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ep.52 最高のエンディングのために

「ほら……学校、遅れるわよ」


 学校……? 今日は日曜日だろう。

 確か沙織と一緒に、海に向かっていて……あれは土曜日で。

 

 いや。なにか、違う気がする。


「ねえってば。一樹。もう夏休みも終わるんだから」

 

 この声は、さやかの声か。

 夏休みが終わる……。何を言っているんだろうか。

 そう思うと同時に、記憶が再構築されていくようだった。


 そうだ。確か……俺達は沙織を犠牲にしたんだった。

 結果的に現象を止めることができなかった。

 結城さやかではなく、佐藤沙織の死でもってエンディングを迎えたんだった。

 よな……?

 

「そろそろ、学校行こう? あの子も一樹がずっと塞ぎ込んでることなんて望んでないと思うの。だから……私も、皆も一樹のことを責めてないよ」


「ねえ見て? あの日から、沙織が事故にあった日から。時計、動くようになったの。多分、沙織が……全部背負ってくれたんだと思うんだよ」


 違うんだよ。

 さやかはそんな風に言ったら戻れないだろう?

 受け入れるんじゃなくて、俺のことを罵倒して殴ってくんなきゃ……。


 やり直せない、だろう?

 俺は何を考えている。あれから何度も試して、駄目だったじゃないか。

 やり直す。なんてできるわけ。


 何か口を開き、言葉を出そうとするも、意識とは裏腹に

 俺はその場から動くことができず、ただベッドの上でうずくまり、毛布を握りしめることしかできなかった。


「だから、一樹もあの夏からそろそろ……目を覚まして」


「ねえ一樹は何も自分を責めなくていいの。ほんとに責められるべきは私だから……乃愛のことだって私はッ!」


 その言葉に、違和感があった。

 何がおかしいのかわからないくらいのものだったが、何か再構築された記憶と俺の識る記憶との齟齬があるような気がした。


「乃愛……がどうしたんだ?」


「一樹、あんた……ふざけてるの。冗談で言ってるんなら、それだけは私、ゆるさないわよ」


「――さや姉」


「なつ海ちゃん……?」


「ねえ、兄さん。起きて」


「……なんだよ」


――ッ!


 シャツの胸ぐらを掴みあげ、なつ海は俺を毛布から引きずり出した。

 そんな乱暴な仕草を彼女がするとは思いもしなかった。

 俺は、なすがままに顔をあげ、妹の顔を見た。


 珍しく髪をおろした彼女はみずぼらしい様相だった。

 痩せた、というよりはやつれたように見える。


 その右手は、右腕は。震えていた。

  

「ずっとこうするべきだった! この夏の間。沙織さんが事故にあってから何度も考えてた」


「でも、でも! さや姉もわたしも、沙織さん達に生かされたのだから。受け入れるべきだって。その意志を尊重して生きていかなきゃって! そんなの……違うよね。兄さんなら、変えられるよね」


「……達?」


 沙織以外に、何かあったのだろうか。

 記憶を巡らせようとするたびに、書き換えられていくようで。

 頭がヒドく痛む。


「……良かった。やっぱり、知らないよね、いまの兄さんは。知らないのが証拠。兄さんは過去から来たんだね。タイムリープして」


「……」


「歯、食いしばって」


――歯、くいしばろっか? 兄さん


 あれは、いつの日だったか。

 何だかすごく昔で、すごく幸せだった記憶な気がする。

 

 そうだ。由依の件でなつ海が怒ったんだったけな。

 その結果、どうなった?

 そう。なつ海に叩かれたんだ。それでどうなった? それは何のトリガーだ。


 タイムリープ。


――そうだね。でも真田くんは単なる夢だと思っていないわけだ。そしてアタシもそうは思っていない。


 懐かしい彼女との……佐藤沙織との記憶。


 そうだ、これは夢で。それは単なる夢ではなくて。

 

「……もしその結果わたしが消えることになったとしても。もう一度。兄さんに賭けてみたいの」


「……いいよね、さや姉」


「一樹は、いい? 私は覚悟できてるんだけどさ。あんたは、まだあの夏をくり返したい?」


「――ああ。もう一度。最高のエンディングのために。行ってくるわ」


「なつ海もありがとう。……もう大丈夫だから」


 俺はそう言ってVネックの首元を掴むなつ海にそっと手を重ねる。

 そのままなつ海は腕を下ろし、その疲れた顔で笑みを見せた。


「――さやか、強烈なのを一発頼むよ」


 幼馴染ヒロインにバカなんて言われながら、その顔を叩かれるような。

 そんなありがちな主人公で、俺はまだいたいんだ。

 

 だから、さやかにお願いした。

 リサマのメインヒロインは小さく頷いて。

 最高に可愛い顔で、その手をあげた。

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