ep.53 ストーリーテラーの領域 1/2
「ごめんね朝から。なつ海ちゃん、お邪魔するね」
玄関の呼び鈴が鳴り、なつ海がその客人を迎え入れる。
今日、真田家に集まると約束をしていた一人。結城さやかだった。
「さや姉、来てくれてありがとね。そこ、座って下さい。実は、沙織さんが……」
「うん、昨日一樹から聞いたからわかってる。だからあとは乃愛待ち、かな?」
リビングには今日のために6人分の席が用意されていた。
用意といっても家の中にある椅子という椅子を集めただけのものだった。
二人がけのソファーの左側に座るなつ海、その隣に由依が座っている。
ソファーの対面、本来はテレビをみるためのスペースに、簡易的に用意した座椅子が二席。俺と、そして沙織が座るはずだった席だ。
入り口からもっとも遠いところ、上座にあたるところにある一人がけのオフィスチェアに乃愛。
そして、その対面に用意した椅子が、さやかの席としていた。
しかし、いまここにいるのは到着したさやかを含めて4人だ。
先日俺とのデート中に消えた沙織と、依然来ていない乃愛。
「あの、あの……。乃愛さんは、今日来れない、みたいです」
「え、由依ちゃん。どういうこと?」
「実は……昨日こんなのが、届いて」
由依は手にしたスマホの画面を全員が見えるようにかざす。
SNSアプリのダイレクトメッセージ画面。
そこには乃愛から送られた動画ファイルのサムネイルが映っていた。
「……動画?」
「はい。乃愛さんからのボイスメッセージでした。ごめんなさい、由依さきに聞いちゃって」
「ううん、気にしないの。でも、その様子だと、あまり良い内容じゃ、ないのよねきっと。沙織のこともあるし……じゃあ一樹、とりあえずいま集まれるこの4人で話すってことでいい?」
「ああ。……俺も皆にいろいろ伝えたいことがあるしな。まずは乃愛の動画をまず皆で聞いてみようか」
俺は聞かずともわかっていた。
乃愛とはもう会えないこと、これが彼女の最後の贈り物だということ。
「……はい。じゃあ流しますね」
***
えっと、これで録れてるのよね……。
あー。まずは今日行くことができなくて、ごめんなさい。少し体調が優れなくて実はいま病院なんだ。
ホントは皆の顔を見たいんだけど。叶わないのがちょっと残念かな。
今から話すのは一樹から聞いたゲームのシナリオをもとに立てた現象に対する仮説になるんだけどさ。
あ、さきに約束してほしいことがあるの。
私は今日、こんな感じだから参加できないけど、これからの話し合いで、お互いへの遠慮や配慮。自責とかね。
そういう感情的なのは排除して……私もそうするから。
なつ海ちゃん。あなたはもしかしたら、自分のせいでとか思うかもしれない。
そして沙織。あなたはもしかすると全部を背負こもうとしてるかもしれない。
由依ちゃん。あなたは頭がよくてそれでいて人付き合いはちょっと不器用。
もしかするとこういう話をする機会は、あなたはすぐに透明になりたがるんじゃないかって。
そうはお姉さんはさせませんよ。
だからこの動画は由依ちゃんに送ったの。
じゃあ、少し本題にはいるね。
ここからはできるだけ、シンプルに伝えるね。
まず、リサマの中において現象は2つ。
一つは『消失』、もう一つは『死』。
この2つの現象についてそれぞれが起きるのか、そのトリガーの違いを考えてみたのだけど。
実はこの2つにね、違いなんてないんじゃないかって思ったの。
主観的な視点で、真田一樹が見たものはすべて『消失』なの。
そして、伝聞的に伝わる事実が『死』なんだ。
順番としては、先に『消失』という現象があって、その後どこかのタイミングで『死』という結果に変わる。
これは『消失』が『隠り世へ還す』という非現実的な事象に対して、
『死』というのは現実的な事象よね。
きっと水月という神様のとる行動はどこかのタイミングで現実的なものに書き換えられるものだと私は見てる。
書き換えを境に、非現実的な現象は現実的な結果に切り替わる。
だから、この2つの現象は実質的には1つに絞られるの。
唯一の例外があるとすれば私、源乃愛のルートね。
この場合は直接的な『死』を描いている。
その点においてはもう一つ答えが出てる。
現象が真田なつ海の死を回避するために3年の猶予を得たことに起因する
真田なつ海自身の消失、またはその代理での魂の総量の調整ということであれば。
やはりこれは『消失』でなければいけない。
つまり、私の『死』は現象ではないの。
それは、いままさに身体に異変を感じてることからもわかるんだよね。
もともと私はもっと昔に死んでてもおかしくない状態だったから。
ちょっと悔しいけど。
――まあ、それはいいや。
ただね、そのことを踏まえて間違えないでほしいんだよ。
なつ海ちゃん。そしてさやか。
あなたたちを救うために、足掻いてほしいの。
すべてのトリガーは、3年前のなつ海ちゃんの水難事故。
それを書き換えることができれば、現象は止まる。
与えられたシナリオから私にわかるのはここまで。
ここから先は、虚像の世界。
ストーリーテラーの領域だから。
さやか、ここからは私の代わりにあなたがリードするの。いい?
最後になるけどね、皆と一緒にいた時間が私にとってほんとに特別だった。
皆のこと、ほんとに大好きよ。
じゃあ、Byebye。
***
映像のないボイスメッセージだったが、
ときおり後ろで漏れる環境音でそれが病室内であることもわかった。
掠れた声で明るく語る乃愛の声。
合間に入る咳の音が、痛々しかった。
「病院って、じゃあ乃愛は……助からないの?」
乃愛のボイスメールを聞いたあと、さやかはそう呟いた。
それに答えられる者はいない。
いや、いるとすればその未来を見てきた俺だけしかいない。
「そうだ……、いま連絡をとれば!」
さやかがスマホを取り出す。
その液晶画面に急いで指先を押し付け、SNSアプリを起動しようとした。
「さやかさん……! 由依もそう思ったんですけど……」
「ブロック……されてる。ううん、アカウントも全部消されてる」
フリックする指が止まる。
「うん、多分この連絡のあとで全部自分から消したんだと思います」
さやかはそう言って、スマホを持つ手を下ろす。
そして、右の手のひらで鼻から口にかけて覆った。
乃愛の言った約束を守ろうと、その感情を押し殺して必死で涙をこらえているのがわかる。
さやかは、俯いたまま小さく呟いた。
「乃愛の……バカ……なんで、言ってくれなかったのよ」
「さや姉、わたし近くの病院とか、手当たりに問い合わせてみるよ」
なつ海も同様に端末を手に言葉を発した。
それをさやかは、首を横に振って静止させた。
「ううん、なつ海ちゃん。……大丈夫よ。たぶん乃愛はそんなこと望んでないから。いまはこの現象について話そう?」
「さやかさん……ほんとにいいんですか?」
透明にならないようにと言われた日向由依がさやかに尋ねた。
「……もうすでに、沙織は消えてるの。もし乃愛が言うように現象が一つだとすれば――事象の書き換えが起きる前なら、まだ間に合うかもしれないから」




