不真面目シスター、死霊で満ちた墓地を浄化する の巻
墓です。
夜のお墓です。
新月の夜、ジメッとした空気の曇り空。
明かり一つない、見渡す限りお墓ばかり、「なにこれコワーイ♪」と、泣きたくなるような場所に、私はポツンと一人でたたずんでおります。
「あは……あははは、ははっ!」
笑いがこみ上げてきました。
人間、あまりに怖いと笑っちゃうものなんですね。
◇ ◇ ◇
申し遅れました、私、王都の外れにある小さな修道院で、見習シスターをやっているハヅキと申します。まもなく十七歳、まさにピチピチの乙女です。
美人ですかと問われたら、そっと目を外してごまかしたい、そんな謙虚さが売りの乙女です。
で、なんで私が一人でこんなところにいるかと言うと。
バレたんです、さぼってたことが。
修行サボって街に出て、遊んでたことが。
ええ、自業自得です。
わかっております、反論はいたしません。
公衆の面前で土下座して謝り倒し、もう二度としないと誓いました。
だけど、たまたま視察に来ていた、大聖堂直属の大聖女様が、許してくれませんでした。
「自覚ないし、役に立たなそうだし。もう出て行っていいよ♪」
四十半ばとは思えない、若々しく美しい顔に浮かんだ聖女スマイル。思わず見とれていたら、戦力外通告を言い渡されました。
冗談ではありません。
いまさら家に帰っても、食べていけません。
「な、なんでもしますから! どうかお慈悲を!」
柱にしがみついてみっともなく騒ぐ私を、冷たく見ていた大聖女様。
ふう、とこれ見よがしにため息をついて、「それなら」と、特上の聖女スマイルで残酷な命令を下します。
「郊外にある無縁墓地で暴れている死霊を、すべて鎮めてきてください。それができたら、慈悲を与えましょう」
◇ ◇ ◇
郊外にある無縁墓地。
つまり、ここ。
いつからここにあって、どれぐらい死者が眠っているのか、聖堂でも把握していません。
天に召されず迷っている死霊が夜な夜な騒いでいると、もっぱらの評判です。
大聖女様ですら、街にあふれないよう閉じ込めるのが精一杯の死霊を慰める。
無理です。
無理ゲーです。
これってつまり、死んで来い、てことです。
「ほ……聖なる灯」
小さな声でつぶやくと、拝み倒して借りてきた錫杖に明かりが灯ります。
聖なる灯。
死者を鎮め悪霊を浄化する、シスターの基本スキルです。
でも私の場合、ランタン代わりにしかなりません。修行サボっていたので、「聖なる力」が皆無です。風が吹いても振り回しても消えないというところが、「ランタンよりまし」なだけです。
「ひっ……!?」
その聖なる灯を、真っ暗よりマシと考えて灯したのですが……失敗でした。
うぞうぞと、地面が動いているのが見えてしまったのです。
動物なんかじゃありません。ええそうですとも、見間違えるはずがありません。
見間違いであって、欲しかったけど。
「ぶ……武器、武器ぃ……」
ガクガクと震えながら、懐をまさぐります。
取り出したのは、木でできたフォークとスプーン。使い古して「そろそろ取り替えね」という、廃棄寸前の物をかき集めてきたのです。ホントはナイフが欲しかったけど、「シスターが刃物なんてだめ」と怒られました。
「ほ、ほ、ほ……」
ほーりーらいと、ほーりーらいと、ほーりーらいと、ほーりーらいと……
私は何度もつぶやきました。
つぶやくたびに、手にしたフォークやスプーンに光が灯っていきます。
聖なる力はないけれど、どうか勘違いして襲うのを思い止まってほしいと、心から神様に祈りました。
ぼこぉっ!!!
「ひーーーーーーーーっ!」
私の絶叫が、静かな墓場に響きました。
地面から、何かが飛び出してきました。
手です。
しかも腐っています。
しかも一本ではありません。
ぼこぼこ、ぼこぼこと、まるで森の妖精が傘を掲げて成長をお祈りしているような、そんな勢いで生えてきます。
手に続いて腕、さらに肩、そして頭。
ゾンビです。生きる死体です。立ったときに肉が崩れ落ちたやつもいて、「腐ってやがる、早すぎたんだ」と、恐怖のあまり訳の分からないことを考えてしまいます。
地面から這い出て、埃を払った正面の死体が、こちらを見ます。
腐りかけた眼球が聖なる光を反射し、「キラッ☆」と光ったのが見えました。
「*‘(=)”&$%=!」
その死体が何かを叫び、私を指差しました。すると、取り囲んだ死体が一斉にこちらを見て、ニタリと笑ったようでした。
ザッ、ザッ、ザッ、と死体たちが歩き出し、私を取り囲みます。
「あ……あひ……ひ、ひ……」
私、恐怖のあまり腰が抜け、その場に崩れ落ちました。
いっそここで気を失っていれば楽だったのにと、己の図太さがうらめしくなります。
無理、こんなの無理。
もう死んだ。
私もこいつらの仲間になるんだ。
聖なる光が灯る、錫杖とフォークとスプーンを両手に持って、「来るな、来るなぁっ!」と振り回しました。
「お、おねがい……早く……」
どこか行って。
もう許して。
神様、どうかお助けを!
