黒歴史発掘屋
「いやあああああああああ」
「クハハハハハハッ、いい気味だ」
泣き叫ぶ美人な女剣士。それを指さして爆笑する全身黒ずくめの不審者。そんな二人を訳の分からなそうな表情で見物している冒険者たち。カオスな光景だった。
「私は闇を斬りし者。八ッ フッ セヤァッ!」
深夜の誰もいない町。木刀で空を切ったかと思えば、無駄に反復横跳びをしたり、誰もいない場所を睨みつけていたりする少女がいた。
「今日のところは、ここらで勘弁してあげる。でも、次にこの町を襲おうとしたら、『輝く執行者』たる私が許さないんだから!!!」
彼女は、不敵に笑うと黒マントを翻し、姿を隠す。そして、消え――れずに全力で走り去っていった。
「あなた、強そうね。名誉ある執行者にならない?」
「え、なんて?」
「執行者にならないかって聞いてんのよ!」
「ご、ごめんね、お嬢ちゃん。おじさん冒険者だから、それにはなれないかな~」
「ふん、もういいわよ!」
頬を膨らませて、可愛らしく怒る少女。左目に眼帯を付けて、昼間だというのに黒マントを着ている彼女は、明らかに浮いている。しかし、彼女は気づかない。そして、温かく見守っている通行人たちも、彼女を止めてはくれなかった。
不憫なのは、厄介な子に絡まれた青年だ。苦笑いをしながら困り果てている彼も、周りの人からみればまだまだ子供のうち。微笑ましい光景だと思われ、誰も助けてくれない。背中に携えている立派な剣も、ある意味無敵な少女の前では何の役にも立たなかった。
「――は将来、何になりたいかな?」
「わたしの夢はもうかなってるから、なりたいものはありませーん!」
「あら、そうなの?」
「わたしは、輝く執行者だから!」
「え……?」
少女は、輝く執行者。誰が何と言おうと、それは変わらないのだ。しかし、それは誰にも伝わらない。
唖然とする少女の母。娘の話している言葉が、まるで違う言語のように理解できない。
「えっと、シャ、シャイニ、エフォーサー?」
「私は闇を斬りし者。悪は恐れ、正義は憧れる。孤高の存在! 輝く執行者!!!」
母として、娘を理解してあげたかった。そして、応援してあげたかった。だが、娘が行ってはいけない方向へ進んでしまっていることが分かってしまった少女の母。止めるべきか、止めないべきか。脳内で激しい論争が行われる。その結果、彼女のあまり良いとはいえない頭は、ショートしてしまった。
「そっか、よく分かった。とにかく凄いんだね! これからも頑張れ!!!」
「うん!」
脳死である。彼女は、娘の運命を天に任せたのだ。
「なあ、僕の悪口を言うとどうなるか分かっただろ、輝く執行者さん?」
「くっ、アンタ、覚えておきなさいよ!」
そういうと、輝く執行者はギルドから出ていった。なんだ、輝く執行者って。面白すぎるだろ。
俺は、他人の黒歴史を思い起こさせ、それを映像として見ることができるという能力を持っている。いや、魔法と言った方が正しいか。精神を操る黒魔法の派生版みたいなものだ。
あいつは、僕のいかした黒服をあろうことか、ダサいと言ったのだ。センスがないやつに噛みつかれても僕は気にしない。気にしないのだが、なんとなくあの馬鹿にしているような顔を羞恥に染めてやりたくなった。だからああした。
最高の気分でギルドを出ると、空は雲一つない快晴だった。まるで僕の勝利を飾っているようだ。
「この町に勇者様が来ているらしいわよ!」
「あの魔王を倒した英雄がこの町に!?」
「ほんと! 見に行きましょう」
勇者か、くだらないな。どんな存在でも欠点はあるはずだ。同じ人間なんだからな。それを知らずに寄ってたかってもてはやす連中を見ていると虫唾が走る。
もし会うことがあれば公衆の面前で黒歴史を思い出させてやるか。そうすれば自ら欠点をさらけ出すに違いない。なにより面白そうだ。
さて、そんなもしもの時のことを考えるより日課でも済ませに行くとしよう。
