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ep.31 マリン・サマー 3/3(主人公・なつ海視点混在)

◇◆ 主人公視点 ◆◇


 我が家の縁側に、ひとり座り込む少女の姿。いつもはサイドで結んでいる髪を下した、妹、なつ海の姿だった。

 月あかりの下。ぼぅ、と仄かに煌めく閃光が、彼女の顔を朱に染めていて、その陰は家の障子に反射してゆらゆら揺れていた。


 いつもより大人っぽい雰囲気の彼女は、ひとりでこのまま静寂の中に消えていきそうな気がして、思わず声をかけた。 


「なつ海、そんなところで何してるんだ?」


「あ、兄さん。みてみて線香花火。のこってたみたいだから」


 海岸線に並ぶ小さな雑貨屋で見つけたのは、花火のセットだった。

 なつ海と由依にねだられて購入した花火を楽しみ、帰路についたのは夜も深くなっていた。

 市内から電車で30分ほどの距離のレジャーではあったが、そこそこ充実した休みになったと思う。


 それは、なつ海の笑顔を見れば十分にわかったし、それで俺も満足だった。

 二人の水着姿を拝めなかったことだけが少し残念に思うけど。


「ああ、花火セットの中に入ってたんだな。暗がりで見えなかったんだろう」


「うん、ゴミと一緒に持ち帰った袋の中に入ってたの。だからほら、結構くしゃくしゃ」


 どこか妖艶な雰囲気を帯びていた彼女は、実際に口を開くとそんなことはなく、いつもの軽い口ぶりに安心した。


「由依ちゃんはどうした? 一緒じゃなかったんだな」


「うん、もう寝ちゃってるよ。はしゃぎすぎてたからね。んー、それは、わたしもか。久々に外で遊ぶのも楽しかったね」


「そうだな、結局3人であの一匹しか釣れなかったけどな」


「えへへ、わたしの勝ちだねー。負けを知りたいね」


「はいはい」


「なによー」


「なんもねーよ」


「少し釈然としないけど。海連れて行ってくれたから、許してあげる。あ、はい兄さんの分」


「え? いや俺はいいよ」


「ダメ、消費に協力すること」


「そんな賞味期限切れまえの食材みたいな」


「…あ!」


 パチパチと、小さく弾ける音を立てる線香花火。

 なにかを思い出したように、思わずなつ海が大げさな手の動きをするものだから、

 先端の火種がふるふると震えていまにも落ちそうだった。


「なんだよ」


「いや……冷蔵庫の卵のこと思い出して。今日オムライスのつもりだったんだ。結局外食で済ませちゃったもんね。兄さん明日朝、卵かけごはんね」


       ***

◇◆ なつ海視点 ◆◇


 まだ幼いわたしを連れて、家族で出かけたその小さな島は、そのときはとても遠くに感じたけれど、実際には市内から電車に30分ほど揺られた先にある。

 

 島の中心には神社があり、縁結びのご利益があると聞いた。

 海岸線に広がる海の青と、鳥居の赤色の対比が映えていたのを覚えている。


 わたしが女の子だからかな。

 母はやけにわたしに恋御籤(みくじ)とかいうおみくじを進めてきたけれど。わたしはそれが嫌で思わず泣いてしまった。

 今思うとそれがどうしてなのか、幼い自分の心情にあきれ果てるものだけど、要するに悪い結果が出るのが怖かったんだと……いまは思う。

 

 それと、心のどこかで、もうすでにわたしは運命の人なる者に出会っていると思いたかったのだ。だから今さら。って子供ながらに思っていたのかもしれない。


 鳥居の前であまりにも泣くものだから、兄さんがわたしを茶化すように言った。

「そんなに、泣くくらい好きなやつがいるのかよ」って 

 わたしはそれが哀しくて、悔しくて。さらに大泣きしてしまった。

 それには中学生の兄も困ったのだろう。

「お前が振られたら、俺がもらってやるから泣き止めよ」ってそんな言葉でわたしは泣き止んだ。


 それから、わたしはことあるごとに言うようになったんだ。


――なつ海ね、お兄ちゃんと結婚するもん。


 なんて。今思うとすごく恥ずかしい話。


       ***

◇◆ 主人公視点 ◆◇


「これ、どっちの方に火をつければいいんだ」


「ひらひらしてる方が持ち手側、その反対に火を点けるの」


 なつ海のレクチャーを受けて、俺は線香花火に火を点す。


「最初は牡丹、そこから松葉だったかな。前にお母さんが言ってたよね」


 まん丸い火の点るその中心点。そこに、ちらちらと火の粉が舞い踊る。

 なつ海の言葉に重ねて言葉を返す。


 線香花火のうつろいを花にたとえた言の葉だ。


「そして、柳だろ」


「最後に、ちり菊……。あ、――綺麗」


 なつ海の呟くような声。もっとも華やいだその姿は、松葉の様相をしていた。

 鮮やかに燃え上がる紅の色は、

 なつ海の顔も、首筋もそのすべてを染め上げていく。


「なんだか久しぶりだね。こうやって二人でいるの」


「あ、ああ、そうだな。由依ちゃんもいるし、最近は色々と賑やかだったしな」


「兄さんは、モテますからね」


「なつ海も、共学の高校にいけば、男友達とか彼氏とか簡単につくれるだろう」


「んー、あんまり興味ない。兄さんがいればいいよ」


 それをなつ海が、妹がどういう意味で言ったのかはわからないが、寂しげで妖艶な、大人びた彼女の姿に目が離せなかった。

 姿を変え、音を変え、線香花火はちりちりと、その姿をちり菊の形に移り変わる。


「――なんつって、なんつって。兄さんが何も言わないから、ちょっと焦るじゃない、もう」


「お、おお。すまん」


「あ……落ちちゃった。残念」


 花を散らした、その残りを小さな鉢に入れこんで。なつ海が立ち上がる。

 それが解散の合図だと察し、俺も同じく、その場を去ろうとした。


「お兄ちゃん」


 懐かしい呼び名が聞こえた気がした。

 彼女は少し笑ったのだと思う。

 

 なつ海の唇が、俺のそれに重なる。

 

 ふたり、おなじもので髪を洗い、おなじ石鹸を使っているというのに

 同じ家の匂いのはずなのに。

 そのどれとも違う、柑橘系の甘い、夏の匂いがした。


 精一杯の背伸びをしたまま。

 なつ海は、唇を離して、その互いの鼻先が振れそうな近距離で、

 俺に対して宣言する。


「――フェアプレーだけが、戦略じゃないんでしょ? じゃあ、おやすみ。兄さん」

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