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ep.47 わたしの代わりが必要とおもったの 2/2 

「――えっと、兄さん詰んじゃってますよね」


 場所をリビングに移した俺たちは、通話から帰ってきた由依を加えて3人でルート分岐について話をすることにした。

 サブヒロイン日向由依は、驚きながらも冷静に受け入れてくれたようだった。


 なつ海の淹れたコーヒーをすする。

 由依となつ海の手元には紅茶があって、傍目から見れば単なる夜更しだ。


「そうなのか……? 前に正ヒロインルートからの派生で|True endingトゥルエンに行けるって話してたよな」


「たしかに言ったけど……。それで、さや姉を家に入れて、部屋で……手を繋いだり、いちゃいちゃしてたわけですね。でもこれってさや姉のルートに入ってるだけで、目的の沙織さんのルート分岐じゃないでしょ」


「いや……いちゃついてはないんだけど」


 若干の棘をもった口ぶりで、なつ海は俺にアドバイスを投げかける。


「……もっと言えば、由依ともイベントこなして……わ、わたしともルートすすめてるし。乃愛さんとのことは、事情はわかるんだけど……これって、ノベルゲーだったらBADエンドどころか、ゲームオーバーになるパターンじゃない」


「まぁまぁ、なつ海ちゃん」


 なつ海が読み上げている紙は、先程なつ海がまとめたメモだった。

 テーブルいっぱいに広げられたルーズリーフ用紙。

 

 その数枚にわたって書き込まれたキャラクターの名前とそのルート分岐について。

 主だったイベントと、そのエンディングまでの道のり。

 そして結末。


 なかには、本人のもの、真田なつ海の名前もある。

 そして日向由依のものも。


 あまりにも冷静に淡々とまとめあげていくものだから。

 字、綺麗だな。

 なんて、茶化したところ物凄い剣幕で睨まれた。


「ちなみに、サブヒロインにわたしへのプレゼント用のおっきな『びふまる』をあげちゃうのはさすがにショックが隠しきれないのですけど。そんなに夢だったんですか? ハーレムルート。はぁ……嘆かわしいわ。兄さん」


「由依もまだいま話を聞いたばかりで、うまく咀嚼できてないんですけど。ほんとの、ことなんですよね。いまの話」


「ああ……ごめんなずっと隠してて」


「由依の……、なんか変な感じなんですけど。日向由依ってキャラクターのルートは……ちなみに、プレイしたんですよね」


 丁寧に言葉を選んで話をする由依。

 恋愛対象として日向由依というキャラクターがいるという事実と、このままだと、友達のなつ海だけでなく、関わりのある人たちの誰かが最悪な結末を迎えるかもしれないということ。

 

 その信じがたい非現実な内容を、真正面から受け止めているのが、見て取れる。

 だからこそ、日向由依はなつ海が心から信用した友達で、リサマのサブヒロインたる存在なのだろう。


「ああ、コンシューマー版での追加シナリオだったからな」


「……///」

 

 途端にその顔を赤らめる由依。

 もともと俺が使っていた大きなマグカップで顔を隠すようにして縮こまる。


「由依ちゃんのほうは、一応……全年齢版だったから。安心してほしい。――あッ!? なつ……」


 そこまで口にしたとき、妹から明らかな殺気めいたものを感じた。


「さいッてー! よく妹のR18ルート攻略しようなんて思ったわね。……しかも、CG100%(フルコンプ)ですか。そうですか。xxx(そういう)シーン前にQuick Save(クイック)準備ですか。ヘンタイ……、もう」


「なつ海ちゃん、一応カズキさんも記憶がなかったわけだし。ね。そう! フィクションとして、考えよ? ね?」


「わかってるけど……。わたしもこのまま何もしないまま消えたくないですし。協力しますけど。なにこのやるせない感じ。勝手に負けヒロインにされてるとか。脳破壊されそう」


 手にしたシャーペンの先をトントンと紙面上に押し付けながら、なつ海は明後日の方向を見ながら喋る。


「なんか、マジですまん……。それで、どうにかならないのか。沙織とのルート分岐」


 なつ海の目つきがさらに鋭くなる。

 というかキツくなる。


「だから詰んでるっての。いいですか。今日は7月5日です、ううん日付変わってるから7月6日です。そもそも女子中学生をこんな夜更しさせないでください。で、全ルート共通で7月7日にちゃんと告白して付き合い始めるんだよね。そのリサマってゲームの場合!」


 白紙の紙面上に7月7日! と大きく書き。それをマルで囲む。


「たぶん……これは既定路線だから。今日の朝から夜までに沙織さんとの関係を修復しないとだめなわけで――なに、呑気にステーキ食べ行ったりしたの!」


「……お前ら家族のことも大事だったから……あとは、さやかとも」


「それは嬉しいんですけど。ですけどね。わたしとのルートとか考えるまえに、ゲームオーバーを避けなきゃだめだよね? さすがにゲーマーだったらそれくらいはわかるよね兄さん」


「仰るとおりで……」


「まあ由依も楽しんでましたから、えっと、一ついいですか?」


 小さく手をあげる由依。

 学校ではないのだから手をあげて発言する必要はないのだが、なつ海の剣幕に押されて、控えめになる気持ちは俺にもわかる。


「ん、由依ちゃんどうした?」


「カズキさんは、沙織さんのこと。その、好きなんですよね」


「……ああ。思い出した記憶の中では、最初のこの夏にはたしかに沙織と俺は付き合ってたんだ」


「そうですよね。ふふ、《《いまの気持ち》》は聞かないでおきますね」


「……それよ!」


 なつ海が手にしたシャーペンをビシッと伸ばし、俺のことを指差す仕草をした。


「さっきからリサマのゲームのルート分岐ばかり話聞いてたけど。あるじゃない、佐藤沙織のルート。沙織さんと付き合う分岐は、最初からあったんじゃない」


 そうか、俺はずっとリサマのゲーム内でのルートをもとに考えていた。

 攻略対象外の佐藤沙織を攻略可能キャラにするための方法を考えていたが、順序が逆だったんだ。


「……そうか。1巡目か」

 

 最初の1巡目はたしかに、佐藤沙織の攻略ルートだったのだから。


「で、7月6日。兄さんは何をどうやって沙織さんを射止めたわけ?」


「沙織が嫉妬したんだ。たしか、後輩キャラとお茶してるところを見られて」


「それって誰。北城渚ってキャラ? それとも、わたしの『びふまる』の子?」


「ぬいぐるみの……。神前つむぎ」


「明日、校内探し出して、意地でもイベント発生させなさい。それでわたしの『びふまる』の分、役に立ってもらってください。サブがメインを差し置いて……ほんと許せないんだけど」


 ずずず、となつ海はわざとらしく音をたてて紅茶をすする。

 本気で怒ってるわけではないのは、そう言いながらも膝に俺が渡したぬいぐるみを抱えていることからわかっていた。


 だからなつ海へのフォローはいらないが、こっちには必要かもしれないと思った。

 俺が目線を変えた先。

 サブヒロイン日向由依は消え入りそうな声で呟いた。


「……なつ海ちゃん、さすがにその一言は由依も傷つくよー……」


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