表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/46

父親の責任を問う、そして聖女の秘密

「待て。解散の前に明らかにすべきことがある」


 張りのあるバリトンの声が教会内に響いた。

 隣国カルダーナ国王の弟、セドリックだ。


「ま、まさか隣国の王弟殿下では?」

「婚儀に参列していたのか……」


 セドリックはこの国の学園に留学していたから顔と名前だけは知られている。


「その新郎の男、ひと月前から新婦の実家に滞在していたと聞いている。ならば昨晩から今日にかけて、隣の女と不貞行為を犯したのは伯爵家の本邸のはず」


(まあそうよね。私たちその現場を目撃したしね)


 彼、隣国王弟のセドリックが厳しい性格なのは国内貴族なら大体知っている。

 彼を育てた隣国王姉からしてマナーに厳しい女性だったので、近い世代の者ほど詳しかった。


「なぜ、花嫁の父たる伯爵代理が把握していなかった? これは新婦の父親の監督責任も追求せねばなるまい」


 ざわ、と会場内がざわついた。


(ここでこういう正論を言っちゃうのがセドリックなのよね)


「ま、待て、駄目だ、このままだと……」

「お父様?」


 花婿に花嫁を託す役割のため、父テレンスはずっとエスティアの隣にいた。

 その父はセドリックの糾弾に青ざめて震えている。


「皆も知っておろう。先代の女伯爵カタリナ様は聖女だった。その娘のエスティアも聖女である。にも関わらず自分の娘の婚約者が、まさか婚儀の当日に不貞行為を犯す不埒者とは」


「私からこの国の国王に、伯爵家の念入りな調査を行うよう口添えしておこう」


 その言葉にエスティアの父テレンスは崩れ落ちた。

 王家は聖女の血筋を取り入れるため、王族の末端の彼を聖女だった先代女伯爵に婿入りさせている。


 これが国内貴族からの指摘なら誤魔化すこともできただろうが、他国の王族、しかも王弟では立場が強すぎる。

 王家は伯爵家に対して真っ当な調査をせざるを得なくなる。


 調査の結果、伯爵家で父親がどのような立ち居振る舞いをしていたか、実の娘を如何に冷遇し扱っていたか、すべて露呈するだろう。




 中止になった婚儀の後で、エスティアは家の使用人や騎士たちを集めて溜め息をついていた。

 他の参列者たちは皆帰って行ったが幼馴染みのセドリックやカーティスは残ってくれている。


「まさか、あなたたちがここまでやるとはね」

「お嬢様の意に沿わぬことだったと思います。ですが我らも伯爵家の一員として、もはや我慢がならなかったのです」

「責めはしないわ。むしろ、あんな男と結婚せずに済んでホッとしてる」


 本当なら離縁まで、白い結婚で年単位の時間をかけなければならなかった。

 これなら一発だ。

 婿入りの男がここまで愚行を犯したなら婚約破棄も問題ない。


 エスティアは屋敷に戻ってドレスを早々に脱ぐなり、国王に対して婚約破棄の申請書とその理由を書いた手紙を書いて早馬で届けさせた。


(王女のことはあえて書かなかった。参列者の誰かが伝えるでしょ)


 むしろ婚約破棄するアルフォートや、父テレンスより頭の痛い存在があの王女様だが、さてどうしたものか。




 この国の〝聖女〟は、実は他国で聖女と言われる存在とは別物だ。

 聖なる魔力を持っていなくても、異世界からの転生者が聖女と呼ばれている。


 正確には異世界で暮らしていた記憶を持ったまま生まれた者のことらしい。

 パラディオ伯爵家は異世界転生者の生まれる確率が高い家だった。そのためエスティアも教会から自動認定されていたというところだろう。


 この世界より文明が進んだ世界の記憶を使って、さまざまな発明や工夫を行い、国や領地、家を繁栄させてきた。


 そういった、異世界人の魂を持つ聖女の子供は、高確率でまた同じ聖女になる。

 パラディオ伯爵家はその単純な法則を守って続いてきた一族だった。




 前世のアラフォー、ミナコを思い出す前のエスティアは、生前の祖母と母親がたくさんの業自分たちの前世の話を〝おとぎ話〟として語り聞かせてくれたことを覚えている。

 それらは可能な限り伯爵家の秘伝として書き記され、大事な財産として残っている。


(ここが乙女ゲームの世界だって気づいてから、家人たちにお母様のことを聞いてみたけど……)


 そもそも、なぜ前伯爵の母親があのクズな父親と離婚しなかったのか? やはりそこが気になった。


 母の亡き後、侍女マリナはそのまま娘のエスティアの侍女になっている。

 彼女にまず訊いてみたところ、言いづらそうにしながら教えてくれたのは、父テレンスは自分の妻が本当の意味で聖女でなかったことを知っていたという話だ。


(それをバラされたくなければ金を出せとお母様を脅していた? まあお小遣いに毛が生えた程度の金額だったみたいだけど)


 なぜそれでも離婚しなかったかについては、王命の政略結婚だったことと、やはり母が父を愛していたからではないか、というのが侍女マリナの見解だった。




 急遽取り止めになった婚儀の後、ほとんどの参列者たちは慌しく帰って行った。

 きっと明日にはパラディオ伯爵家の醜聞で王都や国内各地は持ちきりだろう。


 幼馴染みで元同級生のカーティスとセドリックだけは、事態が落ち着くまでもう数日だけ滞在してくれるそうだ。

 唯一の家族が父テレンスしかいないエスティアには、二人の気遣いがありがたかった。


 簡単な昼食だけ済ませた後、あの二人はアルフォートを軟禁させた部屋へ言葉少なに向かっている。

 エスティアの代わりに怒ってくれるなら助かるなと思った。


(正直、アルフォートに関してはもうあまり考えたくない)


 他の面倒が片付いたら実家に強制的に送りつけるつもりだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