クズ男を絞めるつもりが暴露大会に
婚儀を台無しにしたモリスン子爵令息のアルフォートはまだエスティアとの婚約破棄の手続きが終わっていないため、伯爵家の屋敷内で軟禁されている。
滞在していた客間にそのまま放り込まれ、部屋のドアの外には騎士たちが二人、抜け出さないよう厳重に守っていた。
アルフォートを訪ねたカーティスとセドリックだったが、三人して長いこと無言だった。
「………………」
「………………」
「………………くちっ」
下着だけの半裸のままだったアルフォートが小さなくしゃみをした。
それで騎士たちと一緒に来ていたカーティスもセドリックも緊張をやや解いた。だが厳しい表情は崩さない。
「アルフォート、お前さあ。いったい何がやりたかったんだ。クソチキンのお前が女を連れ込んでたのも驚きだし、相手が王女様って何なんだよ。サンドローザ王女は式に欠席だったって聞いてるぞ?」
「エスティアの手を煩わせるまでもない。不貞の輩など滅べばいい」
カーティスとセドリック、二人の元同級生に詰め寄られて、客間の床に放り投げられていたアルフォートは情けなくも後ずさった。
「待て、取り敢えず服を着させろ! 寒いんだよ!」
チッと舌打ちしてセドリックが顎でクローゼットを指した。セドリックとて男の半裸などいつまでも見ていたくはない。
もたもたしながらアルフォートが服を着たところで、再びカーティスとセドリックは圧をかけた。
「で? 言い訳があるなら遺言代わりに聞いてやる」
「それ息の根止める気満々じゃないか!?」
「貴様がやらかしたのはそういう愚挙だ」
ぐ、っとセドリックが拳を握り締めると、身体の周囲の空気が陽炎のように揺らいだ。このまま魔力を帯びた拳だけでも息の根を止められる。
セドリックの薄青の瞳は本気だ。アルフォートは小さく悲鳴を上げた。
「じ、事情! 言い訳聞いてくれるんじゃないのか!?」
「まあ内容による。取り敢えず話してみろよ」
セドリックがマジ切れ寸前のため必然的に宥め役に回ったカーティスが、赤茶の髪をかき上げながら言った。
「言えるものなら俺だって言いたい! こんな最悪の役割なんて最初から嫌だったに決まってる!」
「だからとっとと言えと……ん?」
アルフォートが必死で言い募っているが、どういうわけか首をのけ反らせたポーズを繰り返し取っている。
ボタンを二つ三つ留め忘れたシャツから覗く首筋には、細い銀色のネックレスがある。
シャツならボタンを締め、礼装のジャケットを羽織れば見えない絶妙な長さだ。
「それはプラチナ……いやミスラル銀か? 何かの魔導具のようだが」
「んー! んんんんー!」
「もしや、説明を阻害する魔導具なのか?」
「んー!」
当たりらしい。
どうやら取って欲しいようだが、そう伝えることもできない設定らしい。
「随分と複雑な術がかかってるな。カーティスなら解けるか?」
「荒くれ者自慢の辺境伯家の息子に無茶を振らないでくれー」
「……仕方ない」
両耳のピアスのうち片方を外して石の部分を指先で摘まんだ。
いざというときの魔力調達用の魔石だ。
「大丈夫かそれ。アルフォート如きに使っちまってもったいなくないか?」
「魔力ならまた込め直せばいい。今はこの屑男の話に興味がある」
「屑っていうな!」
「「屑だろ」」
ピアスの魔石からチャージした魔力を指先に集めて、一気にアルフォートのネックレスを引っ張った。
「首っ、首が落ちるうううう!」
「……いっそ落ちてしまえば良いのに」
「ヒィッ!? 怖いよお前!?」
ともあれ魔導具らしきネックレスは千切れた。
「で、遺言は?」
「ないよ! まだ死ぬつもりもない!」
すっかり薄青の目を据わらせたセドリックににらまれ、絨毯の上に正座させられたアルフォートが白状したこととは。
「全部シナリオ書いたやつの指示だったんだ! やらないと俺もエスティアも殺されてしまう!」
