ep.28 君の存在一つで 2/2
「なんか、ありがとね。私の悪ノリに皆をつき合わせちゃって」
「らしくないですね。みんな乃愛先輩と一緒に何かしたかったんですよ。それに、ほら、あんなに皆盛り上がってるし。楽しんでるからいいんじゃないですか」
祝賀会、というほどのものではないが学園祭の打ち上げとして、俺の家に集まってちょっとした会を開いた。
さやか、沙織、乃愛と俺の一ノ宮学園のメンバーに、客引きを引き受けてくれた、なつ海と由依。6人の集まりだ。
俺にはちょっとした役目があった。
そのために乃愛を買い出しに連れ出していた。
これが、仕事の納期を終えたあとであればビールで乾杯といったところなのだろうが、最寄りのコンビニで炭酸飲料を買い込み、乃愛と帰路を歩いていた。
日が長くなったとはいえ、もうすっかり日が沈み夜空に星が煌めいていた。
「それならいいんだけど、ねえ君は? いっぱい無茶させたでしょ」
「んーそうですね。確かにめちゃくちゃ苦労しましたよ。でもやってよかったって思ってます、同じく返しますが、先輩はどうでした?」
手に掲げるビニール袋のずっしりとした重みを感じながら歩く。
制服姿の乃愛は、夏とはいえ夜風で少し寒そうに思えた。
「初めてだったからね。こういうの、私、中学のときはずっと入院してたから。高校でもこうやって皆と一緒にってタイプじゃないでしょ。だから……。すっごく楽しいなって思っちゃった」
そう言って笑みを浮かべる天才少女は、自身の胸元まで垂れ下がる長い髪のくせっけを指に巻き付ける仕草を見せる。
一緒にいてわかったことがある。
彼女のその癖は、緊張や恥ずかしがってるときのもので、そういうときの表情は、少し幼い感じがするということ。
「なら、なおさら俺はやってよかったです。乃愛先輩の魔女のコスプレ姿も見れましたしね」
「ふふ、えっちな目で見てたでしょ?」
「胸元、見せすぎなんですよ」
髪をくるくると回していた手が止まる。
「あれは……生徒会の知人が選んだやつなのよ。ま、いいんだけどね。あー、そうだ……《《乃愛》》!」
「ん?」
「私のこと、先輩じゃなくて、《《乃愛》》ってそろそろ呼んでくれていいんじゃない? あと、敬語もなしにしよ」
その申し出に、俺は「わかった」と返す。
2Lペットボトル3本分の重みで少し左手が痛んできたため、右手に持ち帰る。
そうして手ぶらとなった左の手に、そっと乃愛の手が触れた気がした。
それは偶然ではなかった。
冷たい指先が俺の指の間に編み込まれてく。
――ちょっとだけ。いいでしょ。指があたたまるまで、ちょっと冷えちゃったみたい。
それはどれだけの時間だったのだろうか。
もしかすると5分くらいだったかもしれない。いや、もっと短かったのかもしれない。
俺は乃愛をヒロインとして意識しないようにしていた。しかし、リサマというゲームの中で、彼女もまたヒロインだったのだと気づかされた気がした。
蝉の鳴き声と満天の星空。
乃愛の息遣い。
二人の温度が交じり合って、その冷たさが緩和されていく指先。
「――実験の結果なんだけどね」
ふと、乃愛が口を開いた。
「……タイムリープは本当だった。君はたしかに私のためにアプリを作り上げてくれた。《《未来から過去に行くことはできない》》。以前に私はそう君とさやかに話したけど、そうじゃなかった」
「あとね、君は私の思う以上に頑張り屋さんだとも思ったかな」
そこまで聞いて、俺は核心をつくようなことを口にする。
「なあ乃愛。未来は変えられるか」
絡み合う指が、ぎゅっと強く握りこまれる。
それだけで十分なくらいの答えだった。
乃愛の表情をみなくてもわかる。返事を聴かなくてもわかる。
