ep.36 北城渚の恋・パート2 1/2(渚視点)
音楽室に設置されたグランドピアノ。その天板の上の書き殴られた五線譜。
そこには音符マークだけでなく、和音構成や仮歌詞など細かな書き込みがされている。
それでもまだ白紙のままの五線譜も多く散乱している状態で、珍しくつむぎちゃんが曲を書くのに行き詰まっている様子が見て取れた。
私、北城渚的にいただけないのは、コンビニで買ったスイーツと、紙パックのコーヒー牛乳までピアノの上に置いてあることだった。
いつものことだから、いまさら注意もしないんだけどね。
「ねえなぎさー。サマープディングって――」
「プリンっぽくないでしょ」
「あ。うん。それを言おうと思ってたんだけど……なんでわかったの」
小さなプラスティックのスプーンを口に含んだまま、心底驚いた顔でつむぎが私に問いかける。
彼女が我が物顔で座っているピアノ椅子は、もちろん音楽室の備品。
いまブラックベリーが一粒落ちたことも、あえて私は見ないふりをした。
「季節限定のコンビニスイーツの中から、つむぎがそれを選んだときから絶対言うと思ったもん。美味しい?」
「うん、美味しいけど。私の知ってるプリンじゃなかった」
「あはは、そう言うのもわかってました」
「なら、止めようよ……私普通のプリンで良かったのに。ま、いいや。ところでもう先輩のことは踏ん切りがついたわけ?」
こんなのだけど、つむぎは私の親友で、本当はとても頼りになる相方で、だからこそ私は自分の恋愛ごとについても包み隠さず話したのだが。
それ以降、こんな感じに揶揄されるようになってしまった。
「ついてる」
「うそ」
「うん、嘘、踏ん切りとかついてないです」
「《《そう言うのもわかってました》》」
「もう、真似しないでよ。つむぎの意地悪」
「はいはい。どうせ私はちょっと意地悪で、ちょっと可愛くて、ちょっと天才な作曲少女ですよー」
つむぎはその長い黒髪を掻き上げて、誰に対してかわからないアピールをする。
そのとき、音楽室のドアから控えめなノック音が聞こえた。
「あ、まずい。ちょっとピアノの上片付けるから、渚! 時間、稼いでて!」
「はいはい。――いけないことしてるって自覚はあったのね」
悪友のために私は少しだけゆっくりと、音楽室のドアの前まで移動し、そしてその扉をのっそりと開いた。
そこに居たのは、結城先輩だった。
真田一樹先輩の幼馴染のひと、名前はたしか、さやかさんと言ってたと思う。
「結城先輩? どうしたんですかこんなところに」
「えっと、渚ちゃんと少し話がしたいなーって思って。部活中だったかな。ごめんね」
「あ、いえ、見ての通り。スイーツ食べてましたので、大丈夫ですよ」
そう言って私は結城先輩を音楽室のなかに招き入れる。
見ての通り、というのは、つむぎの広げたサマープディングのこと。
「ちょっと、渚! あ、えっと。先輩、すみません。すぐ片付けます……!」
「いいのいいの! ゆっくり食べてて。わたしも絵とか描くんだけど作業中って甘いものほしくなるよね」
「結城先輩もクリエイティブなことする人なんですね!」
つむぎは結城先輩の一言に、もう許されたと思ったのか天板の上を片付けることをやめて、さらに一口、ラズベリーソースがかかったプディングを口にする。
結城先輩は空席のひとつに腰をかけて、その姿を笑顔で見届けていた。
気になったことがあるけど、どう切り出せば良いのだろう。
私に話って……なんだろう……?
なんか、気に触ることしちゃったのかな。……あとで体育館裏に呼び出されるとか!? そういう感じにも見えないけど。正直不安。
「あの、結城先輩……!」「ねえ、渚ちゃん……!」
偶然、結城先輩との言葉が被さってしまう。
そして、お互い遠慮してか無言になってしまった。
「あー、えっと。なにやってんのお二人さん。先輩の話って、つまり真田先輩のことでしょー?」
そう、私の親友、神前つむぎは空気を読まないタイプなのだ。
でもそんな私と正反対な性格である彼女のおかげで、こういうときは話が進む。
「うん。そうそう、一樹のこと話そーと思って来たの、じゃあ私から少し話をさせてね!」
私、北城渚の恋はもう、始まることなく終わったのですが。
まだまだ学校生活は波乱が続くようです。