「「は?」」
いきなり何を言い出すかと思えば。
「全部って、どこから?」
「学園に入学したときからだ!」
「……具体的には?」
「女好きのろくでなしに見せてたことだ!」
「いや、お前、女好きに見えてろくに手も出せないチキンだろ?」
「ああ。飛べない鳥だ。見た目が派手なだけの」
「俺の評価なんでそんな辛いの!?」
「「自業自得」」
ともあれアルフォートから聞き出したところによると、〝ろくでなしの屑男〟像を意図的に演じていたという。
「お前、元から屑じゃん。従姉妹のエスティアどころか他の女生徒たちにも酷い態度だった」
本当に紳士マナーの講義を受けたのか? と疑問に思うほど酷かった。
クラスの同級生女子たちを平気で値踏みしては顔や体つきに言及しては顰蹙を買っていたし、好き勝手に誘いをかけて断られると相手が泣き出すほど強く罵倒することもよくあった。
どこの場末の不良だという素行の男として有名だった。子爵家の長男のはずなのだが。
「だから、演技! 俺は〝どうしようもない〟〝救いようのない〟男じゃなきゃいけなかった!」
「だから、何で?」
「それにお前とエスティアが殺されるとはどういうことだ?」
言い訳にしては面白くない。
しかし、そのわりにアルフォートは必死だ。
「い、いいのか? 言ってもいいのか? 聞いたらお前たちとて逃げられないぞ、巻き込んで絶対逃してやらないからな!?」
金髪青目の美男子のはずのアルフォートが、冷や汗なのか脂汗なのかわからないほど汗だくになっている。
セドリックはカーティスと顔を見合わせ、頷いた。
「エスティアに関わることなら構わん。聞いてやる」
そして語られた内容は、予想もしないほど重かった。
「我がモリスン子爵家は王家の正統の血筋だ! 現国王が平民の女を王妃にしたせいでサンドローザ王女に王家の血は半分だけ。そのせいでうちの一族から次期国王を出すかもって話が出ていた!」
「「!??」」
これはさすがに想像もしていなかった。
しかも、頭の悪い屑男のはずのアルフォートがまあまあ普通に説明できているのも驚きだった。
「エスティアはまだいい。聖女を出すパラディオ伯爵家のネームバリューで守られている。だが本家嫡男の俺や現当主の息子のテレンス様はヤバい。少しでも有能なところを見せたら間違いなく王家に暗殺される!」
もうアルフォートは冷や汗どころではない。半泣きで鼻水まですすっている。
「モリスン子爵家だぞ? あの大魔道士マーリンの息子や孫が頭の悪いど底辺なわけがない! だが仕方なかったんだ、顔が良いのは変えようがないが成績や言動はコントロールできるから一生懸命頑張った!」
「イケメンなのはプライド持ってんだな……」
「つまり、屑男を装ったのは、『あんな屑なら次期国王は無理』と思わせるためだと?」
「そう、それ! その通り!」
「………………」
再びセドリックはカーティスと顔を見合わせた。どこまで本当のことなのか。
「さっきの口封じのネックレスを装着させられたのはなぜだ?」
「祖父のマーリンにやられたんだよ! このシナリオを書いたのはあのジジイだ。お前は口が軽いから下手にバラさないようにって、あの野郎ー!」
「……まあ賢明だな」
実際、セドリックたちに圧をかけられたぐらいでこうもペラペラと内情を話してしまっている。
この際だから真実を洗いざらい吐かせてしまおう。
それから半日近くかけて可能な限りアルフォートから情報を引き出した。
「こりゃ、しばらく滞在してエスティアやテレンス様を見ていたほうがいいな」
無言で頷き合ったところで、ふと窓の外を見ると、騎乗した近衛隊の制服の青年が門を過ぎたところだった。
ヘーゼルブラウンの短髪の青年だ。学園を卒業して久し振りに見る。
「王女を引き取りに来たか」