①今年は、おっとなぁーな方と参加するから
シェリーンの目の前で、顔を真っ赤にした女学生がモジモジしている。ローブの袖口には黄色のライン、首から下げた魔法石は魔力コントロールの授業に用いるもの。つまり彼女は一学年下の魔術士科の学生ということになる。
彼女の差し出す可愛らしいピンクの封筒には「ターヒル・ラ・アディーブ様」と書いてあった。
「ア、アディーブ先輩、す、好きです! これ、読んでくださ……」
「お断りよ。残念だけど私、ターヒルじゃなくてシェリーンだから受け取れないの。ちゃんと区別がつくようになってから兄に直接伝えてくれる?」
シェリーンは踵を返し、友人の待つ食堂へと戻った。Aランチをトレイに乗せて席につくと、親友のソハラは憐れむような笑顔で出迎えてくれる。
「お疲れ、シェリーン。急に呼び止められるのも慣れたもんだね」
「今月に入ってもう3回目よ。ターヒルは一体どこで女の子を口説いてくるのかしら」
「口説いてるんじゃなくて勝手に恋に落ちちゃうのよ。双子の妹と瓜二つの中性的な美人で、中身は誠実かつ紳士。さらにアディーブ伯爵家のご令息だもん。アタシだってシェリーンのお兄ちゃんじゃなければ恋してたわ」
マナーなどすっかり無視して、シェリーンはぎゅっと握ったフォークでサラダを突き刺した。さくさくとした感触の先で、野菜がフォークに縫い留められていく。
胸まである絹糸のように輝く金の髪は細く真っ直ぐで、肌は太陽に愛されたオリーブ色。海の底にも似た紺碧の瞳を長いまつ毛が縁取っている。そんな美を体現したかのような存在が、この学校にはふたりもいるのだ。
「恋をするのはいいのよ、でも見分けはつくようになりなさいっての。私だったらターヒルと間違える恋人なんて絶対いらないし」
「女生徒にはスカート型の制服もあるのに、スラックスを選ぶからじゃない? お化粧してみるとか」
「騎士科じゃスカートなんて無理だし、そもそも見分けるっていうのは服の話じゃないでしょ」
「えー。じゃあシェリーンにはさ、」
フォークにぎっしりつまった野菜をまるまると口に突っ込んだシェリーンに、ソハラが顔を近づける。
「ラ・イ・ル、だね」
ぐほっとシェリーンの喉から異様な音が漏れた。慌てて水を一気に飲んで、止まらない咳に対抗する。どうにか落ち着いたところで、ソハラを睨みつけた。
「なんでそこでライルの名前が出てくるわけ? 勘弁してよね、私はもっと落ち着いてて大人な――」
「俺がなんだって?」
突然現れた人影は、シェリーンの前にあるランチトレイから切り分けた肉をひとつ摘まみ、自身の口に放り込んでしまう。
噂のライル・ド・ベーダスである。真っ黒な髪と瞳は威圧感があるが、その人懐っこい性格で学内でも男女問わず人気があった。
「ちょっと! それ私のなんだけど!」
「ここのランチ、普通の女子には多いって聞くけどなぁ? シェリーンは食いきるのかー」
「は? たくさん食べる女の子のほうがモテるの知らないの?」
「可愛い子に限んだよ、そういうのは。あ。ていうか来月のホワイトムーンパーティー、今年もパートナー頼むわ。どうせ相手いねぇんだろ」
ライルの言葉に、騒々しかった食堂に沈黙が訪れた。誰もがシェリーンとライルに注目し、聞き耳をたてているのだ。
ホワイトムーンパーティーとは前期の締めくくりに開催される学内の舞踏会で、これを終えると夏休みとなる。が、参加自由な卒業パーティーとは違って、全員参加が必須のフォーマル体験授業という一面もあった。
「なんで私に相手がいないと思うわけ? 私たちはこれが学生生活最後のホワイトムーンなんだから、相手の一人や二人見つけてるのが普通でしょ。あっ、ライルくんはおモテにならないから見つからないんだーそっかーかわいそうー」
「は? そんなんじゃねぇよ、フォーマル苦手なの知ってんだろ。お前なら気ぃ遣わないでいいし、モテてモテて困るけど仕方なくお前で妥協してやるっつってんの」
「残念でしたー。今年は、最高のエスコートしてくれるおっとなぁーな方と参加するから。フォーマル怖いぃなんて泣いちゃう子供とは違ってね!」
シェリーンが立ち上がり、ふたりは至近距離で睨み合う。ソハラは呆れ顔で肩をすくめながら食事を進めるが、食堂内はシンとしたままだ。
「ほほー。よく言うわ、相手なんかまだ見つかってもないくせに。俺の完璧なエスコート姿にあとで悔しがっても知らねぇからな」
「完璧なエスコートなんかしてもらったことないしー? そっちこそ、妥協なんて言ったこと反省してダンスの練習にでも精を出すといいわ」
フンと同時に顔を逸らすと、ライルは長い足であっという間に食堂を出て行った。窓からは、砂糖に群がる蟻のごとく女生徒たちがライルを囲むのが見える。
「へぇ、ほんとにモテるんだ」
「いやモテるでしょ。あの見た目でしかも公爵令息。わかる? みんなライルはシェリーンとコンビだと思ってるから声掛けなかっただけよ。アタシも後でチャレンジしてみようかな」
「え? じゃあもしかしてライルのせいで私に声かけない人もいたってこと?」
シェリーンの問いに、ソハラは「今さら何を」と笑う。
なるほど、どうりでターヒルみたいにモテないわけだと納得する。兄ターヒルとシェリーンではラブレターの累計取得数がまるで違う。同じ顔をしているのだから、倍以上の差がつくのはおかしいと思っていたのだ。
もちろん、兄と違ってシェリーンはガサツだし頑固だし、騎士科に属する分だけ暴力的なのを自覚はしているけれども。
おのれライル。
シェリーンはホワイトムーンに必ずライルをぎゃふんと言わせてやるのだと、固く心に誓った。