「……きっと気づいてると思うけど、確定した未来を変えるってことはタイムリープという現象では起こせない」
『未来は変えられる?』
答えは、ノーだということ。
「言うなれば、ABCの順番をACBに変えるのがリープ現象なのね。CをC’に変えるのは平行世界への移動って概念になるの。だから、タイムリープって現象を正としても……。できないことだと思う。でも――」
手が振りほどかれる。
そして、乃愛は二歩俺の前にでて、そして振り返る。
決意に満ちた瞳で、俺を見つめる。
「変えなきゃいけないっていう気持ちは、私もキミと一緒!」
「それに、私の考えなんて君の存在一つで簡単に塗り変わっちゃうものなんだもの。笑っちゃうけどね、世界のことなんて私はわかってないのよ」
「だから君に協力する。《《さやかを、私も友達を助けたいの》》」
俺はその瞬間理解した。
これから先の未来、俺は接触するのだろう、過去の彼女へ。
「……それって」
「うん、もう少し未来の君にもう私は全て聞いてる。最初は信じられなかったけどね。次に会った君は一目で違う君だってわかったわ。なんかちょっと頼りなさそうなところとかねー」
「なんか失望させてるかな俺」
「んー、そんなことはないわ。でもそうね。いまの君。あの日の貴方みたいな瞳をしてる。ちょっとだけ恰好良いよ」
「ちょっとだけ?」
「うん、ちょっとだけ。《《私なんかが惚れるくらい》》のかっこよさよ」
そう言って、くるんとまたその身体を反転させて、最初と同じように並んで歩きだす。もう手は繋がっていない。
彼女はその空いた両の手を大きく振りながら、大げさな歩き方をしてみせる。
顔をあげて、その瞳は夜空を見ているようだった。
「え……乃愛、それって」
「ふふ、冗談よ。顔赤くなってるんじゃないの」
口ではそう言うが、俺の顔を見ることはない。
俺からも乃愛の目は見えない。
「からかうなよ……あ、もう家着いたな」
「ふふ、着いちゃったね」
玄関で靴を脱ぎ、リビングへ向かうための廊下を歩く。先を往く乃愛に俺は語り掛ける。
「なあ乃愛」
「ん、なーに?」
「俺らはさ、乃愛に感謝してるくらいなんだぜ。乃愛が言い出さなかったらこんなに皆で、一つのことを共有することもなかったわけだしさ。さやかも、沙織も。由依ちゃんも、なつ海も」
「ふふ、あらたまって、どうしたの?」
乃愛がそう言いながら、リビングのドアの取っ手に伸ばす。
そこが開いたとき、クラッカーの大きな破裂音がした。
「18歳の誕生日おめでとう!!」
そこにいる全員が、乃愛の誕生日を祝う言葉を口にする。
「え、え、うそ……。なんで。いつこんな準備してた……の?」
立ち止まり口元を両の手で押さえて、驚きを隠せない乃愛のもとに、火の点るバースディケーキを手にした、さやかが歩み寄る。
「占いの練習のとき、書いてたよね誕生日の日付。ほら、乃愛。吹き消して」
源乃愛はIQ130以上の天才だ。それはギフテッドといわれる、神からの贈り物だ。
その代償として、彼女を普通の日常から大きくかい離させるものだったのだろう。
――私の場合ある事故にあって5歳から12歳までの7年間ずっと昏睡状態だったの。
7年の喪失。
18歳になる彼女の心は、まだ、なつ海たちと同じか、それより少し下くらいのままなのかもしれない。
乃愛はそっとロウソクの火を吹き消した。
おめでとうの声と、拍手のなか、乃愛はその場にへたりこむ。
「……さやかぁ。沙織も。なつ海ちゃんも由依ちゃんも……みんなぁ、ぅぅ、もぅ、こんなの嬉しすぎるじゃん……。はじめてだよ、こんなの、はじめてで、うれしいよ…うれしいよぉ…みんな、だいすき」
大きく声を上げて泣きじゃくる金髪の少女。
結城さやかが手を差し出した。
「私も、みんなも、乃愛がだいすきだよ」




