千年勇者~1000年ぶりに復活したら現代社会が発展しまくってて超ヤベェ!~
勇者と魔王の最終決戦が始まった。
激闘は10日間も続き、どちらが優勢とも言えない状態のまま、お互いの体力を削り合う。
だが、それも間もなく終わろうとしていた。
「これで終わりだ、魔王おおお!」
「くたばれ、勇者あああ!」
お互いの懇親の一撃が、お互いにクリーンヒットする。
もはや勝つためには、相手の攻撃を避けたり防いだりしている余裕はなかった。
ドサリ、と2人が崩れ落ちる。
お互いに相手の致命傷を確認して、ニヤリと笑った。
「俺の……勝ちだ……ッ!」
「お前の……負けだ……ッ!」
互いに勝利を確信し、そして2人は意識を失った。
世界中で魔物が急に凶暴性を失い、人々は魔王が倒された事を察した。
世界は平和になった。
だが、勇者は帰ってこなかった。
◇
「う……?」
意識を取り戻した勇者は、体を起こして周囲を確認した。
魔王はどうなった?
世界は?
見れば、魔王城はボロボロの瓦礫になっており、見る影もない。僅かに残った建材には、コケやツタがびっしりで、長い年月がすぎた事を伺わせた。
「とりあえず、魔王は倒したっぽい……?」
そうでなければ、魔王城はここまで朽ち果てていないだろう。
いや、しかし、魔王が拠点を移した可能性も……?
「とりあえず街へ行こう」
そうすれば、魔王がどうなったか、あれからどれだけの年月が過ぎたのか分かるだろう。
復活できた理由は察しがつく。魔力が強いからだ。魔王を倒すために、魔王よりもレベルが上になるまで鍛えた。そのため魔力も強くなった。
魔力は肉体を活性化する。筋力が強くなるわけではないが、治癒力が高くなり、生命力も強くなる。だから、明らかに致命傷だったのに昏睡しただけで生きており、とうとう自然治癒した。
つまり不死身。
ゆえに吉報が1つ、凶報が1つ。
吉報は、魔王が復活するとしたら、勇者より後になるはず。勇者の方がレベルが高いから、勇者のほうが魔力が強く、復活するのも早いはずだ。
凶報は、魔王が復活しない保証はない。復活できるかどうかの閾値が分からないのだ。勇者が復活できた以上、魔王も復活できるかもしれない。周囲にそれっぽいものは見当たらないが、1000年も放置されているほうがおかしい。どこかに運ばれたと考えても不自然ではない。いや、でも逆に勇者を1000年放置するわけもないはずでは……? 結局わからない。
分からない以上、勇者の役目は終わってないと考えるべきだ。
「伝説の鎧も砕かれたし、残ったのは聖剣だけか」
伝説の鎧をも砕く魔王の攻撃力パネェ。それにも耐える聖剣ヤベェ。とにかく魔王復活に備えて、また強い鎧を手に入れないと。あれだけ苦労して倒したのに。
そんな事を思い、ため息を1つ。ボロボロになった服に聖剣だけ持って、勇者は歩き出した。
◇
結論から言おう。
勇者は、1000年後に復活した。
ゆえに、勇者は驚いた。
「なんじゃこりゃ!?」
街に到着して勇者が見たものは、アスファルトで舗装された道路、コンクリート製の建物、自動車やバイク、電光掲示板などなど……1000年前にはなかった物ばかりだ。
まあ、タイトルからバレバレだろう。
「ちょっとすみませーん」
勇者が呆然としていると、警察官に声をかけられた。
使い古した雑巾のほうがはるかにマシというボロ布をまとった青年が、やたら立派な剣を手にして歩いている。
警察官にしてみれば、普通に職質案件だ。
「お兄さん、ちょっと一緒に来てもらっていいですかね?
そんなでっかい刃物むき出しで持ち歩いちゃダメですよ~。演劇用の小道具かな?
……え? 本物?
