聖杯が求める〝真実の愛〟/異世界転生者
それにしても、彼女、ヒナコの存在意義はどのようなものなのだろうか?
『聖杯に宿る魂として、攻略のヒントを託宣的に伝える役割ね。あなたたちの場合は、……その世界に転生した人たちだから〝原作者〟の私を呼び起こしてしまったんじゃないかな』
今もヒナコは元の世界にいて、意識の一部だけがこの世界に飛んできている状態らしい。
何か質問したいことはないかと聞かれたが、これ以上『乙女☆プリズム夢の王国』の裏事情を知る必要はないと感じた。
(ここが作られたゲーム世界じゃないってハッキリわかっただけで収穫だもの。自分がゲーム内だけのキャラクターでしかなかったら? って怖さは前世を思い出したときからあったから)
乙プリの元になった世界へ転生してきたと、ようやく確信が持てた。
質問というなら、やはり今エスティアたちがアヴァロン山脈を登ってきた理由に関することだ。
この国は二十数年前、エスティアたちの親世代が一度聖杯を使って瘴気被害や黒竜を退けている。
なのにたった二十年そこそこで再び黒竜が現れて今も山頂で瘴気を撒き散らしている。
伝承が正しければ、聖杯はそんなにお粗末な聖なるアイテムではない。
「ヒナコ先生。私たちの親世代はなぜ聖杯を使いこなせなかったのでしょうか?」
『それは聖杯を動かす鍵の解釈を間違えてしまったのね。〝真実の愛〟が起動キーとされて伝わってるはずだけど、私が書いた原作では〝透明な心〟や〝誠実さ〟だったの。この世界でもこっちのほうが正しいと思うわ』
「〝透明な心〟とは?」
セドリックが訊ねた。
それまでエスティアたちの後ろで黙っています彼の心の琴線に触れるものがあったようだ。
『解釈は各自の自由です。あなたみたいに厳格な男性なら、驕りのない澄んだ水のような清冽さを思い浮かべたかも。私は単純に〝嘘やごまかしのない〟ことの比喩として書いていました』
「ということは」
「前回、聖杯を使ったのはあたしの母さんと父さんだわ。あの連中、当時から真実の愛もクソもなかったってことじゃない!」
「これは微妙ねえ」
乙プリ本編のクライマックスにあたるエピソードが台無しになった感がある。
正ヒロインで光の魔力持ちの聖女ロゼットが、攻略対象のアーサー王太子と互いの想いを確認し合う感動的シーンのはずなのに。
何にせよ、再び邪悪な黒竜が暴れ出している。
黒竜はこのまま聖杯を持ち出して相手に向けて翳すだけで良かったはずだ。
エスティアが祭壇の聖杯に手を伸ばすと、魔石の上に浮かんでいた小さなヒナコが消えた。
このまま持ち出して良いようだ。
だがそこで、後ろから軽やかな声で、素朴な疑問が投げかけられた。
麗しの魔法剣士、恐らくお助けキャラを兼ねたシークレットキャラ枠のヨシュアだ。
「エスティア嬢。もしや君は〝転生者〟なのかい?」
思わず息が止まった。隣のサンドローザ王女も目を瞠ってヨシュアの麗しの顔を凝視している。
「あなた、転生のことを知ってるの?」
「そりゃ知ってるさ。数は少ないかもしれないけど、世界中に一定数はいるからね」
「うそ、あたしたち以外にもいるってこと!?」
「世界は広いんだよ? こんな狭い国の中だけで考えないほうがいいね」
それまで黙っていた男たちも、躊躇いながらも説明を求めてきた。
「とても重要なお話のようですね。私たちにも話していただけますか?」
と当たりが柔らかいはずのヒューレットが有無を言わさぬ圧をかけてきた。これは誤魔化しようがない。
「その、信じられないかもしれないんだけど」
頭をぶつけて倒れて、前世のミナコを思い出してから三ヶ月。
初めてエスティアは彼らに自分の秘密を話した。
別の世界の日本という国で四十代まで生きた、バツイチ女性ミナコのことを。
「この際だから暴露しちゃう。私のパラディオ伯爵家は聖女の家って言われてるけど、私もお母さまのカタリナも全然聖女なんかじゃないの。ただ異世界から生まれ変わって、前世の記憶を持ってるだけ」
どうも父テレンスとその甥の婚約者アルフォートも、エスティアたちが偽りの聖女であることを知っている節がある。
少なくともそれを引け目に感じたせいで、亡母カタリナは父テレンスと離縁できなかったのではないか、とこれまでエスティアは考えていた。
だが、話を聞いたヨシュアは「それは真実ではないと思う」と言った。
「いや、それは多分、この国独自の基準というだけだと思う。そこに光の魔力の持ち主至上主義の思想が混ざってごちゃごちゃになってるんだ」
「どういうこと?」
パラディオ伯爵家の当主や嫡子が光や闇の魔力を持っていたら話は簡単だったのだ。
実際、本編正ヒロインで現王妃のロゼットは平民出身だが光の魔力持ち。結果、王妃にまで成り上がった。
「異世界人は基本的に、この世界に役立つ知恵を持って生まれると聞いてるよ。オレの親しい人にも何人かいるんだ。その知恵が素晴らしくて役に立つから、この国では聖女認定してるってことだろ?」
「………………」
ご当地基準の聖女ではないかという。
(その発想はなかった。そんなに単純な話なんだろうか?)
「だけど実態は知恵ある者、いわば『賢者』が正しいんじゃないかな」
「賢者……?」
そこでヨシュアは、プリズム王国の外における、異世界の記憶を持つ者たちの情報を教えてくれた。
「異世界転生者や転移者と呼ばれる、違う世界から生まれてきた者には。前世や元の世界において、必ずこの世界になかった知識と技術を学んでいて、それを持ち込んでいる」
実際、彼の故郷の幼馴染みが異世界転生者だそうで、日本という国の学生だったそうだ。
「日本!? うそ、あたしとエスティアもそこから来たのよ!」
「へえ。じゃあラーメンやオニギリって知ってる? ギョウザやチャーハンとか」
「知ってる……もちろん知ってるわ! あああ、聞いたら食べたくなってきた!」
サンドローザ王女が悶えている。エスティアまで食べたくなってきた。
「オレの故郷や他国には転生者の集まる集落もいくつかあるんだ。有用な知識や技能を持ってることが多いからね。確か専門の研究書もあったと思う」
ショウユやミソもあるよーと聞いて、エスティアとサンドローザ王女は頷き合った。
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