「ふぁ……ふぃ、ふぅ、ふぇ……ふぉーーーーっ!」
泣きわめき、恐怖のあまり意味不明のシャウトをかましてしまったとき。
ピタリ、と死体の動きが止まりました。
「……え?」
何でしょう、気のせいでしょうか。
ポーズを取っているような、そんな気がして……え、なにこれ、どうなるの、と思ったときです。
ジャーッ、ジャーンッ! ♪♪♪
どこからともなく……いえ、私の頭の中に、何やらノリノリの音楽が流れ出しました。
その音楽に合わせて、取り囲む死体たちが一斉に動き出します。
デンデンデンデデン!
デンデンデンデデン!
デンデンデンデデン!
……キレッキレです。
キレッキレの、一糸乱れぬ、ピタリと合った動きです。
特に正面にいる死体、ひときわキレッキレです。
細マッチョな男性の死体でした。
艶めかしくも力強い腰の動き。
鳴り響く重低音にあわせて、ビシバシと動く首と肩。
「ファオッ!」なんて叫びながらくるりと回り、ぴたりと止まります。
どんなに激しく動いてもブレない体は、鍛え抜かれた体幹を想像させます。
そんな彼をセンターに、無数の死体たちが両手を左右に振りながら、広い墓地を所狭しと踊りまくるのです。
「……おおぅ」
私、恐怖も忘れて見入ってしまいました。
数え切れぬ死体たちが見せてくれる、一糸乱れぬ圧巻のパフォーマンス。
ものすごいクオリティーです。
これ、金取れます。
タダで見るなんて、バチが当たります。
「すご……」
恐怖が駆逐され、感動と興奮が私の心を満たしていきます。
どれだけ鍛えた!
どれだけ練習した!
レベルたっけえな、おい!
「さ……最高じゃ、ないですかぁっ!」
あまりのすばらしさに、思わず叫んだ時です。
パァァァァッ!
私に、天啓が舞い降りました。
脳裏に、見たことも聞いたことない言葉が、すうっと浮かび上がってきます。
M・J。
thr○ll○r。
何でしょう、なんて読むんでしょう?
全く知らない言語です。
二つ目の言葉は、どうして途中が伏字なんでしょう? オトナノジジョウ……はて、それはなんでしょう?
──わがしもべ、ハヅキよ。
首をかしげていると、重々しく威厳のある声が聞こえました。
天におわす神様の声でしょうか。重低音のすばらしいイケボです。何度でも聞きたくなる安心感です。
──さあ、ライトを振れ。
──さまよえる死者たちに、祝福を与えよ。
──お前の力で、わが元へ来させるがよい。
「神よ、おまかせくださーーーーいっ!」
イケメンダンサーが、三度の飯より好きな私です。
ライブに行きたくて、修行サボりまくっていた私です。
こんな超絶クオリティーのダンスを見せられて、じっとしていられましょうか。
断じて、否!
「虹色の聖なる灯!!」
私が手にしたフォークとスプーンが、七色の光を放ちます。
聖なる灯、オリジナルバージョン。通常は白一色の光を好きな色に変えられる、私にしか使えない固有スキルです。
ライブハウスで鍛えたこのオタ芸、ここで発揮せずして、何がシスターか!
「テッテッレッ、テーレー♪」
高音の、甘くて、でも力強くたくましい、男性のボーカルが脳裏に響きます。
すばらしい、すばらしすぎます!
聞いたことのない言語なので、歌詞は全く分かりませんが、そんなことはどうでもいいのです。
力強いダンスと甘い声の、究極コラボレーション!
心がとろけてしまいそう!!
ここは、この世に現れた天国かっ!!!
「フォーッ!!!」
ここで力尽き、果てたとしても、我が人生に一片たりとも悔いはない!
なぜならば!!
私は、今宵この時のために、生まれてきたのだから!!!
「うぎゃー、ざいごー! えむじぇー! あいしてるー!」
私は声を限りに愛を叫びました。
この世に生を受けたことに、心から感謝し。
私は神が命じるままに、さまよえる死者たちにありったけの祝福を与え続けました。
◇ ◇ ◇
私が目を覚ましたのは、それから一ヶ月もたってからでした。
一晩中死霊たちと踊り狂い、楽しみまくった私……気力も体力も使い果たし、マジで天に召される寸前だったとか。
こわっ!
「……お見事でしたね」
苦々しそうに、しかしそう言うしかないという顔で、お見舞いに来た大聖女様がほめてくれました。
死霊で満ちていたあの墓地は、すべて浄化されていたそうです。
そしてあの夜以来、死霊の姿を見た者はなく、死者が心安らかに眠る地になったとのことです。
「約束通り、慈悲を与えます。……これからもシスターとして励みなさい」
悔しそうに立ち去っていく大聖女様。
きっと私をクビにしたかったんでしょうが……自分ができなかったことをやってのけた私を排除しては、聖女らしからぬ嫉妬と受け止められてしまうのでしょう。
「……偉い人は、大変だぁ」
私は目を閉じ、あの夜見た死霊たちのダンスを思い浮かべました。
あれはきっと、ダンサー目指して王都に来て、志半ばで倒れた人たちだったのでしょう。
無念を晴らせず、ああして毎夜ダンスの練習をし、誰かに見てもらいたかったのでしょう。
「うん……みんな、サイコーだったよ」
努力と根性で成し遂げた、死霊たちの超絶パフォーマンス。
あんなものを見せられては、私も己を反省するしかありません。
いつかあの世へ行ったときに、またあのパフォーマンスを見せてもらうためにも。
「胸張っていけるよう、がんばってシスターやりますか」