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ep.26 シンクロニシティ(さやか視点)

 思わず隠れてしまった。

 あれ、私なんで沙織を探していたんだったっけ。そうだ、貸してたマンガを返そうとしてたんだった。


 じゃあなんで、隠れたんだろう。

 それは沙織が、一樹と一緒にいたからだ。


 そんなの、良くあることじゃない。私と沙織は友達で、一樹は私の腐れ縁で。

 だから、一樹と沙織も見知った仲で。

 3人は友達。


「落ち着くのよ……《《さやか》》。うん、そう普通に声をかければいいんだから」


 自動販売機の陰に隠れるようにして、息をひそめる。

 傍目から見ると怪しい女子生徒だろう。

 ううん、怪しいと思われたからきっと声をかけられたのだ。


「あの、貴女は確か真田先輩とよくいる……」


 栗色の短めの髪に、可愛らしい花柄のヘアピンをつけた一年生だった。

 どこかで見たことがあると思ったら、たしか軽音楽部の子。

 

 以前、一樹と登校中に、ライブのビラを配っているところに出くわしたことがある。とても明るい声と、何よりもすごく通る澄んだ声をしていた。

 


「あ、一樹のこと知ってるんだ」


「はい……! 前に、少しお話したことがあって。えっと私、渚って言います。1年の北城渚」


 ぱっと明るくなるその表情でこの子が一樹のことをどう想ってるのかわかった気がする。

 

「一樹は一応、私の幼馴染で、えっと私は、結城さやか。それでいつも一緒にいるってわけ。あなたが思っているような関係じゃないから安心してよね!」


 あっちはどうか、わかんないんだけどね。

 自販機一つを境にその幼馴染は、私の親友と一緒にいる。きっと他愛無い話をして昼の時間を潰してるはず。

 ちらっと横目で、その二人を見ようと首を向けた。


――そりゃどうも。なんだろなー。沙織は恥ずかしいですよ、もう。

 そんな沙織の声が聞こえてきた。


 恥ずかしい? 何を言ってるんだろ……え。


「えええええ……ッむぐッ」


「結城先輩、静かにッ」


 沙織が……沙織が一樹に、膝枕してる…………!!


 動揺を隠しきれなかった。それがどういう感情なのか言語化できるものではないのだけど。

 ただ、心臓が跳ね上がるような衝撃があった。


 思わず出そうになる叫びを口を抑えつけて止めたのは、私自身のものではなく北城渚の小さな両の手だった。

 なぜか私は足に力が入らずに、すとんとその場にへたり込んでしまった。

 後輩の少女が私を見下ろして、私はその子と自動販売機の側壁の間に挟まれたような状態になっている。


 なんと滑稽な姿だろう。


「あの、ごめんなさい結城先輩」


「う、ううん、ちょっと驚いちゃって、腰抜けちゃった」


「あはは、私もちょっと力抜けちゃった。あれ、変だな、割り切っちゃってるはずなんだけど」


 瞳を真っ赤にして、渚という少女も同じく地べたに座り込む。

 きっと私も同じ顔をしている。

 そう思ったけど、そのことを渚に聞くことはしないでおこうと思った。私は平気。

 

 動悸がおさまらない心臓を抑えるように、少しだけ深く息を吸う。

 

「泣き虫はだめですね、てへ」


 鏡写しだ。でも、ちょっとだけこの子のほうが私よりも強い。

 いま私の幼馴染の傍にいる親友の沙織にではなく、

 こうやって声を出して笑顔を作れる後輩に対して、私は少しだけ嫉妬したんだと思う。

 

「……強いんだね渚ちゃんは」


「強くはないですよ。未練ばっかしです。でも、私知ってますよ、あの人が貴女を大切に想ってること」


「え?」


「それを伝えたくて探してたんです。なんか、妙なところにも巡りあっちゃったんですけど。あの……私はここまでですから。じゃあ、さようなら!」


「ちょっと待っ……て!」


 立ち上がった少女は、私の静止を振り切るように駆け出した。

 上履きが砂まじりのアスファルトを蹴る、擦れた音を立てながら一年の教室のあるほうへと去っていく。


――私のことを一樹が大切に想ってる。


 それはどういう意味なんだろう。

 追いかけるだけの力が湧いてこなくて、取り残された私は自販機に背を預ける。

 生ぬるい温度と、唸るコンプレッサーの機械音が耳障りだった。

 

「……なんか、うんと冷たいサイダーが飲みたいな」


 スカートに付いた砂を払いながら、そんなことが浮かぶ。

 多分、これから本格的な夏が来るからだろう。 

 

 左手首を返して、腕時計の文字盤を見る。


「あれ? 壊れちゃったのかな」


 時間がいまではなく、ずっと前から進んでいないことに気づいた。

 指した時間は、朝7時55分だった。

 秒針の長い針は完全に停止し、その機能が喪われていることがわかる。


 ぞくり、と不快な感覚が這いずるような気がした。


 気にしないふりして、自販機に硬貨を入れる。

 わからないふりして、ボタンを選ぶ。

 そして、泣きたい気持ちをおさえるようにして、サイダーを飲み込んだ。


 甘さの中にある苦みが不思議といまの私にフィットする。

 偶然の一致、ユングが提唱したシンクロニシティというものらしい。その概念に興味もないのだけど。

 

 もう一口。唇の先を、冷たい缶の縁につける。

 言いようのない不安と、じぶんの気持ちに嘘つきな私を、その喉の奥にまで流し込んでいく。

 なにもなかったようなふりをして、二人と笑えるように。 るよ。

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