ep.37 北城渚の恋・パート2 2/2(渚視点)
「あのとき渚ちゃん言ってたよね。私のことを一樹が大切に想ってるって。あれってどういう意味なのかなって。あと。《《私はここまで》》って言ってたことも、ずっと気になってて」
やっぱり怒ってます……!?
結城先輩の淡々と話す言葉に戦々恐々としながら、私は彼女の目を見ていた。
この人の瞳、綺麗……やっぱり近くで見ても美人で可愛い人。
真田先輩の幼馴染で、私は最初この人が恋人なんだろうってずっと思っていた。
そして、美人が怒ると、より怖い。
「あの、結城先輩ぃ……怒らないでください〜」
高校生にとって一つ上の先輩ってだけでとても怖いのですよ。
あのとき学食で私はなんて無謀なことをしたんだろうと思う、半泣きになりながら私は声を震わせて結城先輩と向き合う。
「え、あ、えっと私、怒ってないよ? 全然」
「……へ?」
思わず変な裏声が出てしまう。
「渚ちゃんと、仲良くなりたくて来たの」
そう言って目を細める結城先輩の笑顔に女子の私でも思わず惚れそうになる。
この人に言い寄られて落ちない男性なんていないんじゃないかと思ったけど。
それが、居るのだった。
「そうなん、ですか?」
「うん。そうなんです」
「渚は怖がりだからねー、先輩気にしないでおいてください。内弁慶なんで私には全然なんですけどねー、基本誰にでも怖がってますんで」
「つむぎッ!! 話に入ってこないで」
「はいはい」
「じつは、私真田先輩に告白? ていっていいのかわからないんですけど。気持ちを伝えたことがあって」
「……え? あ、そー……なんだ。それで、一樹はなんて?」
一瞬、目が怖かった。
やっぱり美人の先輩の真顔って怖いなー……。
――《《渚》》のこと、好きな俺もいるよ。
そんな言葉をかけられたなんて、絶対に言える空気じゃない。
「うまくは説明できないですけど、端的に言うと振られちゃいました。それと、今はやらなきゃいけないことがあるみたいで。たぶん、それは結城先輩に関わりがあるみたいで……」
「私に……?」
「あの、私、ごめんなさい」
「それって」
「あの、ほんとに私これ以上は――」
「……それって、タイムリープに関する――ことだったりする?」
驚いた。けど、そこまでではなかった。
むしろすんなりと受け入れられる私がいた。
真田先輩は、そのことを戯言だと思っていいと、そう言った。
しかしその口ぶりにはどこか真実味があって。
私は彼がタイムリープを繰り返したという、その話を信じてる。
信じてるからこそ、『俺とキミの内緒の話』その約束は守るべきだと思った。
「――どうしてですか」
「わたし、いま漫画を描いてるんだけどね。そのストーリーがタイムリープが題材でね。それで、書いててすらすら話が出てきちゃうのね」
「……」
私は無言で頷くことしかできずにいた。
珍しいことだけど、つむぎが横からちゃちゃ入れることもなくて、
彼女なりに空気を読んでいるのか、それ以上になにか思うことがあるのかなって少し気になった。
「……最初はわたしって才能あるのかな! とか思ってたんだけどね。多分違うって。これは自分が作り上げたものじゃないって」
絵を描く先輩のその言葉は、音楽を作っている私達にはどこか腹落ちするもんで、この話に、つむぎが反応した。
「言ってることは、なんとなくだけど私わかります。作曲してるとき自分が生み出したものじゃなくてどこかで聞いたことあるメロディに感じて、実際そういうメロディを私は使わないし、使えないかな」
「うん、つむぎちゃんだったかな。そういう感覚だったの。それで、この前この腕時計が壊れたときにすごく嫌な感じがしてね。そして思い出したといえば良いのかな。私この止まった時刻の事知ってるの」
藍色の革ベルト。そのほっそりとした結城先輩の手首にしっかりと巻かれた腕時計。傷一つない風防のなか、秒針は止まっていた。
結城先輩の言おうとしていることがわかり、思わず先走って私は口を開く。
「その漫画のなかに出てくる時間ってこと、ですか?」
「そう。1話で主人公が、タイムリープした未来で、好きな女の子が交通事故に合うところを見ちゃうんだけど。その時間がこの時計と同じ『朝7時55分』なんだ」
「そんなことって」
「うん、そんな偶然ないよね。だから渚ちゃんの言葉が気になってたの」
「そうだったんですね。それでも……私の口からは何も言えないです」
理由はふたつ。
一つは、真田先輩との約束だから。
もう一つは、結城先輩の未来に何があるか私は知っちゃっているから。
それが、真田先輩から聞かされたのでなければ。彼の真剣な眼差しを見ていなければ、私もこの人を助けるためにすべて洗いざらい話をしただろう。
私は信じてる。この人を助けようとしている真田先輩のことを。
だから、私の口からは何も言えない。
「そっか。そうだよね。んーじゃあこの話は一旦おしまいにしよ。あのね渚ちゃん。私も一樹が好きなのね、同じ人を好きになった同士、これから仲良くしてくれないかな」
私は嘘なんてつけるほど器用な人間じゃないのもわかってる。
きっと目の前にいるこの人は私の心の中を分かっていて、そのうえでこれ以上の追求をしないのだと思う。
きっと、ううん、すごく優しい人なんだと思う。怖いなんて思ってごめんなさい。と心の中でつぶやいてみた。
「……はい! もちろんです。あの、私……結城先輩のことずっと綺麗な人だとおもって、ずっと羨んでたんです!」
「え? そんな! えっとぉ……えへへ。わたし、綺麗なんだ……。でも、渚ちゃんこそ、すっごく可愛いってわたし思ってたよ。よく軽音部のライブにチラシ配ってたよね」
結城先輩は両頬に手をあてて、顔を赤らめる。とても嬉しそうな顔をしているのが伝わって、ちょっとそういうところを、年上の人なのに可愛く感じてしまった。
そして、そんな美人な先輩が、私のことを可愛いという。
それがお世辞なんだとわかってはいるんだけど。
わかってるんだけど、……すごく、嬉しい。
そんなとき、遠巻きに見ていたつむぎが、コーヒー牛乳のパックを手に持ちながら、冷めたように言い放つ。
「もう、いっそ渚と先輩でくっついちゃえばいいと私は思うのですけど」




