見られるかわかってないぞ?」


 暗に、婚約を破棄しないのかと訊ねられているのだ。


「もう結婚式まで三ヶ月切ってしまったわ。今からだと王家の許可をもぎ取る時間がないのよ。最悪このまま結婚だけして白い結婚を貫いて、その間に離婚手続きを進めようと思ってる」

「不毛だよな……。互いに嫌い合ってるんだから、そもそも婚約自体しなきゃ良かったんだ」

「それ、うちのお父様に言ってやってほしいわ」




 そういえば、とカーティスが思い出したように、


「アルフォートの奴、お前が大人しくて気味が悪いとか言ってたな。何かあったのか?」

「聞かなかったの? 外で女性を連れて堂々と浮気してたからたしなめたら、その場で頬を張られたのよ。人前でね」

「殴ったってことか? お前を?」

「そう」

「あいつは確かに性格が悪いが、女に手を上げたら本物のクズじゃないか……!」


 憤ってるカーティスに、そうそう、そのとおりとエスティアは頷いた。大きく頭を動かすとまだ後頭部が痛むので小さな頷きだったが。


「テレンス様は何て言ってるんだ?」

「お父様にはもう何度も婚約破棄したいって訴えてるけど、却下されっぱなし。アルフォートはご自分の親戚だし、……私を彼と結婚させれば父の権力は増すでしょうね」


 だからアルフォートがどれだけ不義理を犯しても婚約破棄を認めない。

 エスティアはそう見ている。


「テレンス様は何を考えてるんだろな。伯爵家の簒奪を狙ってるわけじゃないだろうし」

「そんな度胸のある人じゃないわ」


(だってあのツンデレ照れ照れテレンス君よ? 大人になったからってツンツンしてるだけで、大それたことができるタイプじゃないはず)




「……領地に魔物が出ても、父もアルフォートも戦ってもくれない。そんな婿養子なら要らないのよ」

「エスティア……」


 この世界はファンタジー系の乙女ゲームの世界だから、魔法もあれば魔物のような化け物も出る。

 『乙女☆プリズム夢の王国』本編ではヒロインと攻略対象たちで瘴気を撒き散らす黒いドラゴンを退治するストーリーになっていた。


(だけどお母様たちがクリアしたはずなのに、再び世界が瘴気に覆われつつある。この先のストーリーをクリアまでプレイする前に転生してしまったのは痛かったな)


 多分この後、近いうちに誰の目にも世界の危機が明らかになって、特典ヒロインの自分が瘴気を祓いに行かなければならない。

 エスティアは聖女を輩出する家に生まれ、母親も聖女。周囲は当然、エスティアも聖女だと思っている。


(一応、私も教会から聖女認定はされてる。でも光の魔力は持ってないし、全属性持ちだったお母様と違って私はお父様譲りの風の魔力のみ。私だけで戦うにはきつい)


 本当なら学園を卒業したらすぐ結婚で、伯爵代理の父からパラディオ伯爵を継承する予定だった。

 二十三歳の今まで来てしまったのは、国内や自領での瘴気による災害や魔物被害への対応に明け暮れていたためだった。




「カーティスのところはどう? 瘴気被害は」

「うちは辺境伯だけあって軍備が厚いからまだ対応できてる。親父が言うには、親父たちの学生時代の頃と雰囲気が似てきてるらしい。警戒してるぜ」

「そう。ならザックス辺境伯領側は安心ね」


 今のままでは、エスティアのパラディオ伯爵領側にトラブルが起きたとき危うい。


「エスティア。何か助けが必要なら遠慮なく言ってくれ。幼馴染みだろ?」

「アルフォートに注意してくれたってだけで充分。でも、そうね……」


 頭の中にいくつかの選択肢が浮かぶ。


『婚約者はあなたがよかった』


(これはダメなやつー!)


 そうだこの世界は乙女ゲーム。

 カーティスは攻略対象だから選択肢によっては落とせるルートもあるわけだ。


『口先だけの男なんて嫌いよ』


(アッ。これは本来のエスティアの言動かな?)


 ミナコだった前世を思い出す前のエスティアは、どうもかなり気の強い性格だったみたいで、記憶にある言動はパワフルなものが多かった。

 父テレンスや婚約者アルフォートと衝突していたのはそのせいだ。


 ただ、ミナコを思い出した今のエスティアは、なあなあ気質の日本人を引きずっている。本来のエスティアほど強気にはなれなかった。


『他の同級生たちと同じように結婚式の前日には来てほしい。独身最後の夜は皆で語り合いたいの』


(こ、これね、一番無難なやつ!)


「カーティス。学園時代の同級生たちにも招待状を出す予定なの。結婚式の前日に来れる? 皆で独身最後の夜に語り合いたいなって」

「あ、それいいな! 俺も久し振りに皆に会いたい」


 三ヶ月後の再会を約束して、お開きとなった。




 カーティスが応接室からエントランスに向かおうと廊下を歩いていると、不機嫌そうなエスティアの父テレンスがいて睨まれた。

 機嫌が悪くても、娘と同じ濃いめのミルクティ色の髪と緑の瞳の彼は、大変な美男子だ。


 睨まれても怖くないのは、カーティスも子供の頃からこの家に出入りして互いを知っているからだった。


「テレンス様。早めにエスティアに謝って仲直りしたほうがいいですよ」

「くっ、娘に頭を下げるなど……」


 何でそこで葛藤を感じるかな。


 テレンスのこの素直じゃない性格は昔からだ。

 ツンデレで余計な言動で墓穴を掘ってしまう。


「あなたには他人を傷つける度胸はない。だから、悪気がなかったことはエスティアもわかってるはずです」

「………………」


 エスティアのあの怪我、いやコブは、執務室での事故だと聞いている。

 ただ、テレンスが娘にわざとぶつかったのは確かだそうで。


「怪我用のポーションを飲ませるよう指示してある。すぐ治る、問題ない」

「そう言う問題じゃないと思いますけど」


 テレンスの実家の父親はマーリンという大魔道士で、魔法や魔法薬研究で知られている。

 彼自身、魔法使いでポーション類の作成に長けていた。


「エスティアはアルフォートの野郎とは白い結婚で、即離縁に向けて動くそうですよ。その後は、多分あなただ」

「………………」


 返事はない。

 テレンスは何やら耐えるように唇を噛み締め、拳を強く握っているが何もカーティスに言い返してこなかった。




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