⑮あのぉ……。パーティーのパートナーをですね
ツッコサリーノ座を出て、シェリーン、ライル、ターヒルの3人はアディーブ邸へと戻った。迎えに出た侍従たちは、シェリーンがふたりいることに目を丸くしつつも何も言わない。
応接室に入り茶の準備が整うと、ライルが深いため息をついた。
「ターヒルにも女装させて連れ歩く変態だと思われてねぇかな、俺」
「僕にこんなことをさせるのは常にシェリーンだから、みんな『またシェリーンの悪癖が出た』と思っているに違いないよ」
「はぁ? そんな言われ方するほどさせてないわよ。せいぜいが5回くらいじゃないの」
「十分だろ」
むくれるシェリーンの横で、ターヒルがイヤーカフを外す。テーブルへ置いたところで「そういえば」とライルを見やった。
「役者が衣類を脱いだ時、君たちは何をしていたんだい? 声と衣擦れの音だけだといろいろ想像できてしまってね」
「やっ、いやなんもしてねぇよ! あいつがガキだから爆睡しただけで……っ」
「そっ、そうそう! ストーリーも全然わかんないし、つまんなくて!」
ふたりの主張は正しい。ただ、ライルの腕の中で寝たということを除けば。そしてその一点に羞恥を覚え、ふたりは必死に言い募った。
「僕がいつバレるかと冷や冷やしながらナヒッドの相手をしている間に、ねぇ」
「そそそそっそれよりさ、ナヒッドに誓約させるったってコッチ何もないのにどうするのよ?」
無理やり話題を変えたシェリーンに、ターヒルは目を眇めたがそれも一瞬のこと。立ち上がり、壁に掛けられた鏡の前へとふたりを誘った。
訝しげな表情のシェリーンとライルを横目に、ターヒルがぼそぼそと呪文を唱える。詠唱完了と同時に鏡面が一瞬だけ発光し、そしてツッコサリーノ座の個室を映し出した。
「宰相候補を輩出する総合教育科の特進クラスでは、こういった高度な魔法も教えていてね。基礎論くらいは君たちも習っただろうから省略するが……鏡があれば特定の状況を映像として記録できる。条件は厳しいけどね」
「あーこれ、俺が乱入したとこだな」
「全員の注意をひいてくれたからね、仕掛けるのは簡単だったよ。ただ、必要な情報がしっかり映っているかわからなくてね……確認しよう」
鏡の中で、先ほど起きた情景が繰り返されている。シェリーンがナヒッドの誘いを断ったときに出現した魔法陣は、細かい文字のひとつまで視認できるほど克明に映し出されていた。
ターヒルが満足気に頷く。
「よし。これで証拠が用意できたね」
「俺やっぱターヒルだけは敵にまわしたくねぇわ」
「自慢の兄だわ」
ターヒルが手をかざすと、鏡はなんの変哲もない普通の鏡へと戻る。そこに映りこんだ自身の姿を見て、ターヒルは肩をすくめた。
「着替えてこよう。ライルはゆっくりしていてくれ」
「待って、ターヒル」
一歩を踏み出したターヒルの腕にシェリーンがしがみつく。
「なんだい?」
「えっと、あのぉ……。パーティーのパートナーをですね」
上目遣いで真っ赤な顔のシェリーンがどんな気持ちでいるか、ターヒルには手にとるようにわかる。問題を先送りにするために助けてほしいと言っているのだ。
一方、彼女の横でぎょっとした表情を浮かべたライルに、ターヒルはお腹を抱えて笑い出した。ひとしきり笑ったあとで、言葉を選ぶように口を開く。
「残念だけど僕はもう相手が決まっているんだ。君はそういえばさっき、その件でライルとの話が途中だったんじゃないのかい?」
「えっ、あ……。もう! 全部聞いてたのねっ?」
ターヒルは一層真っ赤になったシェリーンの頭を撫で、出入り口へと向かう。すれ違いざまにライルの耳元へ口を寄せた。
「また嫉妬しないように、ちゃんと掴まえておかないとね」
「ばっ! おまっ」
楽し気な笑い声を残してターヒルが応接室を出て行き、壊れかけの人形のようにぎこちないふたりだけが残された。
「と……りあえず座ろうぜ」
「そうね。ターヒルってばすぐ戻ってくるのかしら」
座ってもなお落ち着かないふたりの間に沈黙が落ちる。動いたら負けとでも言うように、どちらもお茶に手を出すことさえしない。
そこへ時計がポーンと鳴って、シェリーンの体が跳ねた。
「わっ」
「なにビビってんの、おまえ」
「は? ライルだってビクってしてたでしょ! それに普通こういうとき大っ人ーな男なら『大丈夫かー』とか言うもんじゃないの」
「今のは超絶紳士なターヒルでも絶対笑ったに決まってんだろ。それともなにか、やっぱナヒッドのほうが良かったーとか思ってる限界お花畑か?」
睨み合い、そして同時にぷいと顔を背ける。
それはいつも通りの光景であり、だからこそ、ふたりは同時にため息を吐いた。
「ライルはさ」
「おまえさ」
言葉がかぶり、振り向いて目が合う。
「なっ、なによ?」
「先に言え」
「ライルが先でいいけど」
「俺は大人だからあとでいい」
言葉に詰まったシェリーンが、また顔を赤くしてティーカップに手を伸ばす。が、手が震えているのに気づいて膝の上に戻した。
「どっどうせライルのことだからパートナーまだ決まってないんでしょ」
「は? え、こんだけもったいぶって言うことそれ?」
「じゃなくて、だから、私が、パパパパートナーになってあげてもいいっつってんの」
俯いたまま早口でまくし立てたシェリーンの耳に、ライルの大きなため息が聞こえて来た。思わず膝の上の手を左右でぎゅっと握り締める。
ライルが立ち上がった気配に、シェリーンはゆっくりと顔を上げた。