「おっ、貴様はイング! 今日こそは己の過去に打ち勝ってみせるぜ。来い!!!」
こいつは、俺の宿敵――バオゲットだ。俺の魔法を喰らうたびに、違う黒歴史を見せてくれる。それなのに羞恥による逃走をせず、立ち向かおうとするところが面白い。
全人類がこいつみたいな奴だったら良いんだがな。
「まあ騒ぐな、黒より暗い過去!」
「おっしゃあ、かかってこい!」
外壁をどうやってかは分からないが突破し、街に侵入してきたイノシシの魔獣に対してファイティングポーズをとる少年。その眼は自信に満ち溢れていて、己が勝つ未来しか見えていないようだった。
「バカかお前はぁ! 逃げるんだよぉ!」
そう言って、少年の肩を引っ張る友人だったが、少年は力が強く、彼の力では一ミリたりとも動かせない。そんなことをしてる間に、猛スピードで突っ込んでくるイノシシ。それに果敢に立ち向かっていく少年。誰もが死んだと思ったその時、ヒーローは現れる。
「こっちを向きなさい、魔物よ! 邪悪な魔物は正義の光にて粛清するわ! 輝く執行者の名に懸けて!!!」
拡声器まで使ったせいで町中に響き渡ったその大声に、魔獣は振り向いた。そして、そのまま執行者目掛けて突進を開始する。
「お前の相手は俺だぜぇ!」
ボキィ
背を向けたイノシシに殴りかかる少年。しかし、イノシシに少年程度の拳が通用するはずもなく、後ろ足で蹴飛ばされ、吹っ飛んだ。
ドドドドドドドドド
「来たわね。これでも喰らうといいわ!」
そういって、執行者は持っていた紐を思いっきり引っ張る。
横倒しになり、崩壊する近くにあった屋台。それは、見事イノシシを下敷きにすることに成功した。
「正義執行! これにて邪悪は滅された」
「やったぜ!」
「僕の店がぁぁぁぁ!!!」
黒マントを翻し、イノシシに背を向け決めポーズをする執行者。ガッツポーズをし、何もやっていないというのにやり切った感を出す少年。店を破壊され、項垂れる青年。青年にとっては悲劇だったが、イノシシ型の魔獣が町に侵入したにしてはまだマシな被害だろう。
誰もが終わったと思い、安心した時、店の残骸が下から突き上げられ、宙に舞った。
「グゴルルォォォォォ!!!」
圧倒的格下にまんまと罠に嵌められ、大したダメージはなかったが魔獣としてのプライドを傷つけられたのだ。それはもう、お怒りであった。
「フッフフフ、この私の攻撃を受けてまだ立つとはね、やるじゃない」
イノシシの殺意すら感じる鋭い睨みを受けてなお、笑顔でそう言い放つ執行者。しかし、その額には冷や汗がにじんでいた。
「今度こそ俺の出番だぜ! とうっ!」
イノシシの背後から、飛び蹴りを喰らわせようとする少年。振り返りもせずサッとよけるイノシシ。少年は、上手く着地できるわけもなく、イノシシの前に無防備に転がってしまった。
「くそっ、避けるなよ、卑怯だぞ!」
奇襲を仕掛けておいてこのふてぶてしさである。
「フゴォォォォ」
追い詰められた二人。イノシシはジリジリとにじり寄り、立派な牙で二人を貫こうと狙いを定めていた。
逃げるのは、プライドが許さない執行者。いまだに自らの勝利を疑っていない少年。もう蹂躙するだけだが、二人の自信に満ち溢れた顔に不安を覚え、慎重に動くイノシシ。
硬直した時がイノシシによって突き破られそうになった瞬間、イノシシは崩れ落ちる。
「フン、所詮は下級魔獣か。我が深淵の一端すら見せる価値がなかったようだ」
黒コートの乱入者は、手すら使わず詠唱なしの魔法だけでイノシシを制圧してしまった。イノシシは、まるで上から誰かに押さえつけられているかのように地面に伏している。
「助けなどいらなかったわ、もう少しで私の必殺技が炸裂したはずだからね!」
「そうだそうだ、俺だってまだピンピンしてるぞ」
腕をブンブン振って元気さをアピールする少年。骨が折れていても不思議ではないというのに。そして、輝く執行者はふくれっ面で怒っていた。どうにかしてイノシシを自分で倒してみたかったらしい。
「俺がお前らを助けた? 勘違いするなよ。俺は獲物を横取りしただけだ」
「クク、フハハハハ、何だあのバカは? 素手でイノシシに勝てる訳ないだろ」
「昔の俺はあんな弱かったのか。イノシシなんかに負けやがって。よし、今からリベンジしに行ってやる! ウオオオオオオ!!」
雄叫びを上げながらバオゲットはどこかへ消え去った。やはり面白い奴だ。
さて、俺は他人の過去を肴に酒を飲みにでも行くか。
「いつものを頼む」
「了解だ」
行きつけの酒場で、見知った顔のマスターにそう注文した。
数分後に出てきた俺のお気に入りの酒をあおりながら、今日の出来事を思い返す。いや、正確には過去の出来事か? まあそんなことはどうでもいい、他人の黒歴史を嘲笑いしながら飲む酒はとても美味だ。
「何でもいいので、度数の高いお酒を頼めますか」
そんなふざけたことを抜かしながら俺の横に座った男は、何というか、輝いていた。一緒にいると眩しい奴とはこういうのを言うんだろう。イケメンで、仕草も上品。とてもこんな裏路地にある寂れた酒場にいていいような存在ではない。
「お前さん、勇者だろう。酔っている姿を大衆に見られるのはまずいんじゃないか?」
マスターの言う通りだ。ってか、こいつが勇者か。
「僕はお酒にかなり強いので大丈夫ですよ。度数の高いお酒が好きなんです、頼みます」
「分かった、何かあっても俺は責任取らないからな」
マスターは、俺の飲んでいる酒と同じ、この店で最もヤバイ酒を勇者に差し出した。この酒は飲みなれた俺でも一杯が限度。勇者が酔わないはずがない。面白そうな展開になってきた。
「いただきます」
グビリといっぺんに飲み干す勇者。俺とマスターは開いた口が塞がらない。度数の高い酒を一気に摂取すると、死ぬことがあるのを知らないのか?
「では、もう一杯いただけますか」
「やめておけ」
「大丈夫ですって、ほら、少しも赤くなっていないでしょう?」
確かに勇者の顔は美白を保っている。しかし、俺は酔っていないとはどうしても認められなかった。
「おい、マスター、飲ませてやれ」
「イング、何を言っている」
「いいから」
「ちっ、しょうがねえな。後一杯だけだぞ」
「ありがとうございます」
いくら何でも二杯も飲めばぼろを出すに決まっている。あいつが俺より酒を飲めるなど、ありえない。
そんな俺の予想をも裏切り、二杯目も実はアルコールが入っていないのではないかと思わせる勢いでグイグイと喉へ流し込んでいき、ほんの数秒でジョッキは空になった。
本当に俺が飲んだ酒と同じものを出したのかは、マスターの驚き様から察せられる。悔しいが、認めるしかない。勇者は、俺より酒に強いことを。くそっ、黒より暗い過去!
「あれ、僕に何かしましたか? 僕は受けた魔法や状態異常を跳ね返――」
ふと意識が遠い所へ向かっていった。
「クハハハハハハッ、いい気味だ」
今日の俺だ。
「なあ、僕の悪口を言うとどうなるか分かっただろ、輝く執行者さん?」
たった数時間前の出来事が脳内で再生されていく。
「まあ騒ぐな、黒より暗い過去」!」
なんなんだ、一体。今が俺の黒歴史だとでも言いたいのか?
「クク、フハハハハ、何だあのバカは? イノシシに素手で勝てる訳ないだろ」
他人を嘲笑う最高の瞬間が黒歴史? そんなはずがない。むしろ輝かしい歴史のはずだ。
長い今日を見終えて、現実に戻ってくる。俺の魔法が今の俺を黒歴史だと判断していることは、否応なく理解できた。
「大丈夫ですか、酷い顔色ですけど」
「大丈夫か、イング」
「問題ない」
俺を憐れむな。憐れむのはいつだって俺の方なんだ。
俺以外の奴がいうことなど知ったことか。そうだ、今が黒歴史だと俺は認めない。自らが認めなければ黒歴史なんかじゃねえ。誰が何と言おうと今の俺は輝かしい歴史を築いているんだ!