それちょっと地面に置いてもらっていいですかねぇ?」
勇者は抵抗しなかった。状況が分からないので、とりあえす相手に合わせておこうと判断した。郷に入っては郷に従えというやつだ。
勇者は相手が警察官だとは分からなかったが、どうせ自分は強いのだから、彼が悪者だったら倒してしまえばいい。そんな余裕があった。
「はい、じゃあ両手を出して下さい。
はい、オッケーです。どうもありがとうね。抵抗しないでくれて助かるわ~。
じゃ、銃刀法違反の現行犯で逮捕ね」
銃刀法違反。規定以上のサイズの刃物を、正当な理由なく、すぐ使える状態で持ち歩くことは、禁止されている。
勇者は逮捕された。
◇
パトカーで警察署に連行された勇者は、取り調べを受けた。
勇者は、取り調べに真面目に答えた。しかし1000年前で記憶が止まっていて最近のことを知らないので、話が通じない部分が多く、冗談を言っているようにしか聞こえない。しかも勇者は、自分が1000年前の人間だと証明する方法を持たなかった。
ゆえに取り調べは数日にわたって続けられた。
「……ふむ……悪くない」
何度も同じ質問が繰り返されるのには辟易した勇者だったが、この環境は悪くないと思った。
この環境――つまり、取り調べの間、勇者は警察署の中にある留置場へ入れられた。
雨風をしのぐに十分な屋根壁があり、温かい空気、栄養バランスのいい食事、清潔な環境(特にトイレ)、そして簡易ながらベッドもある。
住所なし、仕事なし、家族なし、友人なし、おまけに現代のお金も情報も持っていない勇者は、捕まらなかったら街の外で狩猟採集の野宿生活になるところだった。
「……それと比べると、留置場は天国だ」
勇者がのんきに構えている間にも、取り調べは続く。勇者は真面目に答えるが、警察官とは話がかみ合わない。当たり前だ。1000年前の人間だとか、魔王を倒した勇者だとか、まともな警察官なら、いやまともな現代人なら、真に受けるはずがない。
しかし勇者の供述はそのまま記録され、裁判にかけられた。記録は記録だ。改竄するわけにはいかない。である以上、そのまま記録し、そのまま使うしかない。
そして勇者は「容疑者」から「被告人」に肩書が変わったので、留置場から出され、拘置所に入ることになった。
「え? 拘置所? 別の場所に行くんですか?」
留置場は警察署の中にある警察庁の施設で、取り調べの間に証拠隠滅や逃亡などを防ぐ目的で身柄を拘束するための施設だ。
それに対して、拘置所は法務省の施設で、刑罰がまだ決まっていない犯罪者や、執行を待っている死刑囚などを収容しておく施設である。
「へぇ~。そんな違いが……。
じゃあ俺は、取り調べは終わったけど、刑は確定する前だから、拘置所へ行くんですね」
「そうだが……そんな事より、弁護士は雇わなくてよかったのか?」
「弁護士?」
何それ状態である。1000年前には弁護士なんて存在しなかった。裁判という制度はあったが(もちろん今ほど完成度は高くない)、弁護を専門にする人物はいなかった。被告人は自分で弁護しなければならず、司法・立法・行政の三権分立もしていなかったので、言いがかりをつけて罪状をでっち上げ、被告人の自己弁護を「黙れ、この犯罪者め」などと封殺して重い刑罰を与えるなんて事もあった。もちろん冤罪も大量生産である。ここまで来ると、冤罪というより言論統制といったほうが正しい。
なお、勇者は現代の金銭を持っていないので、弁護士が何なのかを教わっても雇えなかった。
よって、国選弁護人がついた。国選弁護人とは、国が選んだ弁護士のことである。これに対して、被告人が自分で選んだ弁護士を雇う場合、これを私選弁護人という。
両者の違いは、弁護士の活動開始のタイミングだ。私選弁護人は裁判が始まる前から動けるが、国選弁護人は裁判が始まった後からでないと動けない。始まった後に「私選弁護人がいないのか。じゃあ国選弁護人をつけよう」というスタートを切るからだ。
結論を言えば、私選弁護人は可能な限り雇うべきだ。なぜなら、刑事裁判の場合、無罪判決が出る可能性は1%未満。私選弁護人であれば、60%以上の確率で裁判そのものを回避して身柄を解放してもらえるように持ち込む。
