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ep.22 あー。もう、バカ

「真田くん、今日が何月何日かわかるかな」


 泣き止んだ俺にそっと沙織がつぶやく。

 沙織は、いつも変わらずに傍にいる存在だったけれど、それは特別なことなのかもしれない。


 《《時の河》》の中で水月の言った言葉が浮かぶ。

 誰かを犠牲にするしかない、と。

 俺は、《《佐藤沙織が死ぬ》》エンディングも知っている。それは結城さやかルートのEndingだ。親友を失った正ヒロインに寄り添う結末。

 

 そんな終わり方、俺は嫌なんだよ。


「俺は……6月26日の夜から来た。今日が何日かはわからないけどきっと、遡って過去に来てる。沙織は俺のこと、真田くんって呼ぶってことはそういうことだよな」


「正解よ、6月8日の昼ね。はじめてアタシにタイムリープの話をしてくれたすぐあとってことになるのかな。んー……。随分と未来を旅してきたんだね。いまの沙織的には、ちょっとキミに名前を呼ばれるのは恥ずかしいかな、なんてね。あ、でもいいよいいよ沙織で」


「そうか、最初の日か。……いい日にもどってこれたな」


「あのね、泣いてたのは何かあったの? さやかちゃんは……ううん、真田くんは大丈夫? あ、もしかしてさっきの平手打ちが痛むのかな」


 話をしていて気づいた。頬が少し痛む。

 これは、きっと沙織の手によるものだろう。ああ、思い出した。

 そうだ、確か俺の話を聞く前に……。


「あれは……! さすがに急すぎるだろぉ。そのとき痛かったかどうかっていうと、記憶がないけどさ……、いまはすこし痛む」


「あ、え、えと。ごめんってば、ね?」


 片目をつぶって、合図する。沙織は案外こういう仕草が可愛かったりして、そういう自然なあざとさは親友のさやかに影響を受けているのかもしれない。

 だからって、俺の顔の痛みがひくわけではないんだけどさ。


 俺はベンチから身体を起き上がらせて、伝えたかった言葉を伝えようと思った。

 まだ何も知らない彼女は、どんな反応を見せるのだろうか。

  

「あーでもさ、俺、起きたとき沙織が傍にいてくれて、うれしかった。うん、なんつーかな。ほんとにありがとな」


「あの、えと、えっと。ちょっと、君との距離感がつかめなくて。あ、でも嫌とかじゃなくて……えっとね。頑張ってきてくれたのは、わかるかな。あと、沙織は真田くんの傍にいますから。これからどんなときでも、キミが帰ってくるところにアタシはいるから」


 そう言って、沙織は俺の手をとる。

 暑い日差しの下だというのに、彼女の手は少しひんやりして気持ちよかった。

 まるですべてを知っているかのような、すべてを受け入れてくれるような彼女の言葉に俺は戸惑いを隠せなかった。


 沙織といるときは安心する。

 しかし、今の彼女を見ると、それまでにないくらいに、ほかのどのヒロインが傍にいるときよりも緊張する。


 ああ、そっか。俺。

 ルートとか攻略とか関係なく、佐藤沙織が好きなのか。


「さやかちゃんを救える方法、見つけたの?」


「ああ。見つけたよ。そのためにやるべきことがあるんだ」


「そっか、なら頑張ろ。アタシも真田くんのためになんでもするから。あ、君がこれからタイムリープしたときにはアタシに連絡くれないかな。すべて記録してあげるから。それくらいの手伝いできるから。アタシもさやかちゃんを守りたいもん」


「……ん、サンキュ。そろそろ、昼終わっちまうな。授業って気分じゃないんだけどさ」


 昼休みが終わりに近づいているのか、まばらになった生徒たちも急ぎ足で教室のある方へと帰っていく。

 遅れないよう、俺も沙織とともに、ベンチから立ち上がり大きく背伸びをした。


「これからどうするの?」


 これから。

 乃愛との約束を果たすためにも、学園祭の準備をする必要があった。

 そのまえに、大事な用事がある。

 

 その用事は、リサマのヒロインのなかで、俺がコンタクトをとらずにいた存在。

 ここ一ノ宮学園の1年、リサマにおける第四のヒロイン。北城渚への決別。

 

 彼女はゲーム内の設定では、この6月にはすでに真田一樹に恋をしているはずだった。

 彼女を、現象に巻き込ませないためにも。

 そして何より、俺が沙織を好きだと気づいたからこそ、これはケジメだと思った。


「んー、後輩をちょっと振ってくるわ」


「え? は? え? えーーー? 真田くん、年下と付き合ってたの?」


「いや、まぁ付き合ってはないんだけど……まー、いろいろあるんだよ」


 ゲームだとか、転生だとか。タイムリープって現象だけでもいっぱいいっぱいなのに、さすがに話せねーよな。


「……さやかちゃんでも、なつ海ちゃんでもなくて、年下の子に……真田くんって、単に女好きなんだ――?」


「ん? なんか」


「なんも言ってないです! 沙織だって、君のこと……。あー。もう、バカ……」


 急に不機嫌になり隣ではなく、俺の少し後ろを歩く沙織。

 そんな姿を少し気にしながら教室へ戻ることとした。


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