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称号〝竜を救いし者〟

 残るは黒竜だが、こちらももう心配はなさそうだった。

 巨体の背に乗っていた魔法剣士のヨシュアが地面に降りている。


「ご覧よ。聖杯で浄化されたら一気に大人しくなった」


 瘴気を祓われた黒竜の羽毛からは黒色が徐々に抜けて、埃っぽいくすんだ灰色になった。


 そして巨体がポンっと弾けた音を立てて消失した。


 いや、地面に仔犬サイズの小さなふわふわした灰色の生き物がぽてっと落ちて、ぷるぷると震えてうずくまった。

 その背には、やはりふわふわの小さな翼がある。


「ピウ……」

「これがあの黒竜の正体?」


 そのようだ。瘴気を帯びたことで凶暴化したものが本来の姿に戻ったらしい。


「やっぱりね。綿毛竜(コットンドラゴン)がこんな凶悪化するなんておかしいと思ったんだ。でも羽毛の色がおかしいな?」


 地面に落ちた毛玉、もとい小さな羽竜をヨシュアがひょいっと掴んで持ちあげた。


「羽竜は羽竜だし、羽毛もその色で間違ってない。それに、そいつの種族名は綿毛竜(コットンドラゴン)じゃない」

「そうなの? じゃあ綿毛竜(コットンドラゴン)の原種かな」


 ちょうど聖杯の中から湧き出していた聖水があるので羽竜を近づけてやると、勢いよく飲みだした。


「ピュイッ(おみずおいしい!)」


「わかる。干からびるって辛いよね……。お腹も減ってるんだよね? 綿毛竜(コットンドラゴン)と同じなら多分草食だけど……」

「困ったわね。手持ちの携帯食は動物性原料が入ってるから食べさせられないわ」


 ナッツやドライフルーツ入りのシリアルバーはまだ残っていたが、繋ぎの一部にバターなど動物性の油脂を使っている。


「あっ、なら俺たちで食えるもの探してくるよ」


 カーティスがセドリックを連れて洞窟を出て行った。

 数分ですぐ今の季節に取れるベリー類をそれぞれ両手いっぱいにして持ち帰ってきた。


「ピュア!(べりー! すき!)」


 聖杯に頭から突っ込んでいた羽竜が、勢いよく隣に置かれたベリー類にむしゃぶりついた。




「可愛いなあ。子供の頃、家族や幼馴染みと真っ白な綿毛竜(コットンドラゴン)と一緒によく遊んだんだ。でも〝竜殺し〟になってからあんまり近づいてくれなくなっちゃって」


 思う存分にベリーを食い尽くして、けぷっと小さなゲップを鳴らして満足した羽竜の灰色のふわふわの頭を、目尻を緩めてヨシュアが指先で撫でてやっている。


「ドラゴンと一緒に遊んだ……?」

「家族や幼馴染みと……?」


 ざわ、とエスティアたちがどよめいた。

 竜種はピンからキリまでいるが、すべて魔物や魔獣だ。人と馴れ合うなどと、聞いたことがなかった。


「あ。ステータスに〝竜を救いし者〟が出たね。君たちは?」


 ヨシュアのその言葉に目を剥いたのはエスティアだけではない。


「す、ステータスが確認できるのこの世界!?」


 サンドローザ王女が驚愕している。

 ヨシュアは青銀色の長いまつげに彩られた薄水色の瞳をパチパチと瞬かせた。


「もしかして、この国はそういう文化ないの? ほら、〝ステータスオープン〟!」


 言うなりヨシュアの前に半透明のボードが現れた。

 皆も恐る恐るステータスオープンと唱えると、同じものが自分の前に現れる。


「嘘……この世界こんなに楽な仕様だったなんて!」

「同感しかないわ」


 表示されたステータスボードには氏名、所属や称号、各能力値、所持品などが簡易表示されている。

 エスティアなら、『パラディオ女伯爵エスティア、パラディオ伯爵、パラディオ伯爵家当主、プリズム王国学園卒業、体力6、魔法7、幸運5……』といった具合だ。

 そして父親名にはテレンス、母親名にはカタリナ(故人)とある。


 隣のセドリックを窺うと、自分のステータスを見て目元を覆い、溜め息を吐いている。

 自分の出自の部分に、父親の認知がない旨の表記があるようだ。


「ねえ。セドリックも〝竜を救いし者〟がステータスに出た?」

「あ、ああ。称号欄にある」


 新たな称号が発生したのは、竜を抑えて宥めようとしたヨシュアと、実際に聖杯で黒竜の瘴気を浄化したエスティアとセドリックの三人だけだった。




「さて。この仔はどうする? 本人が言うには種族として人間が山頂まで供物を持ってくることと引き換えに、山の天候を操作してくれていたそうだよ」


 唯一、羽竜の声が聞こえるらしきヨシュアが、灰色の毛玉、いや元黒竜の意思を代わりに伝えてくれた。


「でも昨日今日の話じゃないみたいだ。『おひさまが何万回も昇って落ちたかもう覚えてないほど昔から!』だって」

「よ、良かった。今のアーサー国王の御世からだったらどうしようかと!」


 王家に最も近い公爵家嫡男のヒューレットが胸を撫で下ろしている。

 他の者も同じ気持ちだった。


「しかし、腹が減っていたそうだがこの山にも羽竜の食料はあるだろう? 実際、先程ベリーを食べていたではないか」


 セドリックの冷静な指摘に、灰色の羽竜はふわふわ羽毛に覆われた長い尻尾をピン! と一度立ててから、ふわふわの翼を動かしてヨシュアの手の中から宙に浮かんだ。


「ピュイッ、ピュイッ、ピー!(よい魔力をもった人間が差し出すごはんはおいしい! 良いこころを持った者がもいだくだもの、つんだくさはさいこう! アッ、きのこはいらないけど!)」


「!?」


 羽竜の鳴き声と重なるように、頭の中に声なき声が聞こえた。幼い子供のような少し舌足らずな感じの口調だ。


「こういう、鱗の代わりに羽の生えた竜は知性が高くて、優しく賢い種が多いと聞いてるよ。信頼されると意思の疎通が可能になる。……多分、この地域の人々の祖先がこの仔の祖先と何か契約したんだろうね」

「信頼って」

「君たち、さっきこの仔にごはん(ベリー)を取ってきて、あげてたじゃないか」

「そんなことで良いの!?」


 良いのだ。


 下山したら国の古い文献を調べてみるといい、とエスティアたちに言ってから、ヨシュアは再び羽竜を大事そうにそっと掴んで、その麗しの顔の前で何やら小声で話しかけた。

 ふんふん、と小さな羽竜が頷いている。


 話がついた後で、ヨシュアは魔法樹脂で透明なネックレスを作り、羽竜の首元にかけた。

 ウインドチャイム(風鈴)によく使う、中が中空になったパーツを連ねている。

 羽竜がそのまま浮くと、チリン、チリン……とうっとりするような美しい音色が鳴った。


「この仔を見つけやすいよう、目印を身につけてもらった。この音色を覚えておいて。また会いに来るとき探せるように」


 羽竜はしばらく、美しい音色にはしゃぐように皆の間をふわふわと飛んでいたが、やがて振り返らずにアヴァロン山脈の遠くへ飛び立っていった。


「聖杯が安置されてた付近に、竜への供物を管理して、何か人の常駐できる……神殿でも誘致すべきか」


 羽竜が見えなくなる頃、テレンスが呟いた。

 だが、それをやるのは王家だ。サンドローザ王女と婚約者のヒューレットが必ず、と請け負った。




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