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最高のエスコートしてくれる人がいいって話してたら幼馴染の公爵令息が豹変!そんなアプローチなんてアンタには求めてないんだからね!  作者: 伊賀海栗


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⑳素直になってくれて嬉しいよ


 ライルの黒い瞳が微かに伏せられた。シェリーンの首元を見ているように見え、思わずデコルテに手をやる。指先に当たる硬質な感触に、ライルから贈られたネックレスを思い出した。


「それ、先々代が婚約の証にって曾祖母に贈ったやつ」


「……はい?」


「プラチナの冶金技術が確立されて間もない頃のもので、歴史的価値も高い。ベーダス公爵家の宝のひとつだ」


 真っ赤だったシェリーンの顔が一気に青くなる。公爵家の宝など、国宝級と言っても過言ではないではないか。


 先ほどまでとは全く違う意味でシェリーンの心臓がバクバクと高鳴った。


「そっそっそんなもの贈らないでよ!」


「はぁ……。お前の鈍感力に底はねぇのかよ」


「どっちかと言えば鋭かったでしょ! 国宝級よ、国宝級!」


 すぐにも外して返してしまわないと、とシェリーンが首の後ろへ手を回す。ライルもまたその手を止めるためにシェリーンの首へ両手をまわした。


「待て、外すな」


「そうは言っても」


「話が終わるまでは、つけといてくれ」


「わ、わかったから。離れて、近い……」


 国宝級の貴金属を身に着けているという危機感よりも、ライルの整った顔がすぐそばにあることの緊張感のほうが勝って、シェリーンの頬は赤みを取り戻した。血流の上下幅が大きすぎて倒れてしまいそうだ。


 ライルはシェリーンの手を握ったまま胸の前へ持ってきて、何か言いたげに口を開いては閉じるというのを繰り返す。


「だから、そのネックレスは、俺の気持ちで」


「ん?」


 シェリーンはライルの言葉の意味をはかりかねて、その表情を見つめた。真っ直ぐな目はシェリーンを強く見返し、唇は何かに耐えるようにぐっと引き結ばれている。


「まだわかんねぇのかよ鈍感女」


「ハッキリ言わないほうが悪くない? 語彙力皆無男」


「だから」


「なによ」


「結婚してくれっ!」


 時間を止める魔法はまだ研究段階にあるはずだ。が、確実にシェリーンは今、止まった時空の中にいた。

 ただみるみる赤くなっていくライルの顔だけが時間経過をシェリーンに教えてくれる。激しく動きだした心臓に胸が痛くなったとき、シェリーンは絞り出すように言葉をこぼした。


「えっ……冗談、ではなくて?」


「お前がいつも横にいることに安穏としてた。でもそれは当たり前じゃないってわかった。チビのころから一緒にいるから、急に大人ぶるのが不安でクソガキみたいなこと言ってばっかだったけど、それじゃダメだってわかった」


「んんっ?」


「俺もっと大人になるから、婚約の証としてそのネックレスを受け取ってほしい。好きなんだ、ずっと」


 告白。そう、告白されるのだというのは少し前から気付いていたはずなのに、いざライルから直接的な言葉が伝えられると、シェリーンの頭は真っ白になってしまった。

 ただスマートなエスコート、ナヒッドをあしらう姿、いつも通りの心地いいダンス、それらが思い起こされる。それにいつかライルに言われた、「素直になれ」という言葉も。


 ぐるぐると全身を血がめぐって、頭がふわふわする。心臓はもうずっとバクバクし続けだ。真っ直ぐにシェリーンを見つめるライルの向こう側では、白い月がひときわ強く輝いた。


「わ、私も、好き」


 思わずこぼれた言葉は、伝えようと思っていないどころか、シェリーンが今の今まで意識していなかったものだった。

 にもかかわらず、一度蓋を開けてしまった心の奥の箱からはとめどなくライルへの気持ちばかりが溢れ出してしまう。


「え、おま……泣いてんの? ちょ、泣くな」


「泣いてない! ばか、好きじゃない、違う、これは、」


「好きじゃねぇの?」


「ちがっ、好きなの、好きだけど!」


 素直になりきれず、しかし溢れ出した気持ちをどう扱っていいのかもわからず、涙でぐしゃぐしゃになった顔を俯けて隠す。

 ずっと握られていたシェリーンの手から、ライルの手が離れた。


「ライ――」


 ライルの手はシェリーンの背中にまわり、ふわりと優しく抱き締められる。胸に抱かれて、シェリーンの耳にはライルの心臓の音が聞こえてきた。バクバクと、シェリーンの心臓とほとんど同じリズムを刻む音だ。


「俺と結婚してくれる?」


「する……」


「やっと素直になった」


「ちっ、違う! これは、その、月! そう月のせいだから!」


 シェリーンが何を言っても、ライルはもうクスクスと笑うばかりだった。

 そのうちにライルの顎が頭に乗った感触があり、続いて大きく吐き出した息がシェリーンの頭頂をくすぐった。

 けれどもその息さえも震えていることに気づいて、シェリーンはライルの背中に腕をまわした。


「ネックレス持って帰るの恥ずかしかったから助かる」


「なにそれ」


「両親に話は通してあるってこと。すぐにアディーブ伯爵にも婚約の話を持っていくよ。……お前の気が変わらないうちにな」


 シェリーンは返事をしないまま、小さく息を吐いた。

 まだ自分で信じられずにいるのだ。まさかこんなにライルを思っていたとは。それもこれも、この不思議な月のせい――


「一応言っとくけど、ホワイトムーンの伝説、本当は違うからな」


「は?」


「正しくは、ホワイトムーンの下で婚約すると幸せになれる、だ」


「なっ」


 そう言われてみればその通りだ、とシェリーンも昔に誰かが言っていたのを思い出した。随分ロマンチックな言い伝えだと思ったものだ。

 気分が高揚するなんて、ロマンの欠片もないではないか。


「素直になってくれて嬉しいよ」


「ライルのばかっ!」


 白い月の輝く夜空に、ライルの笑い声が響き渡った。





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― 新着の感想 ―
[良い点] キュン死した……。 _(:3」∠)_
[一言] 海栗さんの書くこういう感じ、もの凄く好きなんですよ! 今回の更新で美味しいお酒をたんと頂戴いたしました。 ありがとうでござんす。
[良い点] ホワイトムーンの伝説が素敵すぎました。 やっと素直になれた2人が可愛すぎる。
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