「ちょw そういう事は早く教えてくださいよww
つっても、雇うお金ないから結果は同じだけどwww」
もう笑うしかない状況だ。
◇
勇者は裁判にかけられた。そこでも、自分は1000年前の人間で、魔王と戦った勇者であり、最近復活したばかりだと主張した。なので「こいつ頭おかしいんちゃうか?」と疑われて精神鑑定を受けることになったが、結果は異常なし。つまり1000年前の人間を自称しているのは、単なる妄想癖と診断された。よって責任能力があると認められ、有罪判決が出た。
「主文。被告人を罰金30万ポイントの刑に処す」
銃刀法違反での刑罰、その中でも刀剣類の所持による刑罰は、2年以下の懲役または30万ポイント以下の罰金と決まっている。
つまり、罰金の一番重い刑罰になったわけだ。通り魔を計画していたとかの悪質性はないので懲役刑は免れたが、持っていたのが大型の刃物(1メートルの聖剣)であった事が重く受け止められた。
「……30万ポイント? って何ですか?」
勇者が知っている通貨単位は、ゴールドだった。金本位制だからゴールド。単純である。
しかし文明が発展して電子マネーが普及した結果、世界各国の通貨単位が統一された。その際、新しい通貨単位を決めるにあたって「どうせ電子マネーなんてデータに過ぎない。単なる数値なんだから単位はポイントでいいだろ」という話になって、そのまま採用された。
……と、ここまで聞いて勇者はチンプンカンプンだ。そもそも電子マネーが分からない。インターネット上で使われる通貨だと説明されても、インターネットが分からないし、そうである以上、電子マネーという概念も理解できない。
ちなみに、この世界のハイテク機器は「電気」と「魔力」が入り混じって使われている。
コンピューターは電気で動くが、無線通信は「念話」の魔法から発展した「通信魔法」でおこなわれ、電波ではなく魔力でやりとりされる。
なお、前に「銃刀法」が出てきたが、この世界の「銃」は火薬で弾丸を飛ばす科学の産物ではなく、土魔法で弾丸を作って爆発魔法で飛ばす魔道具だ。火薬を使わないので爆発残渣が発生せず、使用後の清掃は不要である。ただし部品の歪みや摩耗は発生するので、定期的なメンテナンスは必要。怠ると動作不良の原因になる。
そしてインターネットも「ローカルネットワーク同士をつなぐもの」という意味ではなく、「国際的な通信網を構築した魔法」という意味である。
結局、たっぷり3時間ほど現代文明の(主にネットワークについて)講義を受け、ようやく通貨単位がポイントになった経緯を理解するに至った。伝令、手紙、のろし……勇者が知っている「通信」はその程度だったから、たった3時間でインターネットや仮想通貨を理解したのは、驚異的な頭脳といえる。
「要するに現代のお金は超ハイテクって事ですね。
でも結局、俺お金もってないから、罰金とか払えないんですけど。
ていうか、どこにどうやって支払うんですか?」
やっとの事で理解させた直後だというのに、出てきた言葉が身もふたもない。
しかし話が進まないので、ぐっと我慢して説明してあげる。素晴らしいプロ根性だ。
罰金は検察庁に支払い、国庫に入る。検察庁が使うわけではない。なお検察庁に直接持っていくか、検察庁が指定する金融機関に支払うことになる。
「あの……すみません。検察庁とか金融機関とか分からないんですけど」
裁判官も検察官も弁護士も、そろって頭痛をこらえるような顔をした。
もうやだ、この未開人……。
「無職で住所もなし、家族も友人もいない、現金はないし、その他の財産もない。
こういう場合、どうやって支払えばいいのでしょうか?」
そのくせ、ちゃんと丁寧な言葉を使うし、行動は理性的だ。1000年前の人間を自称するわりに、教えるとすぐ理解できる程度には現代文明の呑み込みが早い。なんかもう、本当に1000年前の人で、実は常人より頭がいいのでは? と周囲はだんだん理解し始めた。
「その剣を売ってはどうですか?」
「これを売るなんてとんでもない。
実際に『売り渡す』という行為自体が不可能ですし、値段がつかないと思いますよ」
勇者は聖剣をその場に置いた。
「試してみましょう。
誰でもいいから持ち上げてみてください」
「では……」
まず検察官が挑戦したが、持ち上げる事ができなかった。
そのあと裁判官も挑戦したが、無理だった。
とうとう警備員も使って数人がかりで挑戦したが、ダメだった。
重たいというよりも、まるでその場に固定されているようだった。
「これこそが、聖剣を売れない理由です。
誰かに売り渡しても、勇者以外には動かせない。買った人が持ち帰れないのですから、誰も買おうとしないでしょう」
聖剣は、強大な力を秘めているがゆえに、使い手を選ぶのだ。ちなみに勇者が聖剣を手に入れたときは、聖剣は岩に刺さっていた。勇者が使えば、切れ味は抜群なのである。それ以外の人が握っても、さび付いたように岩から抜けなかったが。
ちなみに、逮捕された時からここまで、聖剣はずっと勇者が持ち運んでいた。あずかろうとした警察や弁護人や裁判所の警備員などが、いちいち同じことをやって納得していたわけだが。2度目の挑戦になった警備員は「ムリやん! 絶対ムリなやつやん!」と心の中で叫んでいた。裁判の進行を邪魔することになるので言わなかったけども。
「……で、どうやって支払えばいいのでしょうか?」
「この場合は、労役になります」
刑務所での労働だ。もっとも、懲役刑の囚人とは別の場所で働くことになる。罰金刑であって懲役刑ではないので、そこは区別される。
1日5000ポイントで計算されるので、勇者の場合は60日の労役という事になる。
「じゃあ、それでお願いします」
というわけで、勇者は刑務所に入ることになった。
刑が確定し、その執行を受ける以上、拘置所には残れない。拘置所は「刑が確定する前」または「執行を待つ間」に入る施設だ。確定後や執行中は入れない。そういう時期に入る先は刑務所だ。
余談だが、刑務所は法務省の管轄である。拘置所と同じだ。その点では、留置場だけが警察庁の管轄である。
それから60日間、勇者は刑務所で家具などを作って過ごした。
◇
「これをやるよ」
60日目、刑務官が新聞紙とガムテープをくれた。
「……これは、どうすれば……?」
「その剣を新聞紙とガムテープで巻いておくといい。
そのままだと、また捕まっちゃうだろ?」
「なるほど」
さっそく聖剣に新聞とガムテープを巻く勇者。
本来の用途を無視された新聞紙の自己犠牲と、無駄に消費されたガムテープの人身御供によって、勇者は銃刀法違反の状態を回避した。これがなければ、労役を終えて出所したとたんに、銃刀法違反で再逮捕され、永遠に刑務所から出られなくなる。
が――その代償として、聖剣はとてもみすぼらしい塊になった。
ついでに、勇者はまともな服を買った。
「もう戻ってくるなよ」
労役を終えて、勇者は出所した。
◇
出所した勇者は、市役所に向かった。
窓口で状況を説明し、生活保護の申請をする。
1000年前の勇者だのとバカ正直に話しても、市役所の職員は「とりあえずそういう前提で」話してくれる。テレビに出ているアイドルが自分の部屋にいるが同居するつもりはないので困っているとか、パチンコでスってしまったから生活保護の給付金を前借したいとか、市役所にはこの手のアレな近隣住民がよく来るので慣れっこだ。
「あと、ついでに住む所と仕事をどうにかしたいんですが」
「そうですね……1000年前から突然この時代に来てしまったわけですから、連帯保証人になってくれる知り合いとかいらっしゃらないですよね?」
「はい」
「それに出所者というのも痛いですね……そしたら保証人不要で、生活保護でも住める安い物件というのを探さないといけないですね」
「どうやって探したらいいでしょうか?」
「スマホで検索したら出てきますよ」
「スマホって何ですか?」
職員は自分のスマホを取り出してみせた。
「こういうやつです。
『クモの巣型通信魔法表示板』の略で『スマホ』ですね」
「えっと……ただの四角い板みたいですけど、クモの巣型なんですか?」
「あ、それは通信魔法がクモの巣型で、表示板がクモの巣型ってわけじゃないです」
そんな感じで、だいぶ頭悪そうな会話を繰り返しながら、どうにか話を進めていく。
そして1時間ほどの話し合いを経て、勇者は今後の目標が決まった。
まずスマホを買うこと。これがないと現代社会では生きづらい。公衆電話も減ってるし。逆にスマホさえあれば、住居探しも仕事探しもできる。
スマホを買ったら住居を探す。保証人不要で家賃が安いところを。
そして仕事を探す。まずはアルバイトでもいいから、すぐ働ける所を。五体満足なのに働かないでいると、生活保護の受給資格を失ってしまう。
◇
こうして勇者は働き始めた。
いくつかのアルバイトをして、今の社会の仕組みを理解していく。
そうして気づいた。
「……魔王が復活したら、戦える防具がない」
1000年前より技術が進んで、はるかに軽量で、はるかに頑丈で、関節可動域の制限も少ない防具が開発されていた。これは朗報だった。
しかし、その性能は細分化され、特化されていた。防刃・防弾・防爆・防火・防水・防塵・防毒などなど、色々な特性があって、それぞれに特化した装備があるものの、全体的に強い装備がない。しかも石化とかのコスパが悪い魔法は廃れていて、それ対策の装備も失われていた。
ダメなのだ。魔王は非常に多彩な攻撃を仕掛けてくる。どれかに特化した装備では、他の攻撃を受けた時に弱い。
「これは自分で作るしかないな」
そういうわけで、防具メーカーに就職しようと面接を受けた。
「志望動機は?」
「魔王が復活したときに備えて防具を作りたいと思いまして」
「ふざけているのですか?」
不採用だった。
こうなったら自作するしかない。
◇
魔王城の跡地に戻ってきた勇者は、周辺の高レベルの魔物を倒して回った。
魔物の死体を素材にして、魔王戦に耐える防具を自作しようという計画だ。
防具づくりなんてやった事はないが、職人に頼むだけのお金もないし、自分でやるしかない。
「しかし、落ち着くな……」
魔物を狩りながら野営しつつ魔王城周辺をうろつく。1000年前にもやった事だ。
慣れない現代社会から離れ、1000年前の名残も感じるこの風景に囲まれていると、勇者は少しだけ昔に戻ったような気がした。
「ちょっといいですかぁ?」
「何やってるのかな、お兄さん?」
2人組の国立公園管理員が声をかけてきた。
「何って、狩猟ですが……?」
てゆーか、普通の人間がこんな高レベル危険地帯に入ってくるなんて凄いな、と思いながら勇者は答える。どんな最新技術を使っているんだろうかと。
魔物除けの魔道具が高性能化しているだけだ。1000年前にもそれ系の魔道具はあった。
「ここ狩猟禁止ですよぉ?」
「立ち入りも禁止ですけどね。あーあ、焚火までしちゃって……」
「え?」
聞けば、魔王城周辺はもう魔王国ではなく、人の国の国有地になっていた。しかも国立公園に指定されていて、自然公園法に基づき特別保護区に定められており、進入・動植物の採取・建物の塗り替え・地形の変更など、ほとんどあらゆる事に許可が必要で、しかもたいてい許可されない。
侵入して狩猟して焚火しちゃった勇者は、不法侵入および不退去罪(法律で入っちゃダメとされてる所に入って出ていかないから)、鳥獣保護管理法違反(つまり密猟)、器物損壊罪(枯れ枝や地面を焼いたから)に問われることになった。
「とりあえず逮捕ね」
ちなみに鳥獣保護管理法と動物愛護法は別だ。
野生動物の密猟禁止(勝手に飼うのも禁止)を定めたのが鳥獣保護管理法。
ペットをちゃんと飼育しなさいとかイジメちゃダメとか定めたのが動物愛護法。
なので、ケガした野生動物を見つけて保護したあと、そのまま飼うことにすると、動物愛護法には違反しないが、鳥獣保護管理法に違反する。ちゃんと野生に帰してあげよう。
◇
「おかえり」
裁判官や検察官がやれやれと言いたそうな顔をしていた。
前回の様子から、またやらかすだろうと予想していた。その通りになったわけである。
「ただいま」
勇者は申し訳なさそうに言った。