攻略対象・近衛騎士ノア公爵令息ヒューレットとライバル王女
中止になった婚儀の夜、王都から近衛騎士が王女を引き取りに来た。
王都からパラディオ伯爵領は馬車なら一日の距離だから、連絡を受けて全力で馬を走らせてきたのだろう。
「エスティア嬢、お久し振りです。このたびは何と申し上げたら良いのか……」
とっくに爵位は継承していたが学生時代と同じように呼ぶ彼は、ノア公爵令息ヒューレット。
ヘーゼルブラウンの短髪に銀の瞳の青年だ。穏やかな気質の品の良い好青年で、文字通りの貴公子である。
近衛騎士団所属で、今回やらかしたサンドローザ王女の近衛隊長を務めている。
(この人、サンドローザの婚約者なのよね。ああ気まずい)
現王家に王女は一人のみ。そのためサンドローザ王女が女王に即位したとき王配になる予定の人物だ。
公爵家の次男で、高位貴族の使命と任務に忠実だが、面白みがないと学園時代もしょっちゅう王女に言われては苦笑していた。
(『乙女☆プリズム夢の王国』特典ストーリー最後の攻略対象で、良心的な人物。サンドローザの婚約者って汚点さえなければねえ)
それを言い出すと、浮気相手のアルフォートが婚約者の自分にまで跳ね返ってくるので口には出せなかったが。
「ええ、ヒューレット様もお元気そうで。それで随分急なお越しでしたけど、どのようなご用件で?」
「王女殿下を引き取りに参りました。身柄の引き渡しをお願いできますか?」
ヒューレットはあくまでも穏やかに、下手に出て来たが、エスティアは淑女の笑みを浮かべて拒否した。
「お断りするしかありませんわ」
「国王陛下の命令に逆らうのですか」
「いいえ? 牢屋に入っている私の元婚約者の不貞相手の女性のことでしたら、どうぞお連れになって。……でも、よろしいの? あなた、彼女が〝王女殿下〟だから引き取りに来たのですよね?」
「どういう意味です?」
まさか断られるとは思わなかったという表情のヒューレットに内心で苦く笑った。
「彼女、私の元婚約者と、私の婚儀の朝まで同じ寝台の中で一つになってたそうですわ。うちの騎士たちが無許可の侵入者と見て、元婚約者ごと下着姿で縛って教会まで引き摺って来たんですの」
「……そ、それは」
(そこまで詳しいことは王都に連絡されてなかったか)
「参列者は国内外を合わせて六十名弱。こんな僻地の伯爵家の婚儀ですから多くはありません。でもね、他国の王弟殿下や高位貴族の方々も参列くださってたんですのよ」
そう、若き女伯爵の婚約者を婚儀の当日に寝取った罪で牢屋に拘束されている女性を、王女殿下として引き取るならば。
王女殿下が臣下の婚約者を身体で籠絡した寝取り王女だと、近衛騎士が認めることになるのだ。
しかもこの男はサンドローザ王女の婚約者である。
プリズム王国でも王侯貴族の女性は婚姻前の純潔が重要だから、表沙汰になったら王女も婚約者の彼もダメージを受ける。
エスティアの態度と言葉に戸惑うような反応を見せたヒューレットは、少しだけ考える素振りを見せた後で躊躇いがちに訊ねてきた。
「……私はどうすれば良いですか?」
「彼女がただの浮気相手ならば、被害者の私がこのまま処分します。もし万が一、王女殿下なら……やはり私は被害者ですから、いくら臣下とはいえ相応の慰謝料と賠償を頂戴したいですね」
(このままでは私は寝取られ女伯爵として笑い者よ。王家には誠意を見せて貰わなきゃ)
「わかりました。一度、王都に戻って国王陛下に確認して参ります。ですから」
「ええ。牢屋の待遇は改善致しましょう。万が一、王女殿下本人だったら大変なことですからね」
まだ牢に入れてから一日も経ってない。
明日には本人に会って事情を聞くつもりだったから、少し早めの聴取を行うことにした。
さて牢屋に拘束している困ったちゃんをどうするかだ。
婚約者と不貞行為に耽っていたあの女性は、王女で間違いない。
なぜ断言できるかといえば、彼女はエスティアの学生時代の友人の一人だからだ。さすがに学園の高等部で三年間ずっと一緒だった友人を見間違えはしない。
「他人の男を奪うような悪女じゃなかったと思うけど……」
だがあんまりにも腹が立ったから、そのまま収監させてしまった。
何日か入れておけば良いお仕置きになって、ほどほどに毒気も抜けるだろうと思っていたが、ヒューレットとの約束もある。
一応話を聞いてから客間に移すことになるだろう。
「サンドローザ。あなた、何やってるのよ……」
呆れたように話しかけると、牢の中の囚人服の女性はふてぶてしく笑った。
牢の中でガウン一枚から着替えたようだが、粗末な囚人服を着ても隠せない派手さの女だ。
見事な黄金の波打つ髪と赤い目のゴージャス系美女。
聖女のロゼット王妃とアーサー国王の一人娘、サンドローザ・プリズム王女殿下である。
「仕方ないでしょ。〝推し〟が別の女と結婚する前にモノにしたかったんだもの」
「推し……?」
その単語はエスティアの記憶を刺激した。
エスティアは前世では少女時代に乙女ゲームを遊んだぐらいで、いわゆる〝オタク〟ではなかったから、オタク文化にそこまで詳しいわけではない。新聞やテレビに出てくる一般的な知識しか知らない。
それでも〝推し〟が何を指すかぐらいは知っているし、自分でも乙プリの好きキャラに使っている。
(推しって、自分のイチオシの、とかそんな意味のスラングなのよね)
「まさかと思うけど。あなたもこことは違う世界の記憶があったりする?」
「え。ひょっとしてエスティア、あんたも?」
しばし、牢の外と中とで見つめ合った。
幸い、まだ騎士たちも尋問を始めていなかったので王女を牢屋から出して、風呂に入れさせて身だしなみを整えさせた。
すると見事な〝王女殿下〟の出来上がりである。
「荷物持って来てるんじゃないの。式には欠席の返事を寄越したくせに」
「だーかーらー! 推しと別の女との結婚式なんて見たくないのよ!」
「……もしかして昨日、アルフォートの部屋にいたのって」
「もちろんあたしよ。あんたたち覗いてたわよね、修羅場になるかもって覚悟してたけど何もなかったから拍子抜け。声くらいかけなさいよ」
「あのねえ」
この王女らしからぬ口調も久し振りだ。
その気になれば国一番の淑女を装える女だが、気の置けない相手には平民の母親譲りの気安い下町娘みたいな口調で話す。
エスティアと並ぶと、どちらが王女かわからなくなってくるほど。
夕飯の時間だったが父テレンスも、客のセドリックやカーティスも食堂に来ていない。
父は自室で、セドリックたちはまだアルフォートの部屋にいるとのこと。
ならばとエスティアも私室に二人分の食事を運ばせ、給仕は断って話し合いをすることにした。
「どういうこと?」
「それはこっちの台詞」
「「乙女☆プリズム夢の王国」」
やはり。彼女もこの乙女ゲームのことを知っている。