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隣国王弟攻略中

 一方こちらはセドリックと、彼が庇ったエスティアだ。

 土の魔力持ちのセドリックが自分と親和性のある岩から身を守って、自分たちの安全を確保できるだけのスペースを作っていた。


 岩を隔てた隣に幼馴染みのカーティスや、ましてや父テレンスがいることには気づいてもいない。


「この岩の先が聖杯のあった場所だ。上手く崩せると良いのだが」

「無茶はしないで。……ランタンや非常食があって良かったわ。あなたもいるし」


 しばらく、崩れた岩を調べていたセドリックだったが、洞窟に辿り着くまでや、岩から身を守るのに魔力を消耗していた。


 回復には少し時間がかかる。

 それまで大きな岩を背にして、エスティアとふたり、座って休むことにした。


 互いに距離を保ったまま、先ほど聖杯に現れた小さな女性とエスティアが話していた内容を確認することにした。


「その、前世……のお前はどんな男と結婚していたか、聞いても?」

「うん。聞かれたら話そうと思ってたの。前世で私はミナコという名前。こことは違う世界で四十代まで生きて、事故で死んだわ。……二十代のとき結婚したけど数年で離婚してね。子供はいなかった」


 バツイチってやつよ、と笑うエスティアがあっけらかんとしているので、セドリックは更に訊いてみることにした。


「どんな男だった?」

「んー。男らしい人だったわ。イニシアチブが取れるし、勇気も行動力もあった。曲がったことは大嫌いで不正に手を染めることもなかったけど、女には態度が大きかったわ」

「なぜ、離婚を?」

「性格が合わなかったの。世間的に見て悪い性格じゃなかったと思う。でも家庭の中だと妻に対して大きな声を出すこともあって。気に入らないことがあると物に当たったりね。それが精神的に負担だった」


 それからぽつりぽつりと話をした。

 前世の経験はすべて、記憶があるだけの他人のような感覚だとエスティアは笑った。

 思い出した直後は気持ちが引き摺られることもあったが、今はしっかり割り切れているという。


「女は黙って男の背中を見てろって感じの人だったな。頼りになる人だったのは確か。……でも、ほとんど本音を話してくれない人で、前世の私は疲れちゃったの」


 詳しく聞き出したセドリックの心中は穏やかではない。


(もしかしなくても前世の夫とやら。……私と似た性格ではないか?)


 セドリックはエスティアとは幼馴染みで付き合いは長い。

 出会った子供の頃は喧嘩も怒鳴り合いもよくしたが、十二、三歳の頃にはもうそんなこともなくなって、セドリックも彼女に大声を上げることもなかった。


 が、しかし。安心には程遠い。


(外面……は私は良いとは言えない。そこは違う。だが本音をあまり話さず、女性に見限られてしまう男なんて、まさに私ではないか)




「エスティア嬢も前世では苦労したみたいだね。俺の幼馴染みも、本人は大したことないように言うけど、聞いてると悲しくなるような前世だったよ」


 一方こちらは岩を隔てた隣の空間にて。

 エスティアと同じ異世界転生者の幼馴染みを持つヨシュアがしみじみ呟いている。


「前世か。あいつも母親のカタリナと同じだったか。予想はしてたが……」


 その間にも、聞いているこちらが恥ずかしくなるような、睦言のような会話が隣では繰り広げられている。


「すごいじゃないか。ラブラブ」


 隣でエスティアとセドリックは学生時代の思い出を語り合っている。

 食堂のメニューの何が美味かったかや、セットメニューにデザートが付いていたら必ずセドリックがエスティアにあげていたことなど、楽しげに話していた。



『ふふ。生徒会室で誰もいなかったとき、こっそりキスなんかしたりして』

『え、エスティア! ……まだ覚えていたのか』

『もちろん。忘れるわけないわ。大切な思い出だもの』



「甘酸っぱいねえ。青春してたんだなあ」

「こんなに想い合ってる二人を引き離すなんて。テレンスおじさんの鬼畜!」

「うるさい! 私だってなあ、彼奴らが交際してるなら娘をアルフォートと婚約させるのは考え直したはずだ! だが調べさせたら奴らは友人止まりだったではないか! なら親の私が婚約者を決めて何が悪い!?」


 責められてテレンスは逆切れした。


「あー。そういえばそうだった」

「でもエスティア嬢の屑パパさんさあ。そんなこと言ってるけど、娘の恋愛クラッシャーやらかしたことに変わりないんじゃあ?」

「うぐっ」


 隣の会話を盗み聞きする限り、あの二人は『交際していなかった』のではない。

 『交際間近だった』が正しいのではないか?


「あと多分、事情があったからってエスティアとの拗れた関係を回復するのは骨が折れるんじゃないか?」

「ぐぅ……っ」


 カーティスの指摘がテレンスにクリティカルヒットした。


「何かよくわからないけど、詰めが甘そうだね、この屑パパさん」




「セドリック。今、私たちしかいない。だから聞かせて。……私のこと、どう思ってる?」

「い、いや、そのだな、……エスティア」


 まだエスティアには婚約者がいる。この状態で彼女に触れてはならないと、狭い場所でセドリックは距離を置こうとした。

 だがエスティアのほうから、その距離を詰めてくる。


(ああ、もう)


 抱き締める腕を伸ばしかけたとき、目の前にあった岩壁が崩れ落ちた。

 現れたのはエスティアの父テレンスだ。娘と同じ濃いミルクティ色の髪を乱し、緑の瞳を怒りにギラギラさせている。


 その後ろにはカーティスやヨシュアが「やっちまったー」な顔をして苦笑しているのが見えた。


「そこまでだ! 婚約者でもない、恋人ですらない男女がそれ以上近づくのは許さん!」

「……あら、お父様じゃないですか。追放したはずの方がなぜここに?」


 エスティアの声は冷たい。極寒だ。

 いつもならこの親子の仲を上手く取り持つのはカーティスだったが、拗れた父と娘の間に割り入る勇気はなかった。


「は、話は後だ! 今は黒竜や聖杯のことが先だろう!?」

「……まあ、そうですね」


 その話とやらを聞くつもりなんてありませんけど。


 エスティアの呟きに、父テレンスが冷や汗を流して怯えている。

 だがぐっと堪えて、エスティアたちがいた場所と反対方向の岩を風の魔力で崩した。


「サンドローザ! ヒューレット君も!」


 こちらはこちらで、互いに抱き合う男女がいた。

 突如崩れた岩壁と現れたエスティアたちに、慌てて身を離す。


「乳繰り合うのは後にしろ!」


 怒鳴ると同時にまた別の方向に向かってテレンスが風の魔力を放った。

 聖杯のある祭壇の方向だ。


「良かった。聖杯は無事ね」


 そっと祭壇の聖杯に触れ、懐から取り出したハンカチで包んで胸に抱えた。


「あとはこの聖杯を黒竜に」


 使えば良いはずだったが、洞窟の外ではまた黒竜が雄叫びを上げ始めている。


「このままここにいても、また洞窟を崩されるだけだ。行こう」


 ヨシュアの促しに、全員が頷いた